奴隷編⑤ 初めての食事

 ケロリンが言ったとおり、スカルベルの飼育は結構楽な仕事だった。

 一番大変なのはさっきの餌やりで、それ以外だとトンネル内の湿度管理くらいだった。


 例えば日本の畜産業では、牛・豚・鶏に関わらず、どこも大量の糞の処理問題があったりする。

 一日に一頭の動物が十キロの糞を排泄すると仮定して、五十頭飼育していたらそれだけで五百キロ。二日で一トンの糞だ。

 その点、スカルベルの場合、糞はむやみに片付けなくて良いらしい。


 というのは「食糞」──つまり、があるからだ。


 この事実を知ったとき、俺はケロリンに再び殺意を覚えた訳だが、話を聞いてみると、それはスカルベルの生態と密接に関わっているらしい。


「スカルベルの糞、微生物がいる。それ、スカルベルを助け強くする。糞を掃除すると逆に弱る。適度に糞を食べる方が、元気!」


 なるほど、そういう事もあるのか。

 なかなか畜産の奥深さを考えさせられる話だった。

 とはいえ、完全放置しておくと、やっぱりトンネル内が糞で埋まってしまうので、そういう場合は空間転送の魔術師を呼び、掃除するのだという。


「ちなみに、どこに転送するの?」俺が訊くと、ケロリンは首を傾げ、

「あー。山? 谷?」

 ──? と思ったが、あまり深く考えないことにした。


「今日の仕事、終り! 飯にしよう」

 ケロリンが言った。

 この言葉を聞いたときは、本当に嬉しかった。

 さっきから空腹感は激しい飢えに変わっていて、腹はひたすらに何度も鳴りやがる。

 胃の中のものを全て吐き、胃液が減ったからか? そう思っていた。


 ──実はこれ、


 俺たちは連れ立ってトンネルの外に出ると、蛙の料理番が居た厨房に向かった。

 ゲロッピと通ったときは気付かなかったが、横の小さな空間に椅子と机だけの簡易食堂があり、ケロリンがそこに座って手をぱちぱちすると、料理番が湯気の立つ料理を運んでくる。


 まあ、当然のごとく、それはスカルベル料理。


 ただし、きっちりと火は入っていて、匂いも焼き海老みたい。

 グロテスクな脚は全部落とされ、見た目も良い。

 ケロリンの話では、寄生虫は加熱すると死ぬというし、一度海老と同じだと思うとかなりの安心感がある。糞を食うのは気にならなくはないが、基本は腐葉土だし、目的も体調を整える為。何より空腹を通り越した飢えも手伝って、俺はそれを躊躇なく口に運んだ。


 ちゃんと美味かった。


 水草のような香草と、何かの植物性オイルによって焼かれたそれは、シンプルながらも素材の味を引き出し、火の入った身は汁気を帯び、噛むとぶりっとした食感と共に旨味が広がった。(そして運良く、今回は紐は出て来なかった)

 主食、つまりご飯やパンに相当するものはなく、また副菜もなかったが、俺は腹が満ちるまでたらふく食べた。この世界に来て、初めての至福の時間だった。


 このスカルベルを使って、どんな料理が作れるだろう? 

 あるいはラーメンに活用するとしたら? ──そんなことを考える余裕も出てきていた。


 ──さて。そろそろ俺が感じた「激しい飢え」の話に戻ろう。


 死霊術士の婆さんが俺と別れるとき、こんなことを言ったのを憶えているだろうか?



、本当に高価な呪具が──」



 そう。

 実をいうと俺の身体は、この世界で新たに作られていた。

 婆さんはそこに、禁断の死霊術で魂を召喚、宿らせていたのだ。

 この意味が解るだろうか?


 つまり俺の身体は、たった今、本当に初めての食事を経験した。

 胃も、腸も、初めて実稼働した。


 勿論、俺の意識の中では、何度も食事を経験している感覚がある。けれども、身体の方はそうではなかったのだ。


 断食、というの経験したことがある人なら、今後の展開は解り易いと思う。

 俺は猛烈な吐き気に襲われた。

 トイレはどこ? と訊こうとしたが、もう限界。

 ケロリンや料理番の見ている前で、盛大にやってしまった。


 それも一度や二度では治まらない。

 これはさすがにおかしい、という話になり、俺はそこら辺の床にぶっ倒れたまま、医者を呼ばれることになったのだった。

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