第30話 死亡フラグの回避(2)
「だが、逆に時間が経つにつれて、自分の犯した罪が重くのし掛かってきた。私は仲間を見殺しにしようとした裏切り者なのだと。むしろ仲間を殺そうとした、殺人者なのだと……。
イゾルデに言われて気づいたんだ、一番弱かったのは私だと。私はブラウンに救ってもらう資格なんか無い人間なんだ。
罪を償う方法はない。都合のよい解決方法なんか無い。罵ってくれていい、なんなら殺してくれてもいい……!」
ブラウンはどう声をかけたらよいかわからないようだった。ただ、彼の気持ちはシーザーにもわかっていた。
「君をここまで追い込んでしまったのは仲間である僕たちの責任だ。君だけが
だからこの件も僕たちみんなで背負わせてくれないか? きっとその方がみんな幸せになれるような気がするんだ」
この勇者はどこまで背負い込むのだろう。ブラウンを救うのに聖剣を売り払ったため、魔王討伐はより困難になった。さらに「
シーザーはいつもいつも自分を弱いというが、彼の弱さは優しさ以外の何物でもない――逆にジャンヌは自分の利己的な弱さを痛感するのだった。
「といっても、そう言われてすぐすっきりできるほど、ジャンヌは割り切れる性格でも無いだろう。
ただ、言い辛いけれど、ジャンヌとブラウンだけが背負わなければいけない呪いも残ってしまってるんだ」
シーザーは少し困り顔で話を続けた。
「イゾルデは死ぬ間際にブラウンの眼を入れ替えてくれていたみたいだね。だから目も見えるように治っている。きっとブラウンの行動が、彼女の心を動かしたんだと思う。
だけど、逆にブラウンとジャンヌの心臓は完全には治してくれていなかったんだ。半分だけ治っているというと変な話だけれど、二人は傷ついた心臓と正常な心臓を二人で分け合って使っている状態だ。
どういうことかというと、今の二人はどちらか片方が死ぬともう片方も死ぬようになっているようなんだ。つまり、二人は運命共同体になってしまっているんだよ……」
ブラウンは驚いていたが、ジャンヌの方はその呪いを告げてくれたシーザーに感謝しているようだった。
「つまり、私一人で死ぬわけにはいかなくなった……ということだな。この呪いを背負って生きろと、シーザーは伝えてくれているんだ。ブラウンには申し訳ないが、私には丁度よい罰かもしれない」
ジャンヌはそう呟くと、自分の罪を償い生きる覚悟を決めたようだった。
「まぁ、ブラウンの方は罰とは思ってないかもしれないけどね」
「うっせえな……!」
こんな状況なのに悪戯に微笑むシーザーに、ちゃかすんじゃねぇよとブラウンが突っ込むのだった。
一通りジャンヌの話が終わろうとすると、今度はロックがギガデスに尋ね始める。
「なぜジャンヌの依頼は断ったんだ? 依頼が重複してたって関係ないだろう?」
「僕だって物語や登場人物のために最善だと思うからこそ、死亡フラグによる『物語改変』を行うんです。誰かを傷つけるためだけに、この力を使いたいわけじゃない。僕だって一応ハッピーエンダーなんですよ」
殺人鬼だと思っていたハッピーエンダーのギガデスにも、彼なりの
「どうしてあのような『聖剣売買』と『偽勇者の告白』の『どんでん返し』を行おうと思ったんですか?」
なんだ、そんなことか、とロックはこともなげに伝えた。
実は死亡フラグの死神のギガデスが一枚かんでいることに初めから気づいたロックは、シーザーと共に逆転するための策を練り、
「ただ『物語改変』して勝つだけでは、いつまで経っても作者のキャラクター殺しの価値観や性癖は変わらないだろう。だからシーザーたちを救うためには、根本から、作者の心まで変える必要があったのさ」
もはや聖剣もなければ勇者としての力も資格もない、偽勇者シーザーのこれからの戦いはより困難なものとなるだろう。
しかしここまで地に落ちた勇者の物語を全滅エンドにするほど、作者「皆殺しの鈴木」もドラマのわからない漫画家ではないはずだ。どん底の今の状況から読者を納得させるために、今までの彼の作品のような全滅バッドエンドとは違う、一皮むけたハッピーエンド展開に向けて進むに違いない。
勇者シーザーは作者の手を放れ、キャラクターとして勝手に動き出し、作者の心さえ動かして物語を変えたのであった。
「勝ったのは俺じゃない。シーザーの覚悟の行動が物語を変えたのさ。そして作者の心も変えるだろう――」
その答え合わせを聞いたギガデスは、素直に脱帽したようだった。
「今回は僕の負けを素直に認めましょう。ですが次回会うときは、今度こそ僕の死亡フラグが勝ちますよ。次会う時まで楽しみにしておいてください」
この物語において、ギガデスの行った「死亡フラグの物語改変」は回避されたのだ。そしてブラウンもジャンヌも、もう二度とギガデスへの依頼を行うことは無いだろう。
そう、ギガデスへの依頼は不履行にて終わったのだ。
その影響なのだろうか、ブラウンとジャンヌの二人は唐突に我に返ったように虚空を見つめると、シーザーに尋ねる。
「そういえば俺たちは、何の話をしていたんだっけかな……」
二人はもはやロックやギガデスにも気づいていないようだった。不思議に思うシーザーにロックが説明する。
「物語を変えたいと強く願った登場人物たちだけが、自らを物語の登場人物だと認識することができる。逆に言えば、物語改変が終わった場合、依頼人たちはすっかりその認識を忘れてしまう場合があるのさ。
今のブラウンとシーザーは、ギガデスへ依頼したことどころか、自分たちが物語の登場人物だってことさえ忘れているだろう。当然俺たちの会話も聞こえていない」
「そんな――」
それは忘れてしまった方が良いことなのだろうか……。とはいえ少なくともジャンヌにとっては、心の奥底に
「もはや一段落ついたようですね。邪魔者は退散するとしましょう。ですがきっとまた、すぐにでも会う機会があるでしょう。その時までさようなら、ロックさん、ミスサロメ、そしてシーザーさん」
「死亡フラグの死神」ギガデスは捨て台詞を吐くと、黒いマントを
「もう二度と会うかよ。こっちから願い下げだぜ……」
「でも残念ながら彼の言う通り、またすぐにでも会いそうな予感がするわ……」
サロメの勘は鋭かった。
この時まだロックたちは気づいていなかったのだ。ギガデスと本当にまたすぐ会うことになろうとは――
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