第32話 眠れない夜に
「うーむ、とはいえ何もしないのも申し訳ない気が……」
シャロンは用意された部屋のベッドに寝転びながら呟く。天蓋付きの大きなベッドは広くてなんだか落ち着かず、シャロンはごろごろと転がっていた。ふかふかで肌触りの良いシーツは寝心地がよくて枕は程よく柔らかく頭が痛くならない。言葉にするならば最高の一言だ。
と、寝心地の良さを味わいながらシャロンは自分に何かできないだろうかと考える。でも、何も知らない自分が下手に動いては逆に迷惑をかけてしまうかもしれないと思い、シャロンは溜息をつく。
ジークハルトの父と話す時に自分の気持ちを素直に伝えればいいかと考えを纏めて、ぼすっと枕に顔を埋めてからばっと上げた。
「うん! 寝心地良すぎて逆に寝れないな!」
外はすっかりと夜になっているというのに睡魔が全くといっていいほど来なかった。眠るという行為を忘れたかのように頭がすっきりとしていて寝る気が起きない。
初めて訪れた場所というのもあるのかもしれないので、シャロンは暫くうだうだしてから起き上がってベッドから下りた。
「少しぐらいならいいのでは……」
少し、そう少し散歩をするだけだ。シャロンは少しだけと部屋をそっと抜け出した。
薄暗い通路をシャロンはゆっくりと歩く。窓から差し込む月の光を頼りに当てもなくふらふら進んでいると人影が見えた。誰かいることにびくりと肩を跳ねさせる。一人うろついているのを咎められたらどうしようかと思って。
そろりとその影の主を見て目を瞬かせる。そこには一人の男が立っていた。白髪交じりの金の髪をオールバックにした老年の男は、寝間着だろう着物を身につけて窓の外を眺めている。見つめる瞳というのはなんとも寂しく、渋面が物悲しく見えた。
誰だろうかと観察していると男がシャロンに気づいてか顔を向けた。頬に残る古傷が目立っているのでシャロンは少しばかり怖いなと感じてしまう。
「これはハルピュイアとは」
「えっと、シャロンです……ジークさんに……」
「あぁ、彼が連れてきたという女性か」
男は優しげに目を細めてから「夜更けにどうしたんだい」と問う。シャロンは正直に「眠れなくて少し散策を」と答えると、男は「慣れない場所だからだろうね」と寝付けないのを理解したように言った。
「どうだろう。おじさんと少し話さないか」
「お話ですか?」
「ここで少しだけ。おじさんも寝付けなくてね」
男は眠れないといつもこうして部屋を抜け出しては窓から月を眺めているのだと教えてくれた。この窓から見える月ははっきりと映し出されていて綺麗に見えるらしい。そう言われてシャロンが窓の外を見てみると、確かに月がよりはっきりと見えるので綺麗に思えた。
「キミはどうやって彼と出逢ったんだい?」
「えっと……」
シャロンはジークハルトと出逢った経緯を話した。別に隠すことでもないだろうと思ってのことだったのが、素直に話してくれたことに男は驚いている様子だ。彼は「素直だね」と言って小さく笑った。
「そうか、彼を助けてくれたのか」
「まぁ、そうなりますかね。匿ってましたし?」
「その過程で彼を好きになったんだね」
「そうですね。ジークさん優しいですし、気遣いできますし……」
「彼はそういう性格だから王にはなれないんだろうな」
男は「彼はそれを理解しているといところがよくできている」と話す。男はジークハルトのことをよく知っているようで、シャロンは彼が誰なんだろうかと気になった。けれど、言わないということは言いたくないのだろうと聞くのを止める。
ジークハルトとどういった経緯で好きになったのかを聞いて、男は寂しげにしながら「そうか」と呟いた。
「幼い頃からずっと王位継承権が誰にと言われ続けてきていた。彼自身を見て受け止めてくれる存在というのはそういなかっただろう……。キミに出逢えて彼はよかったね」
彼は一人ではなく、愛し支えてくれる存在が傍にいるのだから心配もないだろうと男は微笑む。シャロンは「でも、私で大丈夫ですかね」と不安げに問う、自分はハルピュイアだから。そんな彼女に男は「関係はないさ」と答えた。
「彼が愛した存在だ。それにこの国で異種族間の婚姻は当たり前だからね。キミが気にすることではないよ」
「そうなんですけど、ジークさんは私の……ハルピュイアの里で暮らしたいって言ってて……」
王宮での暮らしはもうこりごりだと家を出ていくことを父に伝えると言っていたことを話せば、男は少しばかり驚いた表情をみせると考えるように顎に手をやった。
「できなくはないだろうが……公務が彼にもある。曲がりなりにも第三王子だからね」
「ですよね……」
「公務の時は此処に戻ってくる。連絡は必ずするなどの制約が出てくるとおじさんは思うよ」
ハルピュイアの里の場所を聞いた男は「その距離ならば問題なさそうだ」と呟く。里と王都の往復という生活になるだろうけれど、父である王の許可が下りればできなくはないだろうという見解を出した。
ジークハルトからすればそれは妥協点であるだろうことはシャロンでも分かることだ。「説得できますかね」とシャロンが聞くと、「どうだろうね?」と何とも言えない返しがくる。
「彼の覚悟次第じゃないかな」
「な、なるほど……」
「キミには覚悟があるかい?」
アルベシュト国第三王子の妻になる覚悟が。その言葉にシャロンは目を開いて、ゆっくりと細めた。
ジークハルトはこの国の王子だ。どれだけ大切に育てられて、重要な存在であるのかもシャロンは理解しているつもりだったけれど、いざ、そう聞かれると自信がない。
覚悟があるのか、不安もあるし怖さもある、あるのだ。シャロンは「不安と怖さがあります」と隠すことなく答えた。
「不安ですし、怖くもあって……でも、ジークさんと一緒にいたい気持ちは変わらなくて……」
不安も怖さもあるけれどジークハルトと一緒にいたい気持ちは変わらない、それに――
「彼の傍にいれるのは私だけだと思うんです」
どこからそんな自信が湧いてくるのかは分からなかった。でも、ジークハルトは言っていたのだ、シャロンだけなんだと。だから、彼のその言葉を信じて自分は傍に居続けようと決めた。
力強く答えるシャロンの青い瞳は真っ直ぐに男に向けられている。迷いもなく、嘘もない煌めく眼に男はふっと息を吐いて微笑んだ。
「キミなら安心して彼を任せられそうだね」
「そうですかね?」
「王が認めてくれそうな女性だよ、キミは」
男はにこっと笑んでから「いつまでも彼の傍にいてくれ」と言って窓の外に目を向ける。月はだいぶ昇っていたので、「そろそろ部屋に戻ろうか」とシャロンに声をかけた。
「そろそろ巡回の兵が来るから」
「あ、そっか!」
「ふふ。キミと話せて楽しかったよ」
「いえ、どうも……」
「おやすみ、シャロン。彼をよろしくね」
男はそう言って通路の奥へと歩いていってしまう。残されたシャロンは不思議な人だったなと思いながら、巡回の兵が来る前に戻ろうと来た道を戻ることにした。
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