第42話

 もし、そんな未来があるのなら……。

 紗英は束の間、悠司と結婚して、彼の子を産み育てて……という未来を思い描いた。

 それは紗英にとって、希望に満ち溢れた幸せな未来だった。

 悠司さんが目の前にいる今だけは、幸せな気持ちでいたい……。

 誰かといて、こんなに幸せを感じることができたのは初めてだった。

 ふたりの時間を大切にしたいと思えるのも初めて。

 悠司といると、初めてという新鮮な喜びでいっぱいになれた。

 やがて食事を終えたふたりは、ともに後片付けをした。

 そして紗英はシャワーを浴び、悠司に借りた新品のバスローブを身につける。先ほど購入した化粧水は洗面台で使用した。

 リビングのソファでどきどきして、入れ替わりにシャワーを浴びている悠司を待つ。

 はっとした紗英は、エコバッグに残っていたコンドームの存在を思い出す。

「あ……そうだ。これが必要だよね」

 立ち上がった紗英はエコバッグから、長方形のシンプルな箱を取り出した。パッケージを解いて、蓋を開けてみる。

 すると、ずらりと連なったコンドームの袋が並んでいた。

 これが……悠司さんの中心に……。

 想像すると、かぁっと頬が熱くなる。

 そのとき、バスルームから出てくる足音がした。

 はっとした紗英は箱に蓋をして、ソファに腰を下ろす。

 リビングにやってきた悠司は、バスローブをまとい、濡れた髪にタオルをかけていた。

 そんな格好をすると、普段は隠れている彼の色気が匂い立つようだ。

 彼はコンドームの箱を大事に両手で持っている紗英を目にし、苦笑を浮かべる。

「準備万端だね」

「あっ、これは、その……」

 ソファに座った悠司は、長い腕で紗英の体を引き寄せる。

 ちゅ、と頬にキスが降ってきた。

「悠司さんの唇、熱いですね……」

「風呂上がりだからね。紗英の頬も、温かいよ」

 ぎゅっと紗英の体ごと抱きしめた悠司は、膝裏を掬い上げると、横抱きにする。

 紗英は両手で箱を握りしめているので、彼の腕の中におとなしく収まるしかない。

「ベッドに連れていくよ。今夜はその箱の中身がなくなるまで、きみを抱きたい」

「悠司さんったら……」

 頬を朱に染めた紗英を、悠司は寝室に連れ去った。

 ベッドにそっと下ろされると、情熱的なキスが降ってくる。

 ふたりは何度も体をつなげて快楽に溺れた。キスを交わして、きつく抱き合い、夜が白むまで睦み合った。

 明けて日曜日の昼になっても、悠司は紗英を離そうとしない。

 キスをして愛撫され、紗英は甘く掠れた声を零した。

「あん。悠司さん……お腹が空きません?」

「そうだな。なにか食べたら、またセックスしよう」

「ふふ。絶倫ですね」

「きみが可愛すぎるからだよ」

 睦言を交わしながら、いちゃいちゃしていると、時間が経つのを忘れた。

 そうしてふたりは愛欲の虜になった。


六、予期せぬ混迷


 明けて月曜日――。

 悠司のマンションに連泊した紗英は、早朝に自分の部屋に戻ってスーツへの着替えを済ませて出社した。

 首回りには紺のスカーフを巻いている。

 それも悠司が、首筋にキスマークをつけたからだ。

 困るけれど、「紗英は俺のものだから」などと独占欲を滲ませられて、喜んでしまうのはどうしてだろう。

 口元を緩ませた紗英はスカーフをいじりながらも、早足でフロアへ赴く。

 車で一緒に行こうと悠司からは提案されたけれど、それではお泊まりが露見しかねないので断った。悠司はすでに出社しているだろう。

 ところが、営業部のフロアに入ると、異変に気がつく。

 電話のコール音が異常に鳴っているのだ。

「おはようございます……」

 紗英の挨拶は鳴り響く電話の音でかき消された。

 すでに出社している複数の社員が対応にあたっているが、とても手が回りきらない。

 すべてのデスクの電話という電話がコール音を鳴らしている。こんなことは初めてだった。いったいなにが起こっているのだろう。

 呆然としていた紗英に、木村が怒鳴り込んできた。

「どうするんですか⁉ 海東さんのせいですよ!」

「えっ、なに? なにが起こってるんですか?」

 木村は責めるだけで、事情を説明することなく踵を返した。

 課長のデスクに目を向けると、悠司も電話で話していた。

 紗英は慌てて自分のデスクへ行き、鳴りっぱなしの電話を取る。

「お電話ありがとうございます。ベストシニアライフでございます」

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