第2章 Saver
ある男の記憶 Ⅲ
第24話
楽生は、別人のように変わってしまった。
ルナが管理している特殊な子供達を次々に実験に使い始めた。
最初は遺伝子を組み合わせたものを人工授精させていたのだが、出産まで漕ぎ着けられるのはほんの一握りだけ。
母体の方に薬を飲ませ、卵子や精子を変化させた後に無理やり行為をさせて産ませるような方法に切り替わってからは、出産率が上がった。
同時に母親の精神衰弱も早まり、死ぬ被験体も増える。
「咲夜。次はこいつとこいつだ。
この女もそろそろ薬の効果があるだろ」
「………はい」
確実に特殊な子供が生まれてくるようになった。
記憶力がいい子、すぐに言葉を理解できる子、聞いたものをすぐに再現してみせる子。
目覚しい成果だ。
すぐに注目される研究になった。
それと同時に組織はどんどん大きくなり、もはや研究組織というより本物の裏組織だ。
まぁ裏社会は成果ありきの世界だし、人を人として見ないのなど当たり前だ。
俺だって非人道的なことを何度もしてきた。
それなのに、なぜこんなに釈然としないのだろうか。
尊敬するあの人の研究が評価されているというのに。
表社会にもこの研究は評価され始めている。
やっていることは犯罪だが、結果はほしい、ということだろう。
人間は常に"特別"を求める。
くだらない。
楽生に指定された男と女を部屋から出し、指定された部屋に連れていく。
あとは、女が妊娠するまでここから出さない。
定期的に監視カメラが作動し、しっかり行なっているかを確認される。
使えないと判断されれば、別の実験に回される。
それだけだ。
ガシャン、と扉を閉め、鍵をかける。
思わずため息をついた。
今日何度目のため息だろうか。
これから昼休憩だ。
2時間ほど時間をもらっている。
せっかくだから、外へ行こう。
自分のデスクに書き置きを残し、白衣を椅子にかけた。
ーーーーザァー……
美しい桜が花吹雪を舞わせる。
薄いピンク色の花びら。
木の根元に腰掛ける。
木漏れ日から見える青い空と太陽の光が眩しい。
今は春だったのか。
すっかり忙しくなってしまった。
遺伝子操作も必要のない遺伝子の仕分けも神経を使う。
特殊な人間は人数も多くない。
だから、失敗できない。
一度研究員一人が失敗したことがあった。
その被験体は使えなくなってしまった。
その研究員は、あれから姿を見ない。
消されたと考えるのが妥当だろう。
それとも、別の実験台にされたのだろうか。
楽生は間違ったことをしたことはない。
あの人についていけば、大丈夫だ。
不安なのだって、組織が大きくなるのが予想以上に早かった、それだけだ。
結果は出ている。
このまま進めれば、あと半年で成功できるだろう。
桜が空いっぱいに舞った。
その眩しさに、思わず目を細める。
春が終われば梅雨になり、梅雨が明ければ夏が来る。
この不安だって、季節の移ろいと一緒に変わっていくはずだ。
「咲夜」
「………」
「何を見てたんだ?」
「空を」
白衣を着ていない楽生を見るのは久々だ。
最近はずっと研究室に缶詰状態だったから。
「空?…そんなもん見てて楽しいか?」
「あぁ。……どうして、空は青いんだろうな」
「は?…お前、ついに研究のしすぎでバカになったのか…」
「あはは…。違うよ。理屈はわかってる。
でも…別の色もあるのに、なんで青なんだろうと思ってさ」
夕焼けになれば、対照的な赤に変わる。
赤い夕焼けを不吉だと嫌う人も多いが、俺は夕焼けの温かい赤が好きだ。
「.…お前はやっぱり変わってるな」
楽しそうに楽生が笑った。
ひさびさに見たその笑顔に、心がほっと緩む。
こんな時間がずっと続けばいい。
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