LIMIT12:身の回り全てに感謝を
時は
そこには
時は
そこには
時は
そこには
時は過ぎ、奇怪ならぬ機械に溢れ、
そこには
「グルルルルル……」
クマが低く唸る。
その目には、もはや剱しか映っていない。
その胸には、もはや憤りしか存在していない。
「こっからは俺もガチで行くぜ……“
「バウ!」
剱が
クマも四足から立ち上がり、大きく右腕を振りかぶる!
「“
燃え盛る火炎のごとき気迫で、右足を踏み出して斬り上げる!
「バフ──」「だぁりゃぁあっ!」
クマは刃先から異様な雰囲気を感じ取り、攻撃の手を止めて紙一重で躱す!
剱は左足を踏み込み、反撃させる暇も与えずに軌道をなぞって斬り返す!
「まだまだぁあっ!」
連撃に次ぐ連撃は、さながら固く細かく織られた絹布!
クマは右手の位置を保持しながらも、高密度な斬撃にただただ後退するばかり!
「だぁりゃぁあああ!!!」
いたずらに体力を消費するつもりなのか、剱もただただ斬り続けるばかり……
熱くなりすぎたことで後先が考えられなくなったのか、このままだといずれ攻守が入れ替わる……
「…………」
クマは一太刀ごとに見極め、隙を慎重に伺う。
野生本能ではなく、人間のように考えて躱しながら。
「すぅー……」「バウッ!」
剱が息継ぎをした直後! その手が緩むことで綻びが生じる!
クマはそこに狙い目をつけ、
(そこ!)
爪がちょうど当てやすい位置に
「“
横からまとめて叩き壊し、粉を舞わせながら空高く打ち上げる!
「ブォォォォォォ!!!!!!」
「『部位破壊に成功』ってヤツだ。これぐらいで俺はへばったりしねぇよ」
ひび割れて血が出ているのを押さえながら、クマはまたも怯む。
草の臭いに紛れるどころか鉄の臭いがそれ以上に存在感を増す中、剱は鞘を少し取り出して納刀する。
“五行式”、それは大陸から伝来した
技の名は全て星や自然現象から由来し、状況に応じて“
「“土の段・
より深く大地を踏み、より速く鞘を引き、より強く腕を振る!
剱が次に繰り出した一手は、横一文字の居合い斬り!
「ブォァァァァァァ!!!!!!」
腹膜まで行かずとも、今度は真皮まで達する!
あとは皮膚の張力と内臓の重量で勝手に開く傷口から、右手とは比にならない量の血が《ビチャビチャ》と流れ出る!
「クマさん、アンタは確かに強ぇ。日本では地上最強の哺乳類と言っても過言じゃぁねぇ。だが力任せなだけじゃ、知恵と工夫の結晶に勝てるわけがねぇんだよ」
また納刀するが、今度は両手をすぐに離す。
戦意がないことを示し、降伏を促すために。
「その化けの皮を剥がしときな。これ以上戦えば失血死するぞ」
「ブフッ……ブフッ……ブフッ……ブフッ……」
身体中立っていた毛が横に倒れる。クマの息が浅くなる。
顔色はまだ悪くなってはいないが、戦う余力は残ってないにも等しかった。
「ブフォォォ!!!」
ただそれでも、左腕で決死の一撃を振り下ろす……
「諦めろ」
輸送機から一発の銃弾が《ダン!》と頭へ飛び出す。
元英国軍人のフリー・ブレットが、
《ヂュイン!》
やはり硬い。剱の【能力】に斬り傷で済ませただけあって、弾が明後日の方向へ逸れる。
しかしながら、衝撃まではどうにもできずに意識が飛びかける。
「“火の段・天雷”」
情けは既にかけた。これ以上は無意味。
迷い無く刀を抜いて両手でしかと握り締めれば、目眩を起こしているクマの脳天に峰を置く。
《ドンッ!》
そして大気を震わし、大地へ降り立つ神鳴りを叩きつける。
「ブフ……」
舌を出して泡を吹いているクマが、肋が出るほどに痩せた全裸の男へ、ゆっくり変わり始める。
寸胴鍋ほどあった太い腕は枯れ木のような細腕に、筋肉質な丸腹は背中とくっつきそうなまでに
「制圧完了、シオンを寄越してください」
「お疲れ様、剱少年」
「労い感謝します、
シオンの【
「ところでヤマ爺は?」
「あっちだ」
彼が輸送機に腰掛けているのを、親指で示す。
剱はお辞儀すると、その元へ向かう。
「ヤマ爺、この男がアンタの言ってたクマ公の正体だ」
捕縛器具で拘束されたクマ、もとい
「だったら、あれは全て嘘だったという事か……」
「今アンタの言った『あれ』についても改めて答えてくれ。あの骨壷には一体誰のが入っていたんだ?」
「……村一番の屈強な男である
「もし、俺が『それも嘘だ』と言えば?」
「ワシが騙された間抜けな老いぼれになるだけだ」
憎悪とも哀愁とも見える暗い表情で顔を上げる。
「そこの男が“SENSI”として、村に現れてたんだな?」
「あぁ、そうだ」
「分かった……始まりは4年前、
「ワシらはその事を知ると、すぐに村を挙げて罠をあちこちに仕掛け、24時間いつでも互いを守れるように見張っていた。息子は『俺に任せろ。窪田さんの仇は必ず取る』と意気込んで、猟友会と一緒に銃担いで歩き回ってたわ」
「だが不思議にも、罠を踏んだり銃弾を当てられたりしながら、クマ公は血を一滴も出さなかった。単に気苦労からくる勘違いや見間違えだと思っていたんだが、今にしてみれば、おまえさんらの言う【能力】の仕業だったんだな……」
(【
「ともかく、毎日手を焼かされながらも、ワシらと他の家で罠の確認するために山を登った時だ。そこでクマ公にばったり遭遇してしまい、一瞬の出来事で多くを失ってしまった……あの大きな爪を振りかざし、ワシは太ももを、息子は背中をバックリ引き裂かれた」
「あいつは、ワシを庇うために覆い被さりながらこう言った」
『俺が身代わりになる。その間に父ちゃんは皆と村まで走れ』
「震える手で必死に猟銃を構えていたのが、ワシが最後に見た息子の勇姿だ」
「……それからのことも話そう。村の連中全員が心身ともに疲弊し切ってしまい、各々ツテを頼って逃げたところで、太ももの傷で動きづらくなったワシだけ残された」
「クマ公に襲われる恐怖に常日頃から苛まれながらも、息子と同じ土地で死ぬ覚悟を決めていたら、どこからともなく黒ずくめの男が2人やって来て、比べて背が低い奴がこう言ってきた」
『この人骨と熊の毛皮、あなたの息子さんと彼を殺した熊で合ってますか?』
『何バカな事を言ってるんだ、お前らは? それ以上冷やかすようなら、ぶっ飛ばしてクマ公に喰わせるぞ?』
『馬鹿も冗談も言っていません。あなたなら分かるはずです。じっくりもう一度見てください』
「その目があまりに訴えかけるもんだから手に取ると、婆さんと息子を失って枯れたはずの涙がとめどなく流れた……1本だけでも息子の骨が帰ってくれたことに、ワシは大切に抱きしめながらひたすら感謝した……」
「だが、実際に渡された『あれ』ってのは赤の他人の遺骨だと……」
「ワシが取った時は確かに本物だったんだ……理屈だとかそんなもんじゃねぇ。自分の子供について絶対に間違え無いのが親ってもんだからな……」
「信じるぜ。全部信じる。俺は家族愛を疑わねぇし、アンタは適当をこいてねぇと感じたからよ」
五感が当てにならず、落とし穴に嵌められた時を思い出す。
恐らくあれと同じように、相手に認識を改変する【能力】を使われたのだろう。
「後はなんとなく分かった。人の思い出につけ込んで恩を着せられたから、米を作るように頼まれたんだな?」
「その通りだ……」
「だとすれば最後に、黒ずくめと米を回収する輩について教えてくれるか」
「あぁ、確か低い方は──」「それ以上喋られると困りますよ、
後ろから見知らぬ人の気配が急に現れ、剱は反射的に空の鞘から新しい刀を引き抜く!
だが、虚しい事に《ブォン》と空振るだけに終わる!
「君が大嶽剱、彼女が
動く時の起こりが無かったため、太刀筋の反対側へ移動されたのに1拍遅れて理解が追い付く!
(コイツ、俺たちの名前を知ってやがる……!? いや! そんな事よりも、話しかけてくるまで一切合切何も感じさせなかっただけで無しに、シオンよりずっと高精度なワープをしやがった……!)
「テメェは誰だ……!?」
「【宣教師】とだけ言わせてもらいましょう。ともかく、刀を仕舞ってくれませんかね? 本日は争いに来たのではなく、そこで倒れている仲間を取り返しに来たのですから」
悠長に話しているモノクルローブ。
そのどこからどう見ても隙だらけなこめかみへ、フリーが《ダン!》と1発撃つ。
「だから、争いに来たわけではないで、銃口を向けるのはやめてくれませんか? 第一、私に攻撃を当てられるわけがないんですから、これ以上は時間を浪費するだけです」
「……ッ!」
温厚な話し方が刺々しくなり、剱の二の舞を演じた彼の体が強張る。
圧倒的で未知数な相手の実力に、班員一同の動きが止まる。
「結構、話が早くて助かります。では、彼にそろそろ服を着させないといけませんから失礼させていただ──」「“火の段・
だが、たった1人だけは沸々と煮えたぎった怒りを載せ、顔面へ突きを放った。
「いい加減にして下さい、剱」
結果は同じく、虚空を貫くだけに終わる。
「いい加減にするのはテメェらだ……テメェら【教団】はどうして人をぞんざいにできる……!」
「『人』ですか……私達にとって、それは【賜り者】のみを指します。他は全て、この地に寄生する害獣に過ぎませんから」
ふざけた言葉に、剱の視界は黒く染まる。
「火のだ──」「しかし大変不本意ですが、私は帰らせてもらいます。ここはお互いに頭を冷やした方が良さそうですし、当初の目的はいつでも果たせますしね」
モノクルに付いてしまった塵を、ローブの裏側から取り出したハンカチで拭く。
「それよりも、早くこの場を離れた方がいいですよ。
モノクルを掛け直すと、その場にいたのが嘘みたいに、空間の揺らぎも何も残さずに消える。
するとその奥で、ヤマ爺に異変が生じているのを目にする。
「ヤマ爺!」
「……米は残ってるから、好きなだけ持ってけ。作物ってのは誰かに食べられてようやく完成するんだからな」
体内から光が溢れ、臨界点に達する段階でひびが入る。
「本当に感謝するぞ……最後におまえさんのような人間に出会えて……」
「総員! シオンに捕まれ!」
虎の命令で、皆が逃げる準備を進める。
全く動かなくなった剱を、近くにいたフリーは左手で触り、右手でシオンを中心とした数珠繋ぎに加わる。
《ドォォォォォォン!!!!!!》
彼女の【能力】で5km離れた場所まで退避すると、キャンプだった場所が間髪入れずに全て消し飛び、周囲が火の海に変わっていった……
「つるぎっち……大丈夫?」
無傷ながらも棒立ちするだけの様子を見て、心配して駆け寄る。
「……大丈夫じゃねぇよ」
本当なら、忠告もせずにあの場で爆殺できたはず。
本当なら、あの場で【賜り者】を奪還されたはず。
あの男は最後まで皆を翻弄し、心をもて遊び、ヤマ爺に道化を演じさせた……
手も足も届かず、何も為せず、剱はただただその場に
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