第16話、絵を届けに
「……ランスさん、大丈夫ですか?」
「大丈夫。ちょっとだけ、眠いだけ……」
翌朝、二人は洋服店に向かっていた。天気は良く、日差しが温かい。徹夜明けのランスには、太陽光が目に突き刺さる感覚に襲われているようだが。
洋服店に辿り着くと、二人は自動ドアを潜った。店内は室温が調整されており、長袖の優でも涼しいと感じた。季節はすっかり夏だ。
「ユウ、この半袖なんてどうかな?」
「あ、良いですね」
「いらっしゃいませー! あら、ランスさん! 珍しいですね!」
店主が奥から出て来た。ランスより年上だろう。ピンク色の髪色が眩しい派手な服装の男性だった。ランスは軽く頭を下げてから言う。
「彼に似合うものを……上下コーディネートして欲しいんだ。五セットくらい」
「かしこまりました」
店主は優に近付くと、首から提げていたメジャーを優のウエストに当てた。
「細いですねえ。お客さまは……ナチュラル系がお似合いかと」
「ナチュラル系?」
「シンプルなデザインのものですよ。茶色とか。もちろん、私みたいに派手な服もお似合いになるかもしれませんが。黒と白は相性が良いですからね」
「それは、駄目」
ランスが腕を組んで言った。店主はにやりと笑ってランスを見る。
「冗談ですよ」
「前みたいな感じのが良い」
「春の時みたいな感じですね。分かりました」
優は、今着ている服はこの店で買われたものだと理解した。前も、こうやって選んでくれたのだと思うと嬉しくなる。
店は広く、様々なジャンルの服がハンガーに掛かって並んでいた。
店主の服のような派手なコーナー、優が着ているような落ち着いたコーナー、フォーマルなコーナー……それぞれ男性用と女性用に分かれている。この店で街の人の服がすべて揃いそうだな、と優は思った。ランスもここで服を買っているのだろうか。
店主は服を数着手に戻って来た。デザインはシンプルなものばかりで、白色、茶色、薄茶色、薄緑色に水色……といったものばかりだ。今、着ている服と系統が同じだ。
「これと、このズボンなんか合いますよ」
白いシャツと薄茶色の半ズボンを店主は優に当てて見せた。姿見で見ても良い感じだ。優もランスも頷いた。
「いいね。まずはそれを頂こう」
「ありがとうございます。それから、これは今年の流行色で……」
服がどんどんコーディネートされていく。店主もランスもセンスが良いので、話が合うのか世間話を交えながらの買い物だ。優は、新しい洋服にどきどきしながら鏡を眺めていた。
「そうだ。スーツも欲しいんだ。今度、オンアラルドに行くから」
「おや? ということはまさか……」
ふふふ、と店主は意味深に笑う。優は首を傾げた。
「おんあ……どこですか?」
「今は、内緒」
「内緒、ですか。楽しみですねお客さま」
ランスと店主は顔を見合わせて笑っている。いったいどんなところなのだろうと優はますます疑問を膨らませた。
「お客さま、このサイズで丈直しなどは不要ですね」
「あ、ありがとうございます」
黒いスーツと爽やかな白いシャツ、さらに黒い靴を選んでもらい、買い物は終わった。かなりの金額になってしまったので優はランスの陰で小さくなっている。
紙袋を二つに分けてもらい、分担して持って帰ることにした。普段着が入った大きな方の紙袋をランス、スーツのセットが入った紙袋を優が持つ。
「それではまた……お客さま、頑張ってくださいね」
店主はあやしく笑いながら二人を見送ってくれた。
「……ランスさん」
「だーめ。まだ内緒」
「ううっ」
口を尖らせる優の頭をランスは撫でた。
「もうすぐ分かるから、ね?」
「……はい」
「ふふ。良い子、良い子」
言いながらランスは手を優に差し出した。優は一瞬、躊躇いながらもそれを掴んで握った。握り返される手があたたかい。二人は手を繋ぎながら、自宅までの道のりのデートを楽しんだ。
***
帰ってすぐ、ランスはまたアトリエに籠ってしまった。
優は、買ってもらった服を箪笥に入れて部屋を片付けている。スーツはシワになるといけないので、壁のフックに掛けておいた。
「どんなところに連れて行ってもらえるんだろう……」
質の良いスーツを撫でながら優は呟いた。こんなに良い物を着て行くところって、いったい……。
「なんだか緊張して来たなあ……」
服屋の店主も知る有名なところらしい。優はいろいろ想像してみたが何も思いつかなかった。
「内緒、か……」
いったいどんなサプライズが待っているのだろう……。
優はベッドに寝転がると、天井を眺めた。秘密が解禁されるまであと六日。どきどきする心臓を落ち着かせるように、優は目を閉じた。
***
「で、出来た……」
「ランスさん、おめでとうございます!」
あっという間に時間は流れて、とうとうランスの絵が完成した。五日で仕上げると宣言してちょうど五日目のことだ。まだ絵具が乾いていないので触らないように注意しながら優はキャンバスを覗きこんだ。
――凄い。
キャンバスの中のリリィ――天使は今にも動き出しそうなくらいリアルだった。羽の一枚一枚が繊細に描かれていて、ふっ、と息を吹きかけたら、さわさわと揺れそうなくらい立体感がある。真っ白なワンピースと羽が窓から差し込む光を浴びて眩しく輝いていた。
「ああ……出来た! 出来たよ……」
「ランスさん!?」
ランスは優を抱きしめながら、その場に屈みこんだ。よっぽど疲れているらしい。顔を覗きこむと隈がはっきりと見えていた。
「ランスさん、少し寝たらどうですか?」
「……そうだね。ユウ、一緒にお昼寝してくれる?」
「もちろんです」
ランスの部屋に移動すると、彼はぼふん、とベッドに倒れ込んだ。衝撃で枕が揺れる。ベッドもぎしりと軋んで悲鳴を上げたようだった。
「ユウ、こっちに来て」
「はい」
ランスの横に寝転ぶと、そのまま強く抱きしめられた。優は身を委ねてランスのぬくもりを感じていた。
「明日、王宮に持って行こう……ユウも一緒に行く?」
「良いんですか? 俺も王宮に行っても」
「誰でも大歓迎なんだよ。あの場所はね……一緒に行こう。きっと楽しいよ。ふあ……」
欠伸を零してランスは目を閉じた。ランスからはほのかに油絵の具のにおいがしたが、ちっとも嫌では無かった。
――お疲れ様、ランスさん。
優は、いつもされているのを真似てランスの頭を撫でた。ふふ、とランスが笑う。
「ユウ、あと二日だよ……楽しみだね」
「はい、楽しみです」
「んー。おやすみ」
「……おやすみなさい」
すー、すー、と寝息が聞こえてきた。
優はランスを起こさないように注意しながら、また頭を撫でた。
――画家って大変なんだな。ちょっとでもランスさんを支える存在でありたい……。
優は決意を胸に目を閉じた。ランスの寝息に合わせるように呼吸すると、次第に自分も睡魔に襲われていく。公園でのデートの時みたいだ、と思いながら優も眠りの世界へと旅立っていた。
***
翌日、いつも通りのラフな格好のランスを見て、優は戸惑った。王宮に行くのだから、もっと畏まった格好――それこそスーツを着なければと思っていたのだ。パジャマのままあたふたする優を見てランスは笑った。
「普段着で良いんだよ? 別に神様に会いに行くわけじゃないんだから」
「け、けど……国王様に会うかもしれないんですよね?」
「もし居られたらね。けど、その確率は低いし、国王様も気さくな人だから平気だよ」
「はあ……」
「ほら、その白いシャツと薄茶色のズボンが良いよ。着替えて、朝食を取ったら出掛けよう」
ランスの言葉に従って、優は着替えた。本当に大丈夫なのかと胸に心配を抱えながら。おかげで、朝食のとびきり美味しいはずのハムの燻製の味がまったく感じられなかった。味のついていないゴムを飲み込む感覚で優は朝食をなんとか平らげる。
食器を洗ってから、二人で家を出た。ランスは両手でキャンバスを持っている為、今日は手を繋げない。そのことがほんの少しだけもどかしかった。キャンバスは既に額装してあり、そのままの時よりも華やかさが出ていた。
「おや、ランスさん! 新作かい?」
「おはようランスさん! 王宮に行くの?」
街の人から次々に声が掛けられる。ランスはそれにひとつひとつ丁寧に返事をしながら街を行く。優の存在もすでに町の人に認知されているので「ユウ君! おはよう!」、「朝からご苦労様!」などといった声も飛んできた。優ははにかみながらそれに答えた。
王宮までは、歩いて三十分程だという。その近さに優は驚いた。
「街のことを良く知りたいって言って、こういう場所に王宮を建てたのが始まりらしいんだ」
「へえ……そうなんですか。何だか、庶民的なイメージですね」
「そうそう。国王様は全然、威張っていないし、ユウのイメージで合っているよ」
三十分の道のりも、喋りながらだとあっという間だった。ランスが立ち止まったので優もそれに続く。
「う、うわあ……」
王宮は圧巻される建物だった。
大きな黒い門が重厚に構え、その奥は真っ白な空間が広がっている。とても高い壁を優は首が痛くなるまで上を向いて眺めた。
花壇には色とりどりの花たちが植えられていて、白とのコントラストで良く映えていた。門番らしき人物が、二人の元へ歩いて来る。彼はランスを見て明るい顔をした。
「ランスさん! 新しい絵ですね!?」
絵のことは門番に伝わっていたらしい。ランスは「うん」と答えて笑った。
「聞きましたよ。天使の絵だって」
「ああ、まだ完全に乾いていないから気を付けて」
「これは失礼しました……そちらの方は?」
優は門番に見つめられてどきりとした。ええっと、何て答えれば……。
「彼はユウ。僕のパートナーだよ」
悩む優をよそに、ランスが微笑んで代わりに答えた。門番は驚いた顔をしてランスと優を交互に見た。
「へえ……芸術一筋のランスさんが! これはめでたい!」
「そういうの良いから、通してくれるかな? いつもの広場まで行きたいんだけど」
「はいはい! それじゃあ、許可証を首から提げてくださいね!」
許可証は首から提げられるように、長い紐がついていた。それをふたりは首に提げて、開いた門から中に入る。
とてつもなく広い王宮をきょろきょろと見る優にランスは苦笑した。
「ユウ、僕の方を見ていて。迷子になるといけないから」
「あ、すみません」
ふたりはレンガ造りの廊下を歩いた。穏やかな赤レンガはゆったりとした気持ちにさせてくれる。廊下を抜けると、とても広い広場に辿り着いた。いたる所に様々な形のオブジェが置かれている。優はポーンの自宅の防犯のオブジェを思い出していた。
「ここが、前に言っていた芸術家たちの作品が飾られている場所だよ」
「うわあ……いろんなものがありますね」
広場には優たちと同じように許可証を付けた人がちらほらと居た。若い人、子供連れの親子、老夫婦など……誰もがこの場の芸術を鑑賞しているようだった。
「絵は、どこに飾ってあるんですか?」
「ほら、あのガラス張りの建物」
「ああ! 本当だ! こっちに見えるように飾られていますね」
そのガラス張りの建物は、遠くからでも十分目立っていた。たくさんの絵画が所狭しと展示されている。絵のカーテンみたいだと優は思った。
「凄い……あの中に、ランスさんの絵もあるんですよね!?」
「まあね……後で教えてあげる……ああ、君!」
ランスはひとりの青年に声を掛けた。見ると、首から許可証とは違う色の札を提げている。王宮で働いている人のようだった。
「この絵を展示してもらいたいんだけど……」
「ああ、ランスさんですね! お待ちしておりました! では手続きをしますのでこちらへ」
「ユウ、ちょっと時間がかかるんだけど……」
「分かりました。この辺をぶらぶらしてます」
「ありがとう。ちょっと待っていてね」
ランスと青年はガラス張りの建物の方へ消えて行った。優はその姿が見えなくなるまで見送ると、一番最初に目についたオブジェへと近づいた。
「うーん。何を表しているんだろう……」
そのオブジェは黄色い馬のような形をしていた。正面には青色で目のようなものが描かれている。背中には赤色、緑色などの斑点が見られ、とてもカラフルな印象を受けた。じっとみつめていると目がちかちかしてくる。
「そのオブジェを見てどう思う?」
優が振り返ると、ひとりの年配の男性が居た。彼はねずみ色のつなぎを着ていて、それはそこら中、ペンキだか絵具だかで汚れていた。芸術家だろうか。
「えっと……」
「答えてくれ。君にはどう見えるのかを」
「そうですね……」
もしかして、この作者だろうか、と優は思った。なので、出来るだけ言葉を選んで答える。
「えっと……。カラフルで一番目につく作品だと思います」
「それから?」
「ええ……躍動感と言いますか……今にも走り出しそうな感じがして、とても格好良いです」
「ほう……それで、君にはこれが何の動物に見えるかね?」
「う、馬ですか……?」
それを聞いた男性は、声を大にして笑った。
「残念。それは猫なんだよ。やっぱり馬に見えるかなあ」
どうやら本当に作者らしい。優は反射的に謝った。
「えっ。そうなんですか? すみません」
「猫が獲物のネズミを捕まえようとしているところを表現したんだがね、妻にも馬みたいだって言われたよ。だから気にしなくても良い」
「はあ……」
「ここに来るのは初めてかい?」
「そうです」
男性は広場を大きく見渡した後、息を吐きながら言った。
「国王様は、芸術がお好きなんだ。自分にはその才能が無いから、老若男女問わず、国内の芸術家の作品をお求めになっている」
「そうなんですか……とても素晴らしいですね。俺の、その……パートナーも芸術家で、今、絵を飾る手続きをしてもらってるんです。おじさんは?」
「わしは新しい作品を製作中でな。他の作者の作品からインスピレーションを受けようと、こうしてここに出向いたというわけさ」
「なるほど……」
「君は、何か芸術に関わっていないのかい?」
男性は優しく微笑んで優を見た。長い口髭が少し怖そうだが、話してみるとそんなこともない。優も安心して会話を続ける。
「俺はまだ初心者だから……塗り絵で練習しています。俺のパートナー……ランスって言うんですけど、彼はとっても凄いんです! 今日は天使の絵を持って来ていて……」
「何!? ランスが来ているのかい?」
「おじさんも知ってるんですか?」
「ああ。この国で彼を知らない人は居ないんじゃないかな? 国王様も彼の絵が大好きなんだよ」
そんなに有名なんだ、と優は思った。この街では有名人だと思ってはいたが、まさか国まで規模が広がるなんて……。そんな立派な人と一緒に居ても良いのかな、と優は少し不安になる。そういえば、美術館にも絵が飾られていると言っていたことを思い出す。優の表情が曇ったのを察してか、男性は柔らかな声で言った。
「君は幸せ者だな。ランスの傍に居られるなんて。あいつ、変わっているだろう? そんな彼の心を掴んだんだ。きっと幸せになれる」
「でも……俺なんかで良いんでしょうか? とっても立派な人なのに」
「愛に立派も何も無いよ。かたちが無いからこそ尊いんだ」
男性がガラス張りの建物を見た。優も視線をそちらにやると、ランスが手を振りながらこちらに向かってきていた。
「ユウ! と……え!?」
ランスは驚いた顔をして、駆け足になってふたりの元に駆けつけた。
「ランスさん、絵は飾られましたか?」
「ああ、うん」
ランスは男性の方を直視して、丁寧に膝を折った。優はその仕草に目を丸くする。
「ランスさん?」
「これは……国王様。ご機嫌麗しゅうございます」
「はっはっは。ランス、良く来たな」
二人のやり取りを、優はぽかんとした顔で眺めていた。数秒後、やっとこの現状を理解して飛び跳ねた。
「こ、国王様……!?」
「そう。この方がこの国の国王様だよ……ユウ」
「え、ええっ!?」
優も慌てて膝を折ってその場に跪いた。今まで気さくに話していたおじさんが国王だなんて想像もつかない。国王は、はっはっは、と笑うとふたりに立ち上がるように促した。優とランスはそれに従う。
「今日は忍びで来ているからな。目立ちたくない」
「国王様……あの、俺、いや、私の無礼をお許しください……」
小さな声で優が言った。国王はまたおかしそうに笑う。笑顔がとても似合う人だ。
「構わんよ。今日はひとりの芸術家としてここに居るんだ。気にしないで良い」
「はあ……」
「ランス、絵が完成したと言うのは本当か?」
「はい、国王様。ちょうどあの真ん中に飾ってあります」
ランスはガラス張りの建物を指差して言った。ここからでは遠くてはっきりとは確認できないが、真ん中に展示されるということは凄いことだと優は思う。
「そうかそうか。後でゆっくりと鑑賞しよう」
「ご案内しましょうか?」
「いいや。ランス、今はこの子と一緒に過ごしてやりなさい」
国王は優の肩を軽く叩いた。
「良い子じゃないか。良いパートナーを見つけたな」
「……ありがとうございます」
「幸せにしてやるんだぞ?」
「はい、必ず……」
「それじゃあ、わしは失礼するよ」
手を振る国王に二人は深々と頭を下げた。優の心臓は、まだばくばくとうるさいままだ。遠ざかる背中を見つめながら、今起きた出来事が夢であって欲しいと微かに思った。
***
「ね。国王様とどんな話をしたの?」
帰り道、手を繋ぎながら二人は歩いていた。ランスは優の歩幅に合わせて歩いてくれる。ゆったりとした穏やかな時間が二人の間を流れていた。
「えっと……国王様のオブジェのこととか……」
ランスのことも話したけれども、何だか恥ずかしくて言い出せなかった。ランスは思い出したようにふふ、と笑う。
「ああ……あの黄色いやつ?」
「はい。俺、馬だって言っちゃって……」
「僕もね、キリンだって答えちゃったから平気だよ」
いたずらっぽくランスが笑った。優もそれにつられて笑顔になる。
「国王様も作品を作っておられるんですね」
「うん。執務の合間にね。国王様の性格もあって、この国では芸術が発展したんだ」
「へえ……あの、つかぬことをお聞きしてもいいですか?」
「何?」
「今日の絵の……その、代金と言うか、そういうのは貰えるんですか」
それを聞いたランスは目を丸くして優を見た。そして、ふふ、と笑う。空いている手で優の頭を撫でると、優しい声で言った。
「貰えるよ。そうしないと生活出来ない。わりと……入ってくるから安心して?」
「良かった……ランスさん、必死だったのにタダ働きだったらどうしようって思って」
「僕、そんなに必死だったかな?」
「はい。そう見えました」
「どうも、絵のことになると周りが見えなくてね……参ったな」
照れ臭そうにはにかむと、ランスは目を細めた。
「ユウの前では格好良くありたいんだけどね」
「ランスさんは格好良いですよ」
「ふふ。ありがとう。さて……仕事も一段落だし、明日はゆっくりしよう。明後日は……ふふふ」
「良いところ、ですね」
「そう。良いところ」
楽しそうに笑ってランスは空を見た。雲一つない晴天。太陽の光がじりじりと皮膚を焦がすように眩しく光っている。
「晴れると良いなあ」
「屋外なんですか?」
「ううん。けど、晴れるに越したことは無い」
ランスは欠伸をひとつ零す。まだ眠いのだろう。良く見ると、徹夜の影響か髪も痛んでいる。少し、ぼさっとした髪を直してあげたかったが、優の身長ではランスの頭に手が届かない。
「ランスさん。公園で休んで行きませんか?」
「良いね。ちょっと暑いけど……木陰があったね。そこで休もう……付き合わせて悪いね」
「そんなこと無いです。俺も……国王様とお話しして疲れちゃいました」
「びっくりするよね。あんな汚い恰好の人が国王様だなんて」
「けど、気さくで良い人だなって思いました」
「そうだね。良い人だ」
しばらく歩いて公園まで辿り着いた。前回と同様、平日なので人は疎らだ。芝生に寝転んでいる人は居ない。皆、木陰のベンチに座って休んでいる。
「ユウ、僕たちもベンチに行こう」
ランスに手を引かれ、空いているベンチまで向かった。ベンチとベンチの間は一メートルくらい空いていて、隣の人のことを気にすることなく休めそうだ。
「ユウ、座って」
「はい」
優はベンチの端に腰掛けた。すると、ランスは優の膝に頭を置いてベンチに寝転がった。これには優は驚いて固まった。
「ら、ランスさん!」
「一時間だけ、ね?」
「恥ずかしいです……」
「ふふ。ユウは可愛いなあ……」
言いながら目を瞑るランスには何を言っても無駄だと優は諦めた。隣のベンチの老夫婦が「若いって良いわねえ」と話しているのが聞こえて優の頬が赤く染まる。
優は穏やかな顔をするランスの髪を撫でた。心地良さそうにランスの頬が緩む。
――ま、いっか。
優はしばらくランスの髪を梳いていたが、やがて自分も船を漕ぎだしてしまった。薄れゆく意識の中でランスの寝顔を見て優は微笑む。無防備だなあ、と思いながら。
「おやすみなさい、ランスさん」
触れるだけのキスをして、優も目を閉じた。
優しい時間が流れる午後、二人はしばらく穏やかにそこで眠っていた。
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