第35話 兄の暴走


 王位継承権を賭けた闘技が行われる日、城の敷地内ある闘技の間とされる場所にシャロン達はいた。空が見渡せる野外で頑丈な外壁に囲まれているが広く、戦うことに問題はなさそうだ。


 今では技量を見せるという行いに変わっているらしいが、どうなるのだろうかとシャロンは想像ができていない。この闘技の場に王は現れるらしく、何処だろうかと周囲を見渡すもそれらしき姿は見えなかった。


 きょろきょろしているのを見て察したのか、ジークハルトが教えてくれた。王は闘技の場にある塔の上から闘技の様子を見るのが慣わしなのだと。教えられた塔を見上げれば窓らしきところから人影が見えた。顔などは分からないが誰かがあの場所から闘技場を眺めているのは見て取れる。



「あの、ジークさんは参加するんですか?」

「いや、俺は継承権を放棄しているから参加は……」

「お前にも参加してもらう」

「は?」



 その言葉にジークハルトが目を向ければ、そこには腕を組んで睨むようにこちらを見つめているフィルクスがいた。彼は「兄と戦ってもらおうか」と何やら上から目線で言っている。


 ジークハルトが何故と言いたげにしながらハーラルトを見遣れば、彼は「諦めが悪いんだよ」と言った。その一言で察したようでジークハルトの目つきが変わる。



「フィルクス兄上、シャロンは諦めてほしい」

「お前には勿体無い。わたしの妻になるべきだ、彼女は」

「兄さん、あんたほんっと懲りた方がいいよ」



 ハーラルトに「そういうところが王に向いてないんだよ」と指摘されて、フィルクスは眉を寄せる。どうやら不服だったらしい。それでも、ハーラルトは気にすることなく言った。



「オレはあんたのそういうとこが嫌だから王位を渡したくないまである」

「それはお前個人の感情だろう」

「あぁ、そうだね。でも、あんたみたいな自分勝手な人間が王位につくのは良くないとオレは思うね」



 自分勝手な王など国を滅ぼしかねない。身勝手故に民たちに苦労をかけないとは限らないのだ。そう言ってハーラルトはジークハルトの隣に立った。その態度で彼がジークハルト側についているのだと察することができる。


 フィルクスの睨む眼に力が入る。重苦しい空気が流れる中、グリュムントが「そろそろお時間ですが」と遠慮げに話しかけてきた。



「闘技に関するルールですが、命を奪うことは禁じられております。過度な怪我を負わせるのもです。王に実力を見せるのが主題ですので、争うように戦うのは……」


「戦わずしてどう実力を見せるというのだ?」


「それは……」



 フィルクスは「戦ってこそだろう」と言って腰に掛けていた剣を抜いた。それを真っ直ぐにジークハルトへと向ける。


 引く気を見せない様子にジークハルトは小さく息を吐いた。隣に立つシャロンに「離れていてくれ」と声をかけてフィルクスの前に立つ。どうやら彼の挑発を受けるようだ。


 大丈夫なのだろうかとシャロンは不安げにジークハルトを見つめる。けれど、マリーナに「危険だから離れましょう、お姉様」と腕を引かれてしまった。


 剣を抜いたジークハルトにハーラルトは数歩、下がる。二人の出方を窺うようだ。睨み合う二人の間に言葉はない。


 ふっと息を飲み込んで――二人は動いた。剣と剣がぶつかり合う音が響く。


 シャロンは胸元を押さえた、見ていて苦しくなって。真剣勝負だというのは嫌でも伝わってくる。フィルクスも、ジークハルトも自分の意思を譲らずに戦っているのだ。


 両者、互角。ジークハルトが弾き返す剣をフィルクスが追撃する。少しの油断が勝敗を分ける闘技に、シャロンは何の意味があるのだろうかと拳を握った。ジークハルトは王位継承権を放棄すると言っているというのに。


(私のせい……)


 フィルクスはシャロンを自分の妻にしたいと言った。自分が気に入られてしまったから、此処を訪れていなければ、こんな戦いにジークハルトは参加しなくてよかったかもしれない。


 そう考えて泣きそうになる。自分は何もできていないじゃないかと。でも、涙を流してはジークハルトに心配をかけさせてしまう。それは嫌だったので、シャロンはぐっと堪えた。


 ジークハルトの眼が細まる。フィルクスが一歩、踏み込んだ瞬間だ。カンッと剣が音を立てて宙を舞い――地面に落ちる。


 フィルクスの手から落ち、ジークハルトがすっと剣を向けた。



「兄上、貴方の負けだ」



 俺は愛した存在を泣かせたくはない。ジークハルトの言葉に彼が涙を堪えていることに気づいているとシャロンは知る。泣いてないよねと慌てて目元を押さえるが、濡れてもなければ零れ落ちてもいない。


 戦っている中、周囲を把握するのは難しい。そう思っていたけれど、ジークハルトはシャロンの気持ちに気づいたのだろう。


 フィルクスは眉を寄せながら地面に落ちた剣をちらりと見遣ってから、「まだだ」と手首に付けたルビーのブレスレットに触れた。



「負けてはいない!」


「まさか! おい、兄さんやめろ!」



 ハーラルトが大声を発し、フィルクスの元へと駆け出そうとした時だ。ルビーのブレスレットが淡く光った。


 ぶおんと突風が吹き抜ける。渦を巻くように風が集まってはじけ飛び――現れた。


 人間よりも大きく、全身を覆う赤い鱗が艶めく。ばさりと翼をはためかせながら空をかけるは竜だ。頭に映える二つの角が日差しに煌めき、咆哮が木霊する。


 ばちっと音を鳴らしてルビーのブレスレットがちぎれた。それを見たハーラルトが「馬鹿野郎!」と怒鳴る。



「小竜種を召喚するなんて、何やってんだよ!」



 ハーラルトの言葉にこの大きさで小竜なのかとシャロンは驚いた。竜など見たことなかったが、上空を飛ぶ姿は大きく感じる。



「しかも、制御するためのブレスレットまで壊しやがって! これは窮地に立たされた時にしか使ってはいけない召喚術だろうが!」



 ハーラルトは怒鳴る、それはもう大きく。ジークハルトは上空を飛ぶ竜から目を離さないようにしながら、剣を構えた。



「制御を失えば、暴れるぞ! 闘技でここまでしていいだなんて、決まってねぇだろううが!」


「ハーラルト兄上、叱るのは今じゃない」



 ジークハルトは落ち着いた声で言った、今やるべきことはあれをどうにかするべきだと。


 小竜が唸り声を上げる。それからぐるぐると回りながら飛んだかとおもうと、地上へと目を向けて牙を向き出した。


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