第94話

険しい顔をしてこちらを見ているのは、千夏だった。彼女はヒールを鳴らしながら近づいて来ると、健を睨みつける。


「あなた何してるの? その子、嫌がってるように見えるけど」


 健は千夏の怖い顔に怯んだようだ。冷や汗をかきながら作り笑いする。


「こいつはオレの婚約者なんです。部外者は黙っててもらえますか」

「婚約者?」


 千夏は鼻で笑った。


「結婚しないって聞こえたわよ。フラれたなら潔く諦めなさいよ」

「なっ……!」

「それに私、乃亜とは知り合いなの。部外者じゃないのよね。来て、乃亜」


 気が済んだらしい千夏は乃亜に向き直り、唖然とした健を置き去りにしたまま、乃亜の手を引いて歩き出す。しばらく歩いた後、とあるマンションに入った。


「あの、ここは?」

「私の家よ」


 エレベーターで上がり招き入れられた部屋は、エクササイズマシンで埋め尽くされていた。まるでどこかのジムのようだ。壁のホワイトボードには、日付と摂取カロリーが日記のように記されている。


(すごい。努力の部屋)


 乃亜をソファに座らせると、千夏が話を切り出す。


「それで、さっきの男は何? あなたは理央の婚約者じゃなかったかしら」

「あれは、以前お付き合いしていた人で……」


 言葉を濁す乃亜と乱された服を見て、千夏は何か察したようだ。

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