転生後 奴隷編①
真っ暗な空間の中に、幾つもの光が揺れていた。
直前まで、俺の記憶は新大阪の空き店舗にあり、しかもうつ伏せで身動きが取れず骨とキスしているものだった。
今の俺は、何故だか仰向けだった。
そして頭の血管が切れたことなど関係なく、ちゃんと手が動いていた!
俺はちらちらと揺れるその光に、自分の腕をかざした。
陰影の中で見るそれは、表にしようが裏にしようがしっかりと動いていて、俺は何だか子供みたいに、しばらくその「腕のくるくる遊び」を感動をもって続けた。
正直、ここは病院で命は助かったんだと思っていた。
「──お目覚めかね?」
年寄りの女性の声がした。
電気を付けたように、周囲が明るくなって行く。
そうしてみると、実に奇妙な部屋だった。
周囲は天井までレンガを積み上げて作られ、所々の窪みに、短いロウソクが刺さっている。しかも、受け皿? として何かのガイコツが使われている。レンガには見たことのない文字でびっしりと文章が書かれ、薄気味悪いことに血を連想させる赤文字だ。
ここ、テーマパークのお化け屋敷? と思ったくらいだ。
「さて、英雄殿。気分はいかがかな?」
俺を覗き込んだのは、やや鼻と耳が長いお婆さん。何か香草のような独特の香りがする人で、正直臭いと思った。
「えっと、あの? 看護師の方ですか?」俺は言った。
「カン・ゴ・シ? 違う。アタシは呪術師だよ」
「は、はあ」
「気分はどうかと聞いているんだ。良いのかね、悪いのかね?」
「良いです。──あの、今日って、ハロウィンか何かですか?」
「は・ろ・うぃ? 悪いが、お前さんの言葉はよく解らんのだ。ところで、英雄殿。おまえさんは何の技を持つ者かの?」
後になって解ることだが、この婆さんは禁呪を操る悪徳・死霊術師で、魂を勝手に蘇生させることを生業にしていた。もっとも、エルタロッテに生まれて死んだ者の魂を勝手に蘇らせると、それは法律に触れ、魔法ギルドからも追放されてしまう。そこで複数同時的に存在する別世界から金になりそうな奴を選び、蘇らせていた訳である。
「あの、技って、どういう意味ですか?」
「アタシはこう願って術を唱えたのさ。『何か偉大なことを成し遂げる、技を持った英雄よ来たれ』とな。──で、お前さん、どのような技を持っておる?」
俺はしばらく考え込んだ。そして言った。
「──ええっと──やっぱ、ラーメンですかね?」
「は? らあーめ・いん? 何だそれは?」
俺はとりあえず、婆さんにラーメンのことを説明した。
未だにこれは病院が用意したハロウィンのドッキリで、ネタばらしが来るまで乗ってやろう。そのくらいに思っていた。
「ラーメン」とは、「食べ物」で、それは「別世界でかなり人気」で、その「ラーメンを作る人間」をエルタロッテに呼び出した──
それを知った婆さんは、激怒した。
「剣の一振りで竜を殺すとか、魔法で山を消し飛ばせないのか、貴様はッ!」
婆さんの態度は一気に変わり、俺は追い立てられるようにレンガ部屋の外に出た。
目を疑うような、驚くような光景だった。
レンガ部屋には汚い木のドアがあったのだが、それを開けた先は、なんとエルタロッテ最大の貿易都市「エルタファー」だった。ドアには魔法が掛かっており、婆さんの隠れ家から一気にそこへ飛んだ訳である。
もっとも、この時の俺はそんな事とは知らず、ただ目の前に広がるエルタファーの街、そこを行き交う様々な種族の者たちを目の当たりにした。
厚い鎧をまとった厳ついオーク族の兵士が、ドラゴンの背中に騎乗し、どしんどしんと進む光景。
高貴なエルフ族の奥方が、自動浮遊する魔法の
小学生を更に半分にしたくらいの背丈の、わちゃわちゃうるさい変な集団。
立派な髭をたくわえ、ガチガチの筋肉で資材を運んでいくドワーフの労働者。
身の丈三メートル以上はある真っ青な通行人──
「こ、これは夢だ!」
俺の頭はパンク寸前だった。
そしてようやく、婆さんに訊いた。「これ、まさか、異世界転生?」
婆さんはそれを無視し、俺のケツを蹴った。
「痛ッ! 何すんだ!」
俺がそう怒鳴ると、婆さんは空中に向かって指を回転させ、「黙れ。歩け」と言った。
俺は、黙って、歩いた。
というか、それしか出来なかった。全ては婆さんの魔法だったのだ。
通りを行き交う奇妙な連中の間を縫い、俺と婆さんは進んで行った。
エルタファーの街はどこまでも白く、四角い集合体で出来ている。それが見渡す限りに、幾つも連なっている様は実に壮観だ。婆さんにケツを蹴られ続けていなかったら、もうちょっと景色を楽しめたかも知れない。
ある通りではテントみたいなバザーが開かれていて、俺はそこに売られている食材らしき物に気を惹かれた。チラ見した程度なので、複数の根菜と、巨大なヨモギみたいなものだった気がする。
立ち止まることが許されるなら、きっと数十分は居たと思うが、婆さんがそんな暇をくれる筈はなく、俺たちはアーチ状の入口が付いた路地の奥へと進んで行った。
辿り着いたのはちょっとした広場。
中央には木材で組んだ舞台が設置されている。
そこにはボロ布をまとった連中がたくさん居て、みな鎖や手枷をはめられている。
俺は嫌な予感がした。──ここって、奴隷市場?
そう訊ねてみたいが、口は開かない。
婆さんが、「止まれ」と言った。
俺は止まった。
向こうから顔面に幾つも角が生えた男が近付いて来て、婆さんと何やら交渉を始める。
二人の怒鳴り合うような声がしばらく続き、最後には奇妙なハンドサインが交わされた。
(右の人差し指だけを突き出し、それを左手で作ったグーの真ん中に入れる、という動作)
会話を終えた婆さんは、ひどく上機嫌でニコニコだった。
「──解ってるかどうか知らないけど、あんたはあっちの世界で死んだ。そして、アタシがこっちに蘇らせた。あんたを作るのに、本当に高価な呪具がたくさん必要だったよ。少ないが、何とか利益は出せそうだ。ま、せいぜい──自分を高く見せるこったね」
婆さんはそう言うと、逃げるかのように歩み去った。
──俺が死んだ。
その言葉が胸にストンと落ちたかというと、そんなことは無かった。
薄々、もしやとは思っていた。
けれども、立ち止まってその意味を考える時間は、このときの俺には無かった。
「おまえ、いせかい・じん、だろ?」
背後から声がした。
振り向くと、顔面・角男が立っていた。
「いぎょう、なしとげる、きいた。英ゆうの、うつわ。たかい、売れる。オレ、うれしい!」
相手が笑っているらしいので、俺もとりあえず笑ったが、かなりヤバい事になったと解った。
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