第4話 ギャルとヤンキーがバッティングセンターで悪魔退治なう


 期末テストの点数が悪かった。あんなに勉強したのに。


 むしゃくしゃするので、バッティングセンターに行ってみることにした。ストレス発散にバッティングセンターって、ちょっと憧れてたんだよね。野球、したことないけど。


 知り合いに見られると恥ずかしいから、少し遠くのバッティングセンターを選んだ。


『ホームラン!』

「ナイスー」

「なーたん?!」

『ホームラン!』

「あと六体くらいか」

「京ちゃんも?!」


「誰が京ちゃんだ」

「お、つきピじゃーん。やっほー」


 ……なーたんと京ちゃんがいた。二人並んで、バッターボックスに立っている。

 京ちゃんはテレビで見た野球選手のような、きれいなフォーム。なーたんは、どうしてそれで打てるのか分からない、写真を撮るときのギャルのポーズみたいな体勢でホームランを連発していた。


 二人とも私に気づき、振り返る。なーたんはバット片手にぴょんぴょん跳ねながら、笑顔で手を振る。今日の服装は、白いトラ柄の冬用ジャージ。トラ耳のフードが可愛い。

 京ちゃんはなんだか疲れた様子。私に気づくと、同情の目を向けてきた。


「仲良いね。二人で遊んでるの?」

「違う。パシられたんだ」


 京ちゃんがネットの上のほうを指差す。

 「ホームラン」と書かれた的の前に、コウモリの羽根を生やした黒い小鬼が数匹飛んでいる。「シシシッ」と笑いながら、的の前を何度も行き来する……すごく邪魔だ。


「あの生き物、なに? 何かの仕掛け?」

「ツキにもが見えるか」


 京ちゃんは私のことを「ツキ」と呼ぶ。つきピって呼ぶのは恥ずかしいらしい。


 どうやら、なーたんと京ちゃんにもあの生き物が見えているみたい。二人とも憐れむように、私を見ていた。


 そういえば、ウワサ好きの友達から聞いたことがある。少し遠くの街に、悪魔が住んでいるバッティングセンターがあるって。そこでは絶対にホームランが打てないし、打ったら不幸な目に遭うって。もしかして、ここ?


 実際、バッティングセンターは閑散としていて、お客さんは私達以外に、ユニフォームを着た社会人野球チームと数人しかいなかった。


 カキーンッ

「よし、今度こそ!」


 その時、社会人野球チームの一人がボールを打ち返した。ガタイのいい男の人で、ボールは真っ直ぐ「ホームラン」の的へと飛んでいく。


 なーんだ、ホームラン打てるじゃん! と思ったのもつかの間、ボールは的の前にいた小鬼の一匹にキャッチされた。


 小鬼は「シシシッ」と笑い、ボールを投げ返す。ボールは目にも止まらぬスピードで、男の人の額に命中した。


「あだッ!」

「ノゴロー!」

「くそっ! うちのエースのノゴローでもダメなのかよ!」


 男の人は気絶し、倒れる。仲間の人達に担架に乗せられ、外へ運ばれていく。投げ返した小鬼は満足そうに、他の小鬼とハイタッチをかわす。


 他のお客さんも怖くなったのか、逃げるようにバッティングセンターから出て行く。残ったお客さんは、私達三人だけだった。


「怖……最近のバッティングセンターって、ずいぶんデンジャーなんだね」

「んなわけないから! ここのバッティングセンター、十回連続でホームランを打ったら景品がもらえるんだけど、オーナーが鬼イジワルでさー。絶対ホームランさせてやるもんか! って、あの手この手で妨害してたらしいのね? で、その執念があいつらを呼んじゃったってわけ。オーナーにはあーしがガツンと言っといたから、後はあいつらをやっつけるだけ」


 どうりで受付のおじさん、悟りを開いたような顔でなーたんを拝んでいるんだ……。なーたん、おじさんに何をガツンと言ったんだろう?


「でもなーたんと京ちゃん、さっきホームラン打ってたよね?」

「このバットなら打てるんだよ」


 京ちゃんが、使っていたバットを見せてくれる。クリスマスで変なサンタを倒したときにも使っていたバットだ。神々しく、金色に光り輝いている。

 なーたんのバットもすごい。可愛くデコられている上に、お人形さんサイズのギャルギャルしい神様がグリップにしがみついている。私の目が合うと、「よろー」と挨拶してくれた。


「二人とも、すごいバット持ってるね」

「兄のお下がりなんだ。野球部で、よく練習に付き合わされた。なんの変哲もない、ただのバットだったんだけどな……このギャル女が、こんなキンキラキンになっちまった」

「……握っただけで?」

「握っただけで」


 バットって、握っただけでこんな金色になるの?

 私はバットをジッと観察したり、指で撫でてみたりする。後から金色に塗った感じはない。


「平気か?」

「平気って何が?」


 私は不思議そうに顔を上げる。京ちゃんはホッとした様子で、バットを引っ込めた。


「このバットを見たあたしのダチは、みんなおかしくなっちまってな。実家の農家を継ぐだの、大学で勉強して動物のお医者さんになるだの、フランスに行って料理人修行するだの、どいつもこいつも人が変わったみたいに、まともになっちまったんだ」

「そういう京ちゃんこそ、高校入り直したっしょー? 昼は古着屋のバイトやって、夜は定時制の学校で授業受けるって、すごいじゃん」

「私は前々から考えていたんだ! あいつらみたいに、急に心変わりしたわけじゃない!」


 へー。なんだかすごいパワーが宿っているらしい。私もテストでいい点取りたい。


「なーたんのバットも、なーたんが握っただけでそうなったの? すっごいデコってあるけど」

「ううん。デコったのはあーし」

「なーんだ。その神様っぽいお人形さんも、飾りのひとつなんだね?」

「いや? この子は知らんよ? なんかいつの間にか憑いてた」

「え」


 ギャルギャルしい神様はドヤ顔している。

 まさか、本物の神様じゃ……? 京ちゃんのバットもあんなことになってるし、あり得なくはない。


「おかげで、野球経験ゼロのあーしでも……」


 なーたんがボタンを押す。ピッチャーマシンが動き出し、ボールが飛んでくる。


 なーたんは「えいやっ」とめちゃくちゃなフォームで、飛んできたボールを打ち上げた。ボールは金色の光を帯び、小鬼を一匹吹っ飛ばす。『ホームラン!』と自動音声が鳴り響いた。


 他の小鬼はあたふたと、ホームランの的の前を右往左往する。外へ逃げようとする小鬼もいたけど、ネットにはばまれて出られなかった。


「このとーり、ホームラン連発なうですわ! つきピも打ってみ?」

「え?!」

「お、おい」


 なーたん加工のバットを強引に押し付けられる。期待に目を輝かせるなーたんと、止めるか迷う京ちゃん。


 そうだ、私はストレス発散しに来たんだ。

 私は勧められるまま、バッターボックスに立った。見よう見まねで、バットを構える。小鬼が私を見て、「シシシッ」とバカにするように笑った。


 大丈夫。野球経験ゼロのなーたんでもホームランが打てたんだから、球技が苦手な私にだって打てるはず!


 なーたんがスイッチを押し、ボールが飛んでくる。想像より速い。私は無我夢中でバットを振った。


「ひ、冷やし中華!」

「それ言うなら、チャーシュー麺じゃね?」

「チャーシュー麺はゴルフだ」

「なーる」


 ボールがバットに当たった衝撃が伝わる。スイングした勢いで、ギャル神様が吹っ飛んだ。


 ボールは高く高く打ち上がり、


「おぉ!」

「シー?!」

「シシシッ?!」

「シシーッ!」


 小鬼を三匹まとめて巻き込みながら、ネットを突き破る。


 ボールはさらに上昇しつつ、空中で大きく弧を描いて、方向転換。


「……おぉ?」

「シ?」

「シシシ?」


 速度を増しながら落下し……バッティングセンター近くの祠へ直撃した。ものすごい轟音と振動で、たちまち周囲は大騒ぎになった。


「……」

「……」

「……」


 通りは野次馬と消防車で大渋滞。祠から火まで上がり、混乱は広がる。


 片や、バッティングセンターはお通夜状態。私も、なーたんも、京ちゃんも、ギャルギャルしい神様も、無言で立ち尽くすしかない。生き残った小鬼二匹にいたっては、お互いに手と手を取り合い、恐怖でプルプル震えている。


 なーたんを見る。なーたんも世界の終わりを目にしたような顔で、私を見た。


「つきピってば……祠クラッシャー?」

「偶然だよ!」


  ☆


 小鬼達は自ら地上へ降り、なーたんに捕獲された。彼らをどうするかは「バ先の上司」が決めるらしい。悪魔を退治するアルバイトがあるなんて知らなかったなぁ。


 私が壊した祠は「地中に溜まったガスの爆発による事故」として処理された。おかげで、修繕費を払う必要はなくなった。


 ……それはそれとして、私は再び祠の神様の前で詫びダンスをさせられた。なかなか許してもらえなくて、放課後は毎日踊りに行かされた。


 一週間ほど経った頃、お弁当のいなり寿司をあげたら、一発で許してもらえた。バッティングセンターはもうこりごりだ。

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