第21楽章 プレッシャー

最近、部長の来栖くるす莉音りおんが調子を落としている。合奏中に、ミスが増えた。といっても、莉音りおんはいい時のレベルがとても高いので、ほんの些細ささいなことだ。むしろ、それでも2年生よりずっといい音は出している。が、莉音りおん自身は納得していないだろう。

何かあったのかなと気にはなっているが、あまり自分から生徒のプライバシーに立ち入るのも違うかなぁ……と思うので、神楽坂かぐらざかはタイミングが来るのを待つことにした。


いつも練習終わりに各パートリーダーが神楽坂かぐらざかのところへ練習日誌にっしを持って来る。実はこれも神楽坂が来てから練習についてみんなで話し合いをした時に、みんなが考えて始めたことだ。毎日の練習の成果せいかや残った課題などを明確めいかくにするために、練習メニューや練習方法などを書き残している。誰かが休んだ時などのもうし送りわりにもなっている。

普段はパートリーダーの常葉とこはが持ってくるが、その日は代わりに莉音りおんが提出しに来た。莉音りおんは事務的にノートを神楽坂に渡すと、きびすを返しすぐ帰ろうとしたが、ちょうどいい、と思った神楽坂は莉音りおんを呼び止めた。

「部長、最近どう?」

「どう、とは?」と莉音りおんいぶかしがったが、「みんな練習が楽しいみたいです。上手くなってるって感じがあるからでしょうか」と、続けた。

「それは良かった。みんなで考えた練習の効果が、出ているみたいだね。やり方についていけない人や、不満は出ていないかな?」

「そうですね。それについては……」

さすがは部長、莉音りおんは1年生の誰それが最近休みがちになっていて心配だとか、ぼうパートが練習の方向性に迷っているようだとか、よく全体を把握はあくしていた。

「そうか、助かるよ。詳しくありがとう。来栖くるすさんはどうかな? なんか困ってることはない?」

莉音りおんは首をかしげて、2,3秒考える様子をしたが「特にありません」とにこりと事務的な笑顔を作り、「ではよろしいでしょうか、失礼いたします」と丁寧ていねいに頭を下げて帰っていった。

入れ違いにトロンボーンのパートリーダー氷室ひむろみやこがノートを手に入ってきた。


あくまで神楽坂の推測すいそくにすぎないが、莉音りおんは責任感が強く、とても真面目だ。真面目すぎるがゆえに、人にりかかることをしない。遊びがない。遊び、つまり余裕のことだが、なんでもきっちりこなすタイプだと、余白よはくがなくなって窮屈きゅうくつになる。

なにかあっても自分で考えて解決しようとする。それができる子だからこれだけ優秀なのだろうと思うが、それはそれで大変な思いをしているんだろうな、などと神楽坂は考えていたので、みやこが差し出したノートを無意識むいしきに受け取っていた。

うわそらですね、神楽坂かぐらざかコーチ」

みやこのクスクス笑いにハッと我に返った神楽坂。

「ドア開いていたんでなんか聞こえちゃったんですけどぉ」

神楽坂は自室と音楽室をつなぐドアを基本的にはいつも開けっ放しにしている。生徒たちが気軽に中をのぞいたり、話しかけやすいようにしているのだ。それに、開けておくと音楽室の様子がなんとなく伝わってくる。もちろん、コンプライアンスの問題もある。

「もしかして、莉音りおんのこと心配してくれてますぅ?」

氷室ひむろみやこというクールな名前とは裏腹うらはらに、見た目も話し方も態度もかなり親しみやすい彼女は実は莉音りおんと仲が良いらしい。一緒にいるところをよく見かける。

「まあな、僕がここに着た頃とちょっと違うかなと思ったんだけど。大丈夫って言われちゃったな」

「ちゃんとやんなきゃってなると上手くできなくなるんですよあの子。プレッシャー? そういうのに真っ向から向き合っちゃうタイプなんで。でも、まあ大丈夫です。うちが適当に息抜きさせときますから。うち、莉音とは長い付き合いなんで!」

「それは頼もしいな」

ヘヘッ、というような笑みを残し、はずむようなけ足で莉音を追いかけていくみやこを、神楽坂はドアのあたりまで見送った。

都が莉音に追いつき、並んで歩きだす。どんな会話をしているのだろうか。

想像して思わず神楽坂も笑顔になった。


♪今日のワーク――――――――――――――♪

「○○しなきゃ」「絶対」「当たり前」などが口癖くちぐせの人は要注意!


責任感の強い人は「○○しなきゃ」と思うあまりプレッシャーで硬くなったり、動きが悪くなったりしてしまいがち。そういうときは気持ちを少しゆるめてみよう。

「だいたい」「○○くらい」「○○っぽく」「○○できたらいいな」くらいに、少し余裕をもって考えてみよう。

絶対に~しなくちゃだめだ!と余裕のない状態でやるよりも、できたらいいな、近づけるようにやってみよう、くらいで始めた方がいい結果が得られることもあるよ。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る