失われた笑顔

数日後、ミラはようやく意識を取り戻した。彼女の体は魔力の治療によって回復していたが、心には深い傷が残っていた。部屋の窓から差し込む光が、彼女の白く変わった髪に静かに降り注いでいた。しかし、その目にはかつての輝きはなく、瞳はどこか遠くを見つめていた。


父がいない――その現実が、彼女の胸に重くのしかかっていた。あの日、目の前で父が命を落とした瞬間が、何度も繰り返し彼女の頭の中に蘇ってきた。そして、その原因が、親友だと思っていたポレモスだったことが、さらに彼女を苦しめた。彼は自分を裏切り、父を奪った。ミラは心の奥底でポレモスへの憎しみを抱きながらも、何もできない自分が悔しかった。


かつて明るく元気だった彼女の笑顔は、もうどこにもなかった。目覚めた日から、彼女は笑うことを忘れてしまったかのように、表情を変えることなく過ごしていた。


街の人々が心配して訪れても、彼女はほとんど言葉を返すことなく、淡々とした声で最低限の応答をするだけだった。かつて元気いっぱいに挨拶していた彼女が、今はただ機械のように感情のこもらない言葉を紡ぐだけだった。


「……ありがとう。でも、大丈夫。」


それが、ミラが人々に返す言葉のほとんどだった。表情も変わらず、声に抑揚もなく、まるでその言葉が彼女自身のものではないかのように聞こえた。


ミラは、ただ一人ぼっちだった。父がいない。母ももういない。そして、信じていたポレモスも失った。彼女にとって、世界はもう以前と同じものではなくなっていた。


ある日の午後、ミラがぼんやりと窓の外を見つめていると、部屋の扉が静かにノックされた。振り返ると、専門機関のリーダーが立っていた。黒いコートを纏い、冷静な表情をしたその男は、優しくミラに語りかけた。


「ミラ、少し二人で話がしたい。大丈夫かな?」


ミラは無言で小さく頷いた。彼女の動作には力がなく、リーダーの提案に応じるのも、ただの義務感からだった。彼女にとっては、何を話しても変わらないという諦めが漂っていた。


リーダーはゆっくりと椅子を引き、ミラの近くに座った。そして、彼女の目を見つめながら静かに話し始めた。


「まず、君が無事に目を覚ましたことを本当に嬉しく思う。そして、今回のこと……君が抱えている苦しみや悲しみについては、言葉で表せないほど辛いだろう。父親を失い、大切な存在を裏切られた……その痛みは容易に癒えるものではない。」


彼の言葉は、ミラの心に静かに響いた。だが、それでも彼女は反応を見せず、ただ無表情のままだった。リーダーは続けた。


「私たちがここに来た理由は、君が持っている力――君の中に秘められた魔力の異常な大きさが、これからの世界において重要な意味を持つと感じたからだ。君は、普通の人間とは違う。君の力は、この世界を守るために必要なものかもしれない。」


彼の言葉に、ミラはかすかに眉を動かしたが、それでも何も言わなかった。彼女は自分が何者かということに関心を持つ余裕もなく、ただその場に座っているだけだった。


リーダーはさらに続けた。


「今、この世界は大きな混乱の中にある。多次元同調世界の影響で、秩序は崩壊し、人々は危険に晒されている。犯罪者だけでなく、未確認生物や魔力を持つ存在が人間を脅かしているんだ。だからこそ、我々は力を持つ者たちを集めて、共にこの世界を守るための特殊部隊を作ろうとしている。」


リーダーの言葉は静かで、どこか力強さを帯びていた。しかし、ミラはただ無表情のまま、彼の話を聞き続けていた。


「君は、その異常な魔力を持っている。この力は、単なる強さだけではなく、英雄としての素質を持っているんだ。この世界を救う力だ。だが、君自身がどうするか、最終的には君が決めることだ。」


ミラは、ようやく目を伏せた。そして、かすかに息をつき、彼女の口からかすれた声が漏れた。


「……私に……何ができるの?」


それは、今のミラにとっての精一杯の反応だった。彼女は自分の存在や力に対して、まだ何も理解していなかった。ただ、失われたものの大きさに押しつぶされ、未来を見つめる余裕がなかったのだ。


リーダーはその言葉を聞き、静かに頷いた。そして、優しく語りかけた。


「君には選択肢がある。何もしないことも一つの道だ。だが、君がこの力を使って世界を守ると決意するなら、私たちが君を支える。ゆっくり考えてくれればいい。君がどう進むか、その答えは君の中にある。」


ミラは、自分がこれからどう生きるべきかをまだ見つけられないままだった。彼女の心には、まだ深い傷が残っていた。だが、リーダーの言葉が彼女の中に小さな変化をもたらし始めていた。

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