第1話 【黒歴史を生み出す魔法の箒】

※本日2話目です。プロローグは1時間前に投稿済みです






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 俺が異世界に転生を果たしてから18年が経過しようとしていた。


 正確な自分の誕生日も知らないし、本当に俺が18歳になるのかどうかも不明だが、俺自身の感覚ではもう直ぐ18歳だ。


「~♪ ~♪ ~♪」


 現在、俺のパートナーであるハーフエルフのティーナは自宅の庭で魔術の訓練中であり、歌うように詠唱を行い、踊るように振り付けを舞っていた。


「大分、上手くなったなぁ」


「ありがとうございます♪」


 本来、魔術の詠唱というのはこういうものであり、人を魅了する魅力があるものだ。


 パッと見では楽しそうに歌い、優雅に踊っているようにしか見えないが、その動きの全てが魔術の詠唱であり、意味のある動作だ。


 これを省略してしまうなんて勿体ない。


「魔術って難しそうと思っていましたが、楽しいものだったんですね」


「本当はそうあるべきだな」


 訓練は辛く、苦しくあるべきだ、なんて言う奴もいるかもしれないが、その非効率さを嘆き、変える為に偉大なる先人が考え抜いた末に辿り着いたのが、最高効率を叩き出す歌と踊りを模倣した詠唱なのである。


 魔術において、これ以上の効率が出せる詠唱はない。


「でも、旦那様は歌ったり踊ったりはしないですよね?」


「俺のは魔女が考案した魔術だから」


 単純に男が歌ったり踊ったりする姿を見ても嬉しくない。


 ティーナの魔術も魔女の俺が考案したものだが、ティーナの歌と踊りなら俺が独占して見学するだけの価値がある。


 なんと言ってもティーナは美少女だからね。


 ハーフエルフであるティーナが持つのはエルフの持つ自然力と、人間の持つ魔力が混じったエネルギーであり、俺は混合エネルギーと呼んでいる。


 その混合エネルギーを制御する為の難易度は高いが、使いこなすことが出来れば通常よりも高い効率で魔術を使いこなすことが出来る。


 言い換えるならティーナには魔術師としての素質があるということだ。


(教師が魔女じゃなかったら、とてもではないが使いこなせなかっただろうけど)


 混合エネルギーを使った魔術の難易度はそれくらい高い。






 午前中の訓練を終え、昼食を取ってから俺はティーナを連れて冒険者ギルドへと向かう。


 そうして冒険者ギルドに辿り着いた俺達を出迎えたのは……。


「おう、来たか」


 今日も暇そうに受付に座るおっさん。


 この冒険者ギルドのギルドマスターらしいが、あんまり威厳は感じない。


「ちっす。なんか良い依頼あるか?」


「そういうのはないが、お前にプレゼントだ」


「?」


 おっさんが俺に渡して来たのは白い封筒だった。


「何これ? ラブレター?」


「んなわけあるか。俺が書いた推薦状だ」


「推薦状?」


「冒険者がAランクに昇格する為には冒険者ギルドの本部で昇格試験を受ける必要があるんだが、その昇格試験を受ける為には所属するギルドのギルドマスターからの推薦状を貰う必要がある。要は、こいつにはAランクになれる実力があるって太鼓判だな」


「へぇ~」


 現在、俺はBランクの冒険者だが、その俺がAランクになる為には本部で昇格試験を受ける必要があるというのは聞いていた。


 推薦状が必要だというのは初めて聞いたが。


「これを本部に提出すれば昇格試験が受けられるってこと?」


「そうなるな」


 どうやらおっさんは俺にAランクになって欲しいようだ。


 まぁ、AランクとBランクでは持っている権限に雲泥の差があると聞いたし、Aランクにならないと任せられない仕事もあるのだろう。


「でも、本部って何処にあるんだ?」


「……ここから馬車で2ヵ月くらいの距離にあるアルザンド帝國って国の首都」


「遠いわ!」


 馬車で2ヵ月とか旅行ってレベルの旅じゃねぇぞ。


「俺もそう思うが、昇格試験はそこでしか受けられないんだから仕方ねぇだろ」


「試験官が出張してくれたりしないのか?」


「そういうのは王族が相手でもない限り、してくれないな」


「冒険者になった王族なんているのか?」


「……過去に何人かな」


「…………」


 あんまりいい話ではなさそうだ。


「そもそも試験官を呼び寄せて試験を受けるって時点で傲慢だ」


「お前も似たようなことを言ったけどな」


「出張と強制召還は違うだろ」


 俺のは試験官が自主的に来てくれることで、召還は強制的に呼び出すことだ。


「どっちにしろ試験官がこの街に来ることはない」


「でも馬車で2ヵ月は嫌だ。もっと早い乗り物はないのかよ」


「快速馬車って高速で移動する馬車があるぞ」


「おぉ!」


「……乗り心地は最悪で乗った奴の大半は吐くけどな。料金も馬鹿みたいに高いし」


「ぜってぇ乗らねぇ」


 罰ゲームかよ。


「魔術で作れよ。そういう便利な乗り物をさ」


「研究はしていると聞くが、そういう開発に成功したという話は聞かないな」


「つかえねぇ~」


 魔術は戦いにではなく、そういう生活を便利にすることにこそ使うべきだ。


「どうしてもと言うならワイバーン便という空を高速で翔ける移動手段もあるぞ」


「おぉ。そういうのを最初に出せよ」


 まさに異世界ならではの移動手段だ。


「約3割の確率で墜落死するから死んでも恨まないって誓約書にサインを書かされるし、空を飛ぶ魔物に頻繁に襲われるから無事に目的地に到着出来る確率は2割以下と言われているな」


「……駄目じゃん」


 成功率2割以下の乗り物とか、どう考えても破綻している。


 本当に、この世界には碌な移動手段がない。


「お前の転移魔術で何とか出来ないか?」


「制限があると言っただろうが。行ったこともない場所には跳べねぇよ」


 魔女の転移魔法なら兎も角、人間に使える転移魔術には制限が多く、俺の転移魔術には転移先を事前に登録しておかなければならないという制約がある。


 俺が今、転移先に登録しているのは自宅を始めとした街の周辺だけだ。


「そうか。ままならないものだな」


「2点を繋いで乗るだけで転移出来る転移陣とかないの?」


「あるわけねぇだろ」


「そうか~」


 昔、それこそ5歳の頃に魔女に連行された時は転移陣で魔女の森まで移動したが、あれは魔女が――先生が準備した代物で、転移陣に乗った者を転移先で先生が魔法で引き寄せるという方法だった。


 あんな簡易的な転移陣で転移を可能にするのは魔女だけだ。


「他に移動手段は?」


「もう走っていくくらいしな残ってねぇよ」


「阿呆か」


 馬車で2ヵ月も掛かる距離を走って移動するとか狂人の所業だわ。


「どの移動手段を選んでも大変ってことか。ひょっとして、移動するだけでも試練の1つとかいう話か?」


「そういう一面もあるな。本部の近くに住んでいる奴には関係ないが」


「やれやれ」


 Aランクの昇格試験を受けるなら自力で試験会場である本部まで辿り着いてみせろと言う話か。


「そこまで苦労してまでAランクになりたくねぇよ」


 俺は現状のBランクで満足しているし、無理にAランクになりたいとは思っていない。


「お前には出来ればAランクになって欲しいんだがな。任せられる仕事の幅も増えるし」


「それなら移動距離をなんとかしてくれぇ」


 移動に掛かる時間を考えるだけでやる気がゼロになるわ。


「我慢して馬車で行け」


「やだ~」


 本当に勘弁してほしい。






 それからティーナ用の適当な依頼を熟してから夕方には家に帰る。


「直ぐに夕ご飯を作りますね~」


「お~、頼む」


 当初、真面に包丁も握ったこともなかったティーナだが、俺が丁寧に教えたことで料理の基本を覚えてからは自主的に料理をしてくれるようになった。


 偶に失敗するが、それも愛嬌だ。


「~♪」


 そうして鼻歌を口遊みながら料理を開始したティーナなのだが……。


(ムラムラする)


 メイド服姿で、お尻をフリフリ揺らしながら料理をする後姿を見ていると思わず欲情してしまう。


 実際、ティーナが料理をするようになってから3回に1回は襲ってしまう。


「きゃっ♪」


 ティーナの方も最初は本当に驚いていたが、何度も襲っている内に慣れたのか悲鳴にも余裕が出て、どことなく楽しそうな響きが混じっている。


 お陰で今日の夕食は遅くなったが、とても満足出来た。


 台所でズッコンバッコンするのは新婚さんプレイみたいで楽しかった。




 ◇◇◇




 翌日。


 俺は冒険者ギルドの本部に行く方法を考えていた。


(手っ取り早いのは魔女になって移動することだな)


 魔女になれば時速1000キロで移動出来るので、どんなに遠い場所だろうとあっという間に到着する。


 問題は、あまりにも早く移動すると俺の正体が魔女だとバレてしまう可能性が高いことだ。


 この世界で超常的な現象が起こる時は、大抵の場合は魔女が関わっていると判断されてしまう。


 通常なら2ヵ月も掛かる距離を短時間で移動などしたら、魔女が関わっていると暴露するようなものだ。


(魔女は有名だからなぁ)


 この世界での魔女はおとぎ話などではなく、実在する超常の存在として認識されており、魔女の存在を疑う者など誰もいない。


 だからこそ超常の陰には魔女が居ると直ぐにバレてしまうし、迂闊な行動は俺の行動範囲を狭める。


 通常の魔女のように人目を避けて何処かに隠れ住むというのなら問題はないのだが、男に偽装した上で街に住んでいる俺は正体を隠す必要がある。


 そうなるとギルド本部に行く為には……。


(やっぱり地道に馬車で行くしかなさそうだな)


 通常の手段で行くしかない。


「別にAランクとか本当に興味ないんだけどなぁ」


 なんと言っても俺の正体は魔女なのだから、Aランクの権限とか本当にどうでもいい。


 どうしても我慢出来ない問題が起こったなら、魔女に戻って解決してしまえば良いだけの話だ。


 ただ、このまま男に偽装して過ごすとしたらAランクという権限はあって損するものではない。


「ティーナ。長期間の馬車の旅とか大丈夫そう?」


「旦那様が行くと仰るなら、何処へでもお供しますよ」


「……ありがと」


 ティーナが同行してくれるというのが唯一の救いだ。






 それはそれとして、夜になってから私は偽装を解いて魔女に戻り、錬金術を駆使して1つの作品を作り出していた。


 以前は人目を避けて街中では魔女に戻らなかったが、今は自由に過ごせる家があるので家の中では戻ることが出来るようになった。


「お嬢様、何を作っておられるのですか?」


「これよ」


「……箒、ですか?」


 ティーナの言う通り、私が作っていたのは箒である。


「随分と可愛らしいデザインですね」


「そうでしょう♪」


 但し、通常の掃除に使う箒ではなく、デフォルメされた可愛らしいデザインの箒だ。


 更に箒の柄の先端にはカボチャ型のランタンを取り付けてお洒落度アップ。


「これで完成よ」


 そうして出来上がった箒を持って立ち上がる。


 勿論、掃除を始めるのではなく箒を横にして、それに横乗りで座る。


「あ、浮いた」


 そうして私が箒に乗ると、その箒がフワリと浮かび上がる。


「魔女の乗り物と言えば、これでしょう?」


「そ、そう……ですね?」


 ティーナは困惑していたが、私は魔女の箒を用意出来て満足だ。


「ティーナもいらっしゃい」


「え? あ、はい」


 私がティーナを手招きするとティーナは素直に近付いて来て私の隣――箒の余ったスペースに恐る恐る腰を下ろす。


「いくわよ」


「え? あわ。わわわ!」


 ティーナを乗せた状態で箒は更に浮き上がり、そのまま窓から外へと飛び出した。


「お嬢様! 高いです! 怖いですぅ!」


 ティーナは怖がって目を瞑り、私の腰にしがみ付いて来る。


「絶対に落ちないように安全仕様になっているから大丈夫よぉ~」


 魔女の魔法で作り上げた代物なので安全基準は高く維持してある。


「それでも怖いですよぉ! いきなり飛ばないでください!」


「ティーナと空の散歩に行きたかったんだもの」


「うぅ~……」


 ティーナは私の言葉を受けて恐る恐る目を開けて周囲を見渡す。


「……本当に落ちませんか?」


「落ちない、落ちない」


 私はティーナが安心するように肩を抱き寄せてあげる。


「……綺麗」


 そうして、やっと周囲の景色を見渡す余裕を取り戻したティーナが高く舞い上がった箒の上から見える景色を見て感嘆の声を上げる。


 ここは辺境の街だから夜に灯りが点いている家は少ないが、それでも夜の街を高くから見下ろした景色は別格だ。


「ちょっと肌寒いわね。もう少し温度を調整しておくわ」


 風の結界に護られて風圧に対しては問題なかったが、少しばかり温度調整が足りなかったので適温に再調整する。


「このくらいが適温かしら?」


「はい。快適になりましたね」


 ティーナは早々に空の旅に慣れて来たのか、もうリラックスして空から見える景色を堪能している。


「でも、お嬢様。こんなに目立つことをして大丈夫なのですか?」


「認識阻害の魔法が掛けてあるから、誰も私達には気付かないわ」


「認識阻害?」


「直接見られても、それを正しく認識出来なくなる魔法よ。私達を見た人が居ても、鳥か何かを見たと錯覚してしまうの」


「へぇ~」


 ティーナは素直に感心していた。






 十分に空の旅を堪能した後、私達は家に戻って来た。


「この箒はティーナに上げるわ」


「え? よろしいのですか?」


「私は箒がなくても飛べるからね」


 さっきまで飛んでいたのは私の魔法ではなく、箒に付与された魔法の力だ。


 風の結界も、温度調整も、認識阻害も、空を飛ぶ力も、全て箒に宿った力であり、ティーナだけでも空を飛ぶことが出来る魔法道具だ。


「ティーナ専用にロックしておくから、好きな時に使って空を飛ぶ練習をしておきなさい」


「はい!」


 ティーナは私から嬉しそうに箒を受け取って――肩に掛けたお洒落な鞄に仕舞い込んだ。


 明らかに箒が入る大きさではないが、箒はスルスルと鞄の中に吸いこまれていき、完全に収納されて見えなくなった。


 うん。この鞄も私がティーナにプレゼントしたもので、アイテムボックスと同じ機能を持った鞄である。


 流石に容量が無限という訳にはいかなかったが、それでも東京ドームくらいの容量があるので積載量が足りないということにはならないだろう。


 この鞄にもティーナにしか使えないようにロックを掛けてあるし、失くしたとしてもティーナが呼べば即座に手元に戻ってくるように設定してある。


(流石に甘やかしすぎかなぁ~)


 そうは思うが、ティーナは良い子なのでつい甘やかしてしまいたくなってしまう。


 我儘にならないように気を付けておかないと。




 ◇◇◇




 翌朝。


「あははは! きゃははは!」


「…………」


 ティーナは早速箒に乗って笑いながら庭を飛び回っていた。


 ちょっとテンションが高過ぎる気がするが、自由に空を飛ぶのが楽しいのだろう。


(認識阻害を付与しておいて良かった)


 普通なら物凄く目立つところだが、認識阻害のお陰で俺以外には認識出来なくなっている。


「ばびゅーん!」


 ティーナは意味不明なことを叫びながらスピードアップして空の彼方に飛んで行ってしまった。


(あの姿を録画しておけば、後で面白いことになりそうだな)


 ティーナにとって黒歴史になりそうな面白動画だが、残念ながら偽装した今は録画機器を持っていないのが残念だ。






 ティーナは1時間ほど経過した後に帰って来た。


「申し訳ありません、旦那様。つい、楽しくて夢中になってしまいました」


「ばびゅーん、だもんな」


「ふぐぅっ!」


 自分の所業は覚えているのか一瞬でティーナの顔が真っ赤に染まった。


 やはり黒歴史を弄られるのは恥ずかしいらしい。


「ティーナは可愛いなぁ」


「うぅ。旦那様、もうご勘弁を」


 涙目で哀願してくるティーナを見て、やはり録画機器が必要だと思った。






 それから午後には冒険者ギルドへと向かう。


「というわけで、試験を受ける為に本部への旅をすることに決定した。不本意ながら」


 そうして嫌々ながらAランクの昇格試験を受けに行くことをおっさんに告げる。


「決めたか。Aランクの誕生を楽しみにしているぜ」


 おっさんは心なしか嬉しそうだった。


「問題は移動手段なんだよな。流石に2ヵ月も乗合馬車で他人と行動するのは御免だぞ」


「ふむ。転移魔術は使えないんだったか?」


「この際だから言うが、俺が転移魔術を使うには予め転移先に目印を設置しておく必要がある。逆に言えば目印がない地点には転移出来ん」


「ほぉ。それなら、その目印だけを先に送っておくというのはどうだ?」


「……言葉が足りなかったようなので補足するが、必要な条件は2つだ。1つは目印を設置することだが、もう1つは俺が実際に訪れて景色を見ていることだ。転移魔術には転移先のイメージと正確な座標が必要と言い換えても良い」


 だから目印だけを先に送っても移動先をイメージ出来なければ転移は失敗に終わるし、イメージだけでは正確な座標を特定出来ないので不発に終わる。


「意外と面倒なんだな」


「制限があると言っていただろうが」


 魔女の転移魔法はもっと制限が緩いのだが、行ったことがない場所には転移出来ないという点は共通だ。


「それなら、やっぱり馬車で地道に行くしかないな」


「だよなぁ~」


「それでも他人との乗り合いが嫌だって言うなら自前の馬車を用意したらどうだ?」


「む」


 自分で馬車を用意するという発想はなかったが、ティーナと2人旅だとすれば案外悪いアイディアではない気がする。


「ちょっと考えてみるか」


 これはあれだ。


 僕が考えた最強の馬車を実現するいい機会である。



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