第19話

 ずらりと席が並んでいるのは映画館と同じだが、天井がドーム型になっており、そこに映像が映し出される仕様のようだ。

 紗英と悠司は後方の席に、並んで座った。ふたりの両隣には誰も来ないようだ。ほかの観客は離れたところに座っているので、なんだかふたりきりのような雰囲気が漂う。

 悠司の広い肩が、ほんの少し触れていて、紗英はかすかに緊張した。

「チェアを調整して上向きにできるんだよ。ほら、ここのレバーを動かしてみて」

「あ、ほ、ほんと」

 彼はまったく緊張などしていないようで、腕を伸ばして紗英の椅子のレバーを調整する。

 そうすると彼の体が覆い被さってきて、どきりとさせられた。

 レバーを操作してチェアを倒した悠司が、間近から微笑みかける。

「どうかな?」

「……ちょうど、いいです」

「それはよかった」

 端麗な顔がすぐ傍にあるので心臓がもたない。

 どきどきと鼓動が逸る。

 悠司に悪戯しようなどというつもりはなかったらしく、彼は姿勢を直すと、チェアにもたれた。

 べ、べつに、キスされるかも……なんて期待してるわけじゃないし!

 紗英は自らに言い聞かせ、まだなにも映っていないドームを見上げる。

 ややあって場内が暗くなり、上映が開始される。

 アナウンスが終わると、ドームの真上に煌めく星座が映された。

 春の星座……おおぐま座、こぐま座、それにおとめ座、へびつかい座。それらが解説の音声とともに、夜空のドームに広がる。

 キラキラと光り輝く星たちは、まるで本物のような煌めきだった。

 見入っていたとき、ふと、手が温かいもので包まれる。

 手元を見ると、紗英の手の上に、悠司の大きな手が重なっていた。

 彼の手は大きいのに、なぜか重く感じない。熱くて、ほっとできる、優しさに満ちていた。

 悠司に目を向けると、彼は微笑みかける。紗英も微笑みかけた。

 釣られたというより、そうしたかったから。

 ふたりは手をつないだまま、プラネタリウムを鑑賞した。

 やがて場内が明るくなり、夜空は消える。

 それを紗英は寂しく思った。もう終わりなんだ、と一瞬で上映が終わってしまったかのような感覚になった。

 ずっと悠司さんと隣り合って、星空を見上げていられたらいいのに……。

 彼の隣は心地よくて、とても落ち着く。

 ほかの観客が立ち上がり、場内を出ていく音が響いた。

 気を取り直した紗英は、悠司を見やる。

「楽しかったですね」

「そうだな。すごく勉強になった。学生の頃に教わったな、って思い出したよ」

「私もです。懐かしいですよね」

 立ち上がったふたりはシアタールームをあとにした。

 館内から出ると、陽射しが眩しく感じて目を眇める。

「カフェがあるから、少しお茶しようか」

「そうですね」

 ふたりは隣のカフェに足を運び、テラス席に座った。

 春の木漏れ日が心地よい日和だ。

 紗英がカフェラテをオーダーすると、悠司も「俺も、それで」と同じものを注文する。

 のんびりと道行く人を眺めていると、すぐにスタッフはオーダーしたカフェラテを持ってきた。

 紗英のカップには猫が、悠司のカップには犬がそれぞれラテアートされている。

「可愛い! 悠司さんのは犬ですね」

「紗英のは……化け猫か?」

 カップを手にした紗英は噴き出しそうになった。

 確かに猫の目は大きく見開いて、爛々としているように見えるけれども。

「化け……は余計かな。ふつうの猫だと思いますよ」

「はは、そうか。俺は絵が下手だからな。人の絵を見ても犬と猫を間違えたりする」

 ふうふうとカップに息を吹きかけて冷ました紗英は、ひとくちカフェラテを口に含んだ。

 とろりと溶けた猫は、紗英の口元に吸い込まれる。

「悠司さんは絵が……あまりうまくないんですか。初耳です」

「隠すつもりはないが、ひどいぞ。学生時代は美術だけが、いつも一だった」

 カフェラテを飲んだ悠司は、つとカップを置くと、懐から革の手帳を取り出した。

 パラパラとページを捲ると、彼は白紙のところにボールペンで絵を描き始める。

 彼が描いているのは、なにかの動物のようだ。

 顔が大きくて、手足が細い。いったいなんだろう。

「どうかな? なにに見える?」

 なぜか誇らしげに披露する悠司に、紗英は頬を引きつらせた。

 どうしよう、全然わからない……!

 耳が丸いので、猫だろうか。デフォルメがきつすぎる絵からは特徴が見出せない。

「えっと……子猫……かな?」

「……馬だ」

「えっ⁉ どの辺が馬……あっ、いえ、馬に見えなくもないですね」

 てのひらを額に当てた悠司は笑っている。

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