第33楽章 思いやり

トロンボーンパートの香山かやま蹴人しゅうとが準備室に神楽坂かぐらざかたずねてきた。

「この部分なんですけど、パート内のバランスが上手く取れなくて」

コンクールも近くなり、生徒たちからのこういった質問や相談も増えてきた。生徒たちが自分たちで吹き方、演奏の仕方を考えるのは大事なことだ。


神楽坂は蹴人しゅうとと一緒に楽譜をのぞき込み、アドバイスをする。蹴人しゅうとはメモを楽譜に書き込んでいる。

「あ、あとここなんですけど」

熱心に質問をする蹴人しゅうとの疑問が一通ひととおり解決したところで、神楽坂は

「最近パート練習の様子はどうだい?」

と気になっていたことをたずねた。

「俺、気づいたんですけど」蹴人しゅうとは、少し前のめり気味ぎみに話し出した。

先輩面せんぱいづらするのが嫌で、今までなんも言わずにいたんですけど。言ってみると、みんな吹きやすくなったとか言ってくれて、今までなんで教えてあげなかったんだろうって思ったんすよね。今まで放置ほうちしてたの、逆にやさしくなかったのかなって」

香山かやまさんは威張いばってるとかマウントをとってるとか思われたくなかったって言ってたよね」

「そうなんす! マウント取られるの、自分も嫌なんで、自分がそうなっちゃうのはもっと嫌で。でも、マウントとかじゃなくって、こうすればもっとよくなるよって言えると、相手の演奏がよくなるし、吹けたー!って喜んでるのを見ると、自分も嬉しいと思えるようになって。そしたら、あー、言ってよかったなってなったんですよね」

「マウントをとる感じにはならなかった?」

「今のところは、うん。多分そんな風にはなってないと思う」

「それは、香山さんの伝え方もよかったんだろうね。相手を思いやる気持ちが伝わったんじゃないかな」

「そうなのかな。せっかくパート練習やってるんだし、それが無駄むだにならないようにっていうか、ただ反復練習するんじゃなくて、ここを気を付けて吹いてみようとか、みんなで考えながらやってると、次の合奏の時少し変わるような気もするし」

「実際、トロンボーンパートは良くなってると思うよ」

「本当っすか」

蹴人しゅうとはニカッと笑った。

「何より、香山かやまさんの音が最初に比べて全然、変わってきてるね。自信が伝わってくる音になっている。やっぱり、人に教える分、責任感が音に乗ってくるんだろうね」


それになにより、蹴人しゅうとの表情がとても良くなっている。たった数か月の間に先輩らしいというか、顔つきが大人びてしっかりしたように感じる。やっぱり、先輩の自覚っていうのは大事なんだな。人は内面で顔つきが変わってくる。本気になって音楽に取り組んでいるからこそだろう。


最近、ひそかに香山先輩に憧れている後輩の女生徒たちが、数人いることを神楽坂は薄々うすうす気付いていたが、それは黙っておくことにした。


♪今日のワーク――――――――――――――♪

誰かが間違っているなと気付いた時に、教えてあげる? それとも本人が気づくまで放置する?

明らかに違う時には、多分教えてあげると思う。教えてあげなければ、多分合奏で指摘されると思うけど、もしあらかじめ教えてあげていればその人は間違えて吹くこともないし、合奏を止めることもないよね。


明らかな間違いじゃなくても、ここはこうした方がいいのに、ここはこう吹くべきところなのに、というちょっとしたことも、同じことじゃないかな。

もし気づいたなら伝えてあげよう。それが、思いやりだよね。

もしかしたら、相手は別の考えがあってそう吹いているのかもしれない。

その場合は、お互いに話そう。どっちの方がより良くなるか。もしかしたら、もっといい方法が見つかるかもしれない。どうしても解決しなければ、指揮者にいてみよう。自分たちはこう思うんですけど、どっちの方がいいですかって。

どちらが正しいとか優れているってことではなくて、どういう音楽を作りたいかってことになると思うから、勝ち負けではないよ。そこは間違えずに。

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