【一章完結】いつか神魔の神隠し~森の中から始まる都市計画。メイドとモフモフを従えて神々からこの世界を防衛せよ。そんなことよりもまともなヒロインはおらんのか?~

四季 訪

森の中から始まる異世界生活1

 会社からの帰り道。


 連日の残業による体の疲れはピークに達しており、早く家の敷居を跨ぎたい気持ちとは裏腹にその足取りは重い。


 俺は生まれてこの方やる気というものが存在しない人間だった。


 何か特別にやりたいことがあるわけでもなく、何かが得意だから何となくそれを続けるという事もない。


 何かを始めることもなく、何かをやり遂げたこともない薄っぺらい人間。


 それが俺、水戸川 奏気という人間だった。


 それのせいか、特筆すべき学生生活を送ってこなかった武器の無い俺はいくつも面接を受けていくつも落ちた。


 ようやく就職に漕ぎつけた会社は表向きだけホワイトアピールのブラック企業だった。


 そんな会社に勤めてようやく三年。


 やる気も体力もない俺は平均的な仕事を熟すことで精いっぱい。


 それもこれだけ体力と気力を削ってだ。


 同期の何人かは有り余る体力とやる気で出世コースの道を進んでいる。


 羨ましいばかりだ。


 仕事を楽しいと思えて。


 体力とやる気に満ち溢れていて。


 自分にはそれが無い。


 あるのは漠然とした失望感と居心地の悪さ。


 別に今の仕事が嫌いというわけではないのだ。


 同僚や上司が嫌いなわけでもない。


 仕事を平均的に熟していれば嫌味を言われるわけでもないし、長時間の残業だって家でやることのない俺からしたら特段苦痛というわけでもない。


 ただ、幼い頃から薄っすらと心にこびり付いている退屈感が俺の人生を狂わせ続けているのだ。









 ◆







 ようやくたどり着いたアパートのドアを開け、重たい足で玄関を跨ぐ。


 コンビニで買ったお弁当を電子レンジで温めるためタイマーを設定してスタートを押す。


 適当に一分に設定してその短い間でスーツを脱いでネクタイを緩めた。


 後二十秒もせずに暖めが終わる。


 脱いだスーツを適当にソファに放り投げて電子レンジへと戻る。


 やけに長く感じるデジタル表記のカウントにぼーっと視線を置いて待つ。


 すると下から何かが視界に広がった。


 「ん?なんだ?」


 妙に温かい足元の光に目を落とすとそこには幾何学模様のサークルが俺を包み込むようにして淡い光を放っていた。


 その光は次第に強さが増していき、目を焼くような強い光へと変わる。


 「は!?、ちょっこれなんだよいきなり……!?」


 電子レンジの仕事が終わる直前、俺はこの趣味の悪い発行体から逃げようと体をひねるも時既に遅く、目に痛い七色の光に潰されて身動きもできないまま光の本流に呑まれてしまった。


 ───チンッ


 少し間抜けなその音を最後に俺の意識はそこで途絶えた。








 ◆







 「うぅん……」


 いつの間に気を失っていたのか、俺は顔を覆っていた腕を退けて目を覚ました。


 最初に感じたのは都会では嗅ぎなれない筈の自然の香り。


 樹々の青臭い匂いと、土の匂い。


 次第に明瞭になっていく視界の色は緑と青と時々白。


 「もう朝?」


 寝起きで巡りの悪い頭は単純な答えしか導き出せずにいた。


 体を起こす際に地面を握った。


 手には草混じりの土が握られた。


 「土……?」


 周りを見渡して、ようやく異変に気付く。


 「空、樹……森?」


 いつの間に外で寝ていたのか。


 お酒なんてここ最近全く飲んでいないし、昨夜だって当然飲んでいない。


 なのに置かれた状況はへべれけで酔いつぶれた酔っ払いのそれだった。


 「あさ……いや、昨日はちゃんと家に帰った筈」


 疲れ切った重い足で玄関を潜った記憶が蘇る。


 「それでスーツ脱いでネクタイ緩めて……?」


 あぁ、スーツをキチンとハンガーにかけないと皺に……なんてそんなどうでもいいことが頭に過る。


 「それで弁当を暖めて、もうすぐって時に……」


 最後に思い出した記憶。


 しっかりと明瞭に思い出したにも関わらず、俺はその記憶が疑わしく、変な夢を見たのではないかと考えてしまう。


 「いや、それなら今の現状も夢の中だろ」


 自分の住んでいた近くにこんな森は存在しなかったはずだ。


 そもそも見た感じここは山でなく平野の森だ。


 そんな森が一体日本に何か所あるというのだろうか。


 少なくとも俺の住んでいた地域にはそんな所は存在しないはずだった。


 本格的に夢なのではと思って、明晰夢特有の神様的なことをしようと試みてみるが、そんな都合のいいことは起きなかった。


 試しに頬を抓って見るがしっかりと痛い。


 夢の中では痛いと思い込んでいるだけでいざ目覚めてみれば痛くなかったと思い返すパターンだろうか。


 結局は今が夢の中か現実かなんてのは俺にはわからないが、何となく現実のように思える。


 とても質が悪い事この上ないが。


 辺りを見渡すとかなり深い森のようだ。


 ここがどこかは分からないがとりあえずこの森を進んでみるしかなさそうだ。


 「救助の見込みとかないしな」


 冷静に言葉を零してみるも、内心の焦りは大きい。


 空気を吸って、辺りを見渡していくうちにこれが現実だと頭が受け入れ始めたからだ。


 寝起きの頭の重さが抜けていくと入れ替わるように焦りと困惑が頭の中を支配していく。


 心拍数は上り、自然と呼吸が荒くなる。


 焦りと困惑の隙間から次第に恐怖が覗き始め、それに合わせて足取り早くなっていく。


 早くこんな訳の分からない森から抜け出して家に帰りたい。


 自分の住んでいた地域かもわからない現実を頭の隅に追いやって、アウトドアに向かない足を必死に動かし続ける。


 太い幹を持つ樹々の間を潜り抜けて、背の高い草を掻き分けて、躓きそうな石を踏み越えて森の中を進む。


 かなり歩いたと思う。


 慣れない森を歩いたせいで呼吸以上に足の疲労がきつかった。


 まだかまだかと森を彷徨いたどり着いた。


 「あ……っ」


 森を抜けたのではない。


 川を見つけたわけでもない。


 今までと同じ変化のない森の中。


 しかし一点だけ他と違うのが見て取れてしまった。


 「マジかよ……」


 それは絶望に近い声色。


 受け入れられない現実にようやく絞り出すことのできた平凡な言葉。


 俺が視線を落としたその地面には握られて抉られた、雑草が根っこ事無くなった小さな穴が存在した。


 俺が目を覚ました場所だった。


 「振り出しかよ」


 森の中は真っすぐ進んでいるつもりでも、樹を避けたりしながら進むうちに方向が徐々にずれ込んで道がそれてしまうとは聞いたことがあった。


 知っていたが、これは堪える。


 太陽の位置を見ながら進むべきだったか。


 平静を欠いていた俺は、森の中を歩くことの難しさを過小評価して気持ちに突き動かせれるがままに歩いていたようだ。


 状況が悪化してようやく今の精神状態に危機感を覚えた俺は、深呼吸を繰り返して自身を落ち着かせる。


 俺は棒の様になった足に鞭を打って再び歩き出した。

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なろうにある作品の転載作品になります。

話の流れは少し遅いですがお付き合いください。

拙作【食いつなぎ探索者〜隠れてた【捕食】スキルが悪さして気付いたらエロスキルを獲得していたけど、純愛主義主の俺は抗います。とりあえず気に食わない奴は殴って黙らせておこう~】も連載しておりますのでそちらもぜひお目を通していただければ幸いです。

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