静かな対話
「ミラ、落ち着いて……」
彼の声は穏やかでありながら、明らかに緊張していた。シルヴァンの手から発せられる柔らかな光がミラの暴走した力を包み込み、次第に空間の歪みが収まり始めた。
「……何……これ……」
ミラは何が起こっているのか理解できないまま、ただその場に立ち尽くしていた。彼女の力が静まり、廊下が再び元の静寂を取り戻していくのを感じた。
シルヴァンは冷や汗を流しながらも、彼女を優しく見守っていた。周囲が落ち着きを取り戻すと、彼は静かにミラに言葉をかけた。
「事情を聞かせてくれ。どうしてこんなことになったんだ?」
シルヴァンの声に、ベロニカは無言で肩をすくめると、その場を立ち去ろうとした。オズは安堵の表情を浮かべたが、ギルバートは依然として腕を組みながら、その状況を冷静に観察していた。
「お前たち、今は解散だ。騒ぎすぎだ」
シルヴァンの一言でその場は収まり、全員が静かに解散していった。
廊下の静寂が戻り、周囲がようやく落ち着きを取り戻した。ミラは、何が起こっているのか理解できないまま、ただその場に立ち尽くしていた。体は重く、心の中で恐怖と不安が渦巻いていたが、それを言葉にすることができなかった。
「ミラ、大丈夫か?」
シルヴァンの声が優しく響いた。彼の言葉には焦りが見えなかったが、その目には明らかに心配の色が浮かんでいた。ミラは答えることができず、ただ黙って視線をそらすだけだった。シルヴァンはしばらく彼女を見つめてから、そっと近づき、彼女の頭を優しく撫でた。
「辛かったな……」
その一言に、ミラは一瞬肩の力を抜いた。彼の手の温かさが、彼女の心の中にほんの少しの安堵をもたらしたかのようだった。シルヴァンは無言で彼女のそばに立ち、しばらくの間、二人の間には言葉がなかった。やがてシルヴァンは近くに置かれた椅子に腰掛け、静かに息をついた。
「ここに座れ」
彼は隣の椅子を指さし、ミラを促した。ミラは躊躇しながらも、その指示に従ってゆっくりと椅子に座った。椅子の硬い感触が、彼女に現実を再び思い出させるようだった。
「ミラ、君は今、何が起きているのか自分でも分かっていないと思うが……君の能力は、他の誰とも違う」
シルヴァンは静かに語り始めた。彼の言葉は柔らかく、ミラの不安を和らげるように配慮されていた。
「君が今感じている混乱、そして制御できない力の暴走。それは君の魔力が非常に多いからだ。普通の人間が持っている魔力とは比べ物にならないくらい、君の体には膨大なエネルギーが眠っている。だから、感情が高ぶるとその力が制御不能になってしまうんだ」
ミラは黙ったまま聞いていた。彼女自身も、何か自分の中で異常なものが目覚めつつあることは感じていたが、それが具体的に何なのか理解できていなかった。
「君の力は『粒子を操る能力』だ」
シルヴァンの言葉に、ミラは眉をひそめた。粒子?その意味を彼女は理解できなかった。シルヴァンは彼女の表情を見て、さらに説明を続けた。
「粒子というのは、物質を構成する最も小さな単位だ。君の能力は、その粒子を操ることができる。つまり、君は物質の構造そのものを変える力を持っている。感情が暴走したときに、空間が歪んだり、壁や床にヒビが入ったのはそのためだ。君が無意識のうちに周囲の粒子を操り、物質の形を変えてしまっていたんだ」
ミラは驚いた表情を浮かべた。それは、まるで世界そのものを操作できる力のように思えた。しかし、同時にその力が彼女にとってどれほど危険なものであるかも理解し始めた。
「でも、どうやってそれを……」
ミラは震える声で問いかけた。シルヴァンは微笑みを浮かべながら、彼女の問いに答えた。
「君はまだその力を完全に制御することができない。それが、今の君の最大の課題だ。君が感情に左右されると、その力は暴走してしまう。感情をコントロールすることが、君がこの力を使いこなすための第一歩なんだ」
シルヴァンは少し間を置いてから、さらに続けた。
「ただ、君の魔力は並外れて多い。普通の人間が持つ魔力量の何倍もある。それが君を特別にしているが、それと同時に暴走しやすい要因にもなっている。君の力は、まだ眠っている部分が多い。しかし、その力が完全に覚醒すれば――」
彼は言葉を止め、ミラの目を見つめた。
「君は、世界を変える存在になるかもしれない」
シルヴァンの言葉を聞いたミラは、胸の中で複雑な感情が渦巻いていた。力を制御できない恐怖と、同時にその力の可能性への期待。だが、彼女はまだ自分がその力を扱う覚悟ができていないことに気づいていた。
「私は……この力が怖い」
ミラは静かにそう告げた。シルヴァンは彼女の言葉に頷き、再び優しく彼女を見つめた。
「恐れるのは当然だよ、ミラ。誰だって、制御できない力を持つことは怖い。でも、君にはその力をコントロールするチャンスがある。君がその力を使いこなせば、きっと多くの人を救うことができるだろう」
ミラはその言葉に少しだけ勇気をもらった。しかし、それでも彼女の中にある不安は完全には消えなかった。
「……でも、どうすれば……」
シルヴァンは立ち上がり、彼女に手を差し出した。
「まずは、少しずつだ。君の力は巨大だけれど、焦らずに学んでいけば必ず使いこなせる日が来る。君は一人じゃない、俺たちがいる」
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