異世界に転生した商社マン、片田舎から始める異世界革命

Nami

第1話 転生したら片田舎の商会だった

目の前に広がるのは、見知らぬ景色だった。土埃が舞い、草木の香りが漂う小さな村の道。日差しは暖かく、涼やかな風が頬を撫でる。目を覚ましたとき、田中翔太はそこにいた。目の前に広がる光景は、現代の日本とは異なる異世界の片田舎だった。


「ここは……どこだ?」


記憶をたどる。確かに昨日まで、彼は日本の商社で働いていた。交渉の連続、時には徹夜も辞さない取引の日々。納期に追われ、上司の理不尽な要求に耐え、やっとのことで一息つけるかと思った矢先、帰り道で突然感じた激痛。通りがかった車のクラクションが遠く響き、意識が暗転する。目を開ければ、見慣れない木造の天井が広がっていた。


木の温もりが感じられる部屋、柔らかなベッド。異世界にあるとは思えないほど、温かくどこか懐かしい空間だった。


起き上がろうとすると、ふいに扉が開いた。中年の女性が慌ただしく入ってくる。ショートボブの髪型に、少し色あせたエプロンを身に着けた彼女は、やさしい微笑みを浮かべていた。


「あら、ヘイン、もう起きたのね!おはよう、具合はどう?」


「……ヘイン?」


そう呼ばれて、自分の状況にようやく気が付く。鏡に映ったのは、自分の知っている顔ではなかった。まだ幼さの残る青年の顔だ。髪は栗色で、前世の自分よりも少し細面の顔立ちをしている。ショックで思わず言葉を失うが、その女性は続ける。


「しばらく熱があって倒れてたから、心配したのよ。お父さんも心配してたわよ。でも、もう大丈夫そうね!」


まるで家族のようなその言葉に、彼の頭は混乱した。しかし、どうやら自分は「ヘイン」という名で、目の前の女性は自分の母親らしい。前世の記憶が鮮明にある一方で、この異世界の「ヘイン」の記憶も少しずつ浮かび上がってくる。


ヘインが住んでいるのは、マリオン領の片田舎にある「オルネ村」。彼の家族はこの村で小さな商会であるオルネ商会を営んでいた。父親の名前は「リカルド」、母親の名前は「エレナ」。二人とも穏やかで働き者だが、今の商会の現状には頭を抱えている。


リカルドは町で最も信頼されている人物の一人で、オルネ商会の主だった。しかし、オルネ商会はここ数年、業績が芳しくなく、以前ほどの活気がなくなっている。エレナもそれを気にかけ、何とか手を尽くしているが、結果は出ていない。ヘインはそのことを知らなかったが、前世のようにビジネスが行き詰まるという状況が、自分の目の前にも存在しているのだと気づく。


「このままじゃ、商会が潰れちゃうかもしれないのよね……」


エレナのため息混じりの言葉に、ヘインは胸が痛んだ。自分の前世での仕事とは違い、この商会は家族のための商売。現実的な問題を前に、彼はある種の責任感を感じ始めた。


「俺、何かできないかな……」


そう思ったとき、ふと浮かんだのは前世の経験だった。大手商社で培った知識、交渉術、そして人と人をつなぐ力。異世界の片田舎とはいえ、ビジネスの基本は変わらないはず。少しずつ前世の商社マンとしての勘が働き始める。


「よし、一晩考えてみるか。」


______________________________


翌日、ヘインは意を決してリカルドに話を切り出す。


「お父さん、この商会を立て直す方法を考えたんだ」


リカルドは驚いた様子で眉をひそめた。「お前が?どうやってだ?」


「オルネ村の特産品をもっと魅力的に見せる方法を考えたんだ。デザインを新しくして、もっと若い人にも受け入れられるようにすれば、きっと売上が伸びると思うんだ。」


「デザインを変えるって……そんな簡単にいくものじゃないぞ」


「でも、やってみないとわからないよ。俺、村の人たちに相談してみるから」


リカルドは半信半疑だったが、ヘインの目にはかつての鋭いビジネスマンの光が宿っていた。彼は早速、オルネ村の手工芸職人たちに話を持ちかけた。


「新しいデザイン?確かに面白いけど、今までと違うものを作るのは不安だな」


職人たちの反応はさまざまだったが、ヘインは前世の交渉術を駆使して説得する。サンプルを作り、市場での反応を確かめようと提案した。少しずつ、周囲の賛同を得ていく。彼は熱心にアイデアを練り、細かなデザインのアドバイスや改善点を職人たちと共有した。そんな姿に、村の人々も徐々に興味を持ち始める。


数日後、市場の日が訪れる。


オルネ村の商会が市場で目立つことはこれまでほとんどなかったが、今回は違った。新しくデザインされたアクセサリーや小物は、今までの手工芸品と比較しても一目で異質だった。前世の自分が培った経験が、自然と彼を後押ししていた。


「お嬢さん、ちょっとこれ見てって!新しいデザインのアクセサリーなんだ」


売り込みの言葉を軽やかに紡ぐヘイン。彼の明るい態度と、新しいデザインの斬新さが功を奏し、予想以上の反響を得ることができた。これをきっかけに、少しずつオルネ村のオルネ商会の評判が立ち始める。


ある年配の女性が興味深げにアクセサリーを手に取りながら、笑みを浮かべた。「これ、今までにないデザインだねぇ。村の商会もこんな新しいものを出すなんて、大したもんだよ」


「ありがとうございます!これからもどんどん新しい商品を作っていきますので、ぜひまた見に来てください!」


リカルドも驚きを隠せない。これまでのやり方に固執していたら、得られなかった成功だった。ヘインは、異世界での新しいスタートを実感する。息子の成長に目を細めたリカルドは、少し寂しさを感じながらも、誇らしげにその姿を見つめた。


「この調子で、もっといろいろ試してみようよ。マリオン領の大都市との取引だって、きっとできるさ」


ヘインの目は輝いていた。異世界に転生してしまったが、彼の商売魂は健在だった。この小さなオルネ村の商会を起点に、彼はさらに大きな夢を描いていく。


「この世界でも、俺は絶対に成功する」


かつての商社マンが、異世界の片田舎で挑む商会革命。ヘインの新たな挑戦が、今まさに始まろうとしていた。


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