勉強部屋

カフェを出てから、私たちは住宅街へ向かって歩いていた。

「どこへ行くの?」

「私の勉強部屋です」

私の問いに雪乃ちゃんは答えた。思いもよらない場所に、私は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。

「勉強部屋っ!?」

「はい」

まさか、さっそく雪乃ちゃんのお家へ招かれるとは。

そんなことならもっといい服を着て、手土産を持ってくれば良かった。

もっと早くわかっていたら……と思うものの、彼女からのメッセージにお昼頃まで気づかなかった私が悪いから仕方ない。


やってきたのは、オシャレな外観の二階建てのアパートだった。

ここに雪乃ちゃんの家があるの?

資産家というから豪邸に住んでるのかと思ったのに。

いや、もしかしたら雪乃ちゃんだけがここで一人暮らしをしているとか?お金持ちのお嬢様がアパートやマンションで一人暮らしをするというのは漫画とかでよく見るシチュエーションだ。

私の予想は当たらずとも遠からずだった。

 

オートロックのエントランスを抜けて、一階の一番奥。一〇四号室。

「ここです」

「ここが、雪乃ちゃんの部屋なの?」

「はい。そうですよ」

雪乃ちゃんがドアの鍵を開けて中に入り、私も後に続いた。

「スリッパをどうぞ」

「ありがとう」

スリッパを履いてから、両側にキッチンとトイレ、お風呂のドアのある短い廊下を通り、突き当たりのドアの向こうにある部屋に入った。

ワンルームに置いてある家具は、机と椅子、本棚、ソファだけ。部屋を彩るインテリアは一切ない。

一言でいうと、殺風景。

女の子の部屋とは思えないくらい何もなかった。

私の部屋も人のことは言えないほど実用性に特化されているけれど、この部屋ほどではないと思う。

 

「えーと……雪乃ちゃんは、この部屋で暮らしているの……?」

気になって聞いてみた。ベッドもないのにどうしているのだろう?

「いいえ。私の寝起きするお部屋は自宅にあります。ここは勉強をする専用の部屋なんですよ」

………………

雪乃ちゃんの話を聞いて、私はお金持ちの贅沢さに感心するやら呆れるやら。

自分の部屋を二つも持っているとは、さすがお嬢様。

聞けば、このアパート自体が雪乃ちゃんの家がオーナーで、空き部屋が出来たのでそこを通信教育の学習に集中するための専用部屋にしたのだそう。

「だから、勉強に必要なもの以外はなにも置いていないんです」

「なるほど……」

この部屋については理解できた。

そして、聞くまでもなく、この部屋で一緒に勉強をするのだということも分かった。

私の予想を肯定するように雪乃ちゃんは言った。

「この部屋で、一緒に勉強をしていただきたいのです」

「じゃあ、私はここへ通えばいいわけね?」

「はい。ご足労いただきますけど、お願いします」

雪乃ちゃんが頭を下げた。

「うん、いいよ。学校の自習室でやるよりも、ここのほうが私ん家から近いからね。定期券の範囲内だし大丈夫だよ」

これが学校とは反対方向だったら、少し考えたと思う。

「ありがとうございます。立ち話もどうかと思いますから、理子さんはソファーにお座りください」

「ありがとう」

雪乃ちゃんに勧められて、私はソファーに座った。

 

「飲み物を用意しますね。コーヒーと紅茶、どちらにしますか?」

「カフェオレって出来る?」

さっきもカフェで飲んだけれど、私はカフェオレが好きなのだ。

「出来ますよ。美味しいカフェオレを用意するので、少しお待ちください」

「うん」

雪乃ちゃんがドアの向こうのキッチンへ姿を消し、その間、私は改めて部屋の中を見回した。

この部屋で、これから雪乃ちゃんと二人だけで勉強をやっていくのか……。

同性の私も見惚れてしまうような可愛い女の子と友達になれただけじゃなくて、一緒に勉強が出来るなんてね。

本当に、これからの三年間は私にとってのボーナスステージなのかも。

そんなことを思っていると、カップの二つ乗ったトレーを持った雪乃ちゃんが戻ってきた。

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