November
第1話
チリンチリン。お客さんが出入りするたびに鳴る、いい加減に聞き飽きているその音に合わせて無意識のうちにそちらを見やる。
途端にあたしの心は躍った。
最近気になっている男性が、何日かぶりにいつも一緒に来る男性と来店してくれたからだ。
「いらっしゃいませ」
通常よりもほんの少しだけ声が高くなる。
出入り口のほうへ歩み寄ると、彼はこちらを見た。
意識のしすぎで目を合わせるだけでドキドキする。きっと耳が赤くなっているけれど、もはや隠しようもない。
「2名様ですか?」
「はい」
「こちらへどうぞ」
落ち着かない心を宥めながら2人席に案内する。お昼時でも混んでいないならば4人席に案内したりもできるのだけど、今は13時。それなりに混み合っていた。
「お決まりになりましたらお呼びください」
「ありがとうございます」
一礼してからその場を離れる。
店員という立場なのだから至極当たり前のことなのに、こうして会話できるだけで心が満たされていく。ここ何ヶ月かのあたしは、彼の存在に左右されながら日々を過ごしていた。
酒井岬(サカイミサキ)、25歳。大学を卒業してからとうに3年。洋食屋【サツキ】の長女に生まれたあたしは、なんの抵抗もなくそこの看板娘として上手いこと働いてきた。
別に強要されたわけではない。3歳上の兄が後を継ぐから店はちっとも困らないし、誰かを雇おうと思えば代わりはすぐに見つかるだろう。
就活がめんどくさかったあたしに、ならばとりあえずウチで働いておけばいいと言ってくれた両親。そういう流れに甘えてしまっただけのこと。
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