国なしベンジャミンの輝ける王配への道

ミコト楚良

国なし王子

 いばらの塔を御存じか。

 いばら姫が眠っているという塔さね。

 ああ、森の中に、ひとつだけある塔だ。行けば、すぐにわかる。

 森の入り口には、銀の紡錘つむという名の宿屋がある。そうさ。いばら姫の指を刺した紡錘つむを家宝としている宿屋でね。

 見て行くといい。

 王子の間という部屋がある。そこへ泊った青年は、誰一人として戻っては来なかった。


 それは、村の古老が、ベンジャミンに語ったことだ。



 いにしえから伝わる、いばら姫の物語は、この大陸の富裕層の子供なら、必ず乳母から聞かされる、おとぎ話だ。


 王と王妃に待望の世継ぎの姫が生まれる。

 その誕生を祝ううたげには、仙女13人を招かねばならないはずだったが、城には金の皿が12枚しかなかったため、ひとり招かぬことにした。

 その招かれなかった13番めの仙女は姫を呪った。

「15歳になった年に、紡錘つむに指を刺して死ね!」

 そのときに、まだ姫に魔法の贈り物をしていなかった12人めの仙女が、とっさに、「いいえ。姫は死にまっしぇん! 年、眠るだけ、でっしゅ!」と言い放って、13番めの仙女の呪いを跳ね返したのだ。

 

 完全に呪いをくつがすまでには至らず、結局、姫は15の年に、自分の好奇心から塔の糸車に近づいて、紡錘つむに指を刺してしまった。

 そして、それきり昏睡した。

 姫の眠る塔は見る間に、イバラに覆われた。

 それが、いばら姫のおとぎ話だ。


 これを、ただのロマンチックな話としてか、招待しなければならぬ客人を、ひとりだけけ者にするという道徳上の懸念けねんとしてか、13枚の金の皿すらそろえられない王家の、ふところ事情を嘆くべきか、そこは語り部次第だった。

 いずれにしても、一部の男子は成長した己が、いばら姫を助け、その王配となることを夢見て森の中の塔を目指したのだ。


「100年かたてば、いばら姫は目覚めるのだろう。その前に行っても骨折り損のくたびれもうけだとは、誰も思わなかったのか」

 ベンジャミンは、そう思った。


 その100年めか、姫が目覚めるときに運よく当たった者が王配となるにちがいない。まこと、最初からよく仕組まれたものではないか。

 今、問題なのは、その100年め? が、いつなのか誰も、はっきりと知らなかったことだ。

 天変地異が続いて、水害、その他で、その辺りの記録が、ごっそり失われてしまっていた。


 そこで、まず、若きベンジャミンがしたことは、左遷させんされた学者を連れて行って、いばら姫の塔の建設時期を割り出すことだった。 

 塔までは森の木々があれど、道なりに平坦だった。意外と簡単に近づけた。


 伝説では塔に近づくものを、イバラが伸びて来て阻止するとあった。

 まやかしにあらず。

 ベンジャミン一行が塔に近づくと、ざあぁ、と葉擦はずれがして、とげとげのイバラのツルが伸びて来た。

 ベンジャミンと、その従者ヤーンが学者を守る。学者は自分の開発した測定器を塔内に、どうにか運び入れ、イバラのツルに絡めとられつつ、大学舎准教授だいがくしゃじゅんきょうじゅだった意地を見せた。

 その測定の結果、すでに塔は建てられてから300年は建っているという結果が出た。

「塔自体はふるいものと思われます。姫が眠りはじめたのが、いつなのかは、別問題でした」

 学者は面目ないという表情で、ベンジャミンに報告してきた。

 

「ですが」

 それまで黙っていたベンジャミンの従者ヤーンが口を開いた。

「もはや王子が頼るべき御実家はなく、ここで一発逆転、いばら姫の王配となるしか、道はございません」

 ベンジャミンは王子だった。その国は、海の向こうからやってきた北方民族に乗っ取られた。兄をはじめとする王家の男たちは去勢され、女は、その男たちの妻にされたと聞く。ベンジャミンは、たまたまヤーンと逃げおおせたのだ。

「なら、このイバラを、切って切って切るまくるだけだ」

 ベンジャミンは伸びて来る、イバラのツルを長剣を振り回し、切り刻んだ。 


 ざえあ、ざえあ、ざえあ。

 イバラのとげとげのツルが、塔の螺旋らせん階段を上るベンジャミンの四方から押し寄せる。

 「来い、イバラ!」

 ベンジャミンは、雄々しく戦った。


 ひとしきり戦うと、塔の、いちばん下の階まで降りて行った。

 いつも、塔の外では従者ヤーンが待っていて、葡萄酒と干し肉とレタスをはさんだパンを用意して待っていてくれた。

 何回か、そうやっているうちにベンジャミンは気がついた。微妙にヤーンが老けている。

「どうしたのだ」と、問うと、「それは、こっちの科白せりふですよ」と、ヤーンが泣き笑いのような顔をした。

「ごらんなさい」、ヤーンのポケットに入れていた手鏡で、ベンジャミンは自分の顔を見た。

「特に変わりがないが」


 ヤーンはため息をついた。

「そうです。ベンジャミン王子にはお変わりなく。王子が、この塔に着いてから20年がたっているのに、です」

 ベンジャミンが塔の中で、イバラのツルと格闘しているうちに、塔の外の世界は、もう20年がたっているというのだ。

「どうやら、塔の中にいる間は、王子の時間は止まっているようです。塔の中の時間も同じく止まっているのでしょう」

 ヤーンはベンジャミンを待っている間に、いろいろ考えたという。

「わたしは、もう引退します。これからは、息子のローンに従者の仕事は引き継ぎます」

「息子だと⁉」

 ベンジャミンには、サプライズ急なお知らせだった。

「はい、15年ほど前に結婚いたしました。あと、2歳ずつ間を空けて、次男と三男がおります」

「それでは、オレは、おまえの結婚祝いをしていない。出産祝いも」

 自身の成長を見守り、王国から逃げ出すのを助けてくれたヤーン。ベンジャミンは涙ぐんだ。

「気にしないでください。わたしの予想では、王子は、そろそろ、塔の最上階に到達するのではないですか。塔を守るように張り巡らされた、イバラのつるは結界です。王子が切り刻んだために、結界はゆるんでいます。あと一息ですよ、王子」


「うん。頑張ってくるよ」

 ベンジャミンは、干し肉とレタスをはさんだパンを口に突っ込んだ。つんときたのは、きっとパンにぬられた辛子からしのせいだ。

「よし」

 ベンジャミンは気合を入れると、塔の螺旋らせん階段を、また駆け上った。


 思い返せば、最近、イバラのツルは最初ほどの攻撃力がない。見ると、ツルも心なしか細くなっている。とげも鋭さがなくなっている。

 最上階の扉は、もう、すぐそこだ。

 扉を覆うイバラのツルも、だらんと頼りなく垂れ下がっている。

 別に剣ではらわなくとも、扉を開けることはできそうだ。

 ベンジャミンは片開きの鉄鋲てつびょうを打った扉に手をかけた。そのときだ。首にイバラのツルが巻きついた。

「油断した、な。オゥ

 ベンジャミンの背中で、声がした。

 ベンジャミンは、なぜかわかった。イバラだ。イバラが、うしろにいる。


「ようやく会えたね」

 自分でも説明がつかないがベンジャミンは、戦ってきた相手に声をかけてしまった。

 首に巻きついたツルが、ぴくりとした。より、きつく巻きついて首に、とげが食い込んだ。これが、年貢の納め時ってやつだろう。

「イバラ、君、強いねぇ。知ってた? 戦いはじめて20年たってたよ」


 ベンジャミンの首に巻きついた、イバラのとげには毒があった。

 時々、このとげで、かすり傷を作って発熱をくり返したことも、懐かしい。

 ベンジャミンは、身体からだの力が抜けて来た。たしかに、いばらの毒には、そういう作用がある。

(眠い)

 ベンジャミンは意識を手放して、イバラのツルの中に倒れ込んだ。

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