ある男の記憶 Ⅳ

第31話

「よぉ。お前ら、久しぶり」


「あっ!木田じゃん。お久しぶりー」




ルナの最高幹部、木田はルナ在籍時代から俺らの友人だった。


今日は被験体を運んできてくれるついでに会いにきたとか。




18〜20歳程度の若い男女が窓もない車で運び込まれていく。





「研究、どうだ?」


「もう仕上げだな。

どんな人材が欲しいか指定してくれれば、すぐに用意できるくらいにはね」


「さすがっ!天才はやっぱ違ぇな」


「いやいや〜、よせよー」


「はははっ!…それにしても、咲夜は無口になったな」


「いや…そんなことはないよ」


「そうか?疲れてんなら少しは休めよ」


「あぁ。…そうするよ」




楽生と木田は近況を楽しそうに話し合っている。


脱退しようとした女をいたぶる話。

研究員が被験体を逃がそうとして2人とも別の研究に飛ばした話。

幹部の中にスパイがいて、拷問して吐かせた後薬の実験体に飛ばされた話。



まぁ、この世界にいればよく聞く話といえばそうだ。

それでも、気分が浮く話ではない。




楽生はこういう話が好きじゃなかった。

実験の時も、なるべく被験体が苦しまないようにといつも気を配っていた。




それなのに。





なぜ、変わってしまったんだろうか。

いや、今までがおかしかったのか。

裏社会の人間としては甘い考えだ。


それでも、人間としては大事だったのではないだろうかと、どうしても思ってしまう。



ダメだな。

俺らの世界で"人間らしさ"なんて邪魔なだけ。





俺も早く順応しないと。







「あ、そういえばさ」


「ん?」


「お前らも特殊っちゃあ特殊だよな?」


「俺は普通だよ。楽生は恐ろしく頭がいいけど」


「そんな褒めるなよー!というか、咲夜、嘘はダメだろ」


「嘘なんてついてねぇよ」




本当に心当たりがない。

なんだろうか。


考え込む俺に、楽生が顔を近づけてきた。





「……言えよ」



数秒、じっと見つめられる。

彼には似合わない、強い命令口調に戸惑う。




「……?」


「ほらな」



なんだ?

そんなふうに言えよって言われても、何も心当たりはない。



「なんだ?」


「俺の目、なんか変だと思わねぇ?」


「目?」




楽生の目を覗き込む。

漆黒の瞳。


全て飲み込んでしまいそうなほどの深い深淵の色。

光さえも飲み込んでしまうような、そんな黒。




「……綺麗だな」


「「ブフォッ」」


「え。なんで笑うんだよ」


「あははははっ!綺麗って、あははっ!」


「咲夜、天然すぎんだろ〜」




俺は何かおかしなことを言ってしまったのだろうか。

うーん………



「こいつの瞳には強制力があんだよ」


木田が楽生を指して言う。

もう一度楽生の瞳を覗き込むが、さっぱりそんな感じはしない。



「咲夜は俺がなんて言ってもちゃんと意見言うよな〜。

大抵のやつは反論せずOKしてくるんだぜ?」


「へぇ…。なんか、それはそれで不便だな」


「なんで?」


「何が間違ってるのか教えてくれるやつがいねぇってことだろ」


「え…あ、まぁ…。でも、俺にはお前がいるしなっ!」




一瞬表情が陰ったように見えたが、にこにこと温かい笑みを楽生は浮かべた。

役に立てていると、こうやって言葉にして伝えてもらえるとすごく嬉しい。



また頑張ろうと思った。




「お前も不思議な色してるよな」


「何が?」


「瞳だよ。たまに色変わるよな?」


「え…そうか?俺は普通だと思うけど」


「あ、あとさ、それにいっつも何考えてるかわかんねぇよな〜」


「…お前らが天才すぎて、凡人の俺の気持ちがわかんないだけだろ」




2人で色々俺に質問し始める。

はぁ、とため息をつきながらも答える俺は優しいと思う。

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