第30話 妹の兄を想う心
マリーナに案内された室内はこれまた豪華な調度品が飾られている部屋だった。ずらりと並べられたドレスに大きな姿見が置かれて、召使いたちが手に櫛や髪飾りを持って待機している。
召使いたちはシャロンを見て「ハルピュイアでしたら袖のあるドレスは駄目ですね」と衣装を選別し始めた。マリーナは「さいっこうに美しく着飾るのよ!」と指示を出している。シャロンは姿見の前に立たされて髪の毛を梳かれて、様々な髪飾りをつけては外されていた。
まるで着せ替え人形のように渡されたドレスを着てはマリーナに見せてを繰り返している。中にはとても高価そうなドレスまで持ってこられてシャロンは内心、ひやひやしていた。
(爪で破きそうっ)
その鷲の爪で破きそうでシャロンは怖かった。それを察してなのか、召使いたちが「わたしたちがお着せしますので」と気を使ってくれていた。マリーナは「足は仕方ないけど手の爪は整えましょう」と言って指示を出す。
召使いが亜人種用の爪切りを持ってやってくるとシャロンの爪を整え始めた。綺麗に切り揃えられて、爪やすりで磨き、爪の手入れまでされていく。ぴかぴかになった爪を見てシャロンは「おぉ……」と驚きの声を零した。
「うーん綺麗なお靴も履いてほしかったけれど、ハルピュイアの足は鷲だものねぇ。そこは我慢しかないかぁ」
「す、すみません……」
「ハルピュイアですもの、仕方ないわ。でも、ドレスはうんっと綺麗なもの着ましょうね!」
マリーナは目を輝かせながら「もっと良いドレスを!」と召使いに指示を出す。彼女たちは部屋の奥から様々なドレスを持ってやってきたので、シャロンはまだこれは続くのだなと少しばかり疲れた様子を見せた。
ドレスを着ながらシャロンは鏡に映る自分にこれは似合っているのだろうかとだんだん分からなくなっていく。そんな中、マリーナが「お兄様とはどうやって出逢ったの?」と聞いてきた。彼女は兄がどう過ごしていたのかも気になるようだったので、黙っているよりはいいかとシャロンは一通りのことを話すことにする。
話を聞きながらマリーナは「お姉様、お人好しって言われない?」と言われてしまいシャロンは苦く笑う。確かにそう思わなくもないよなと。
「でも、そんなお姉様だからお兄様は貴女を選んだんだと思うわ」
何も聞かずに受け入れてくれた優しさと、傍に居てくれた温もりにきっと惹かれたのだとマリーナは言う。兄妹だからよく分かっているなというのをシャロンは顔に出ていたらしく、マリーナに「やっぱりそう言われたのね」とくすくす笑われた。
「お兄様にとって
「今、争ってますもんね……」
「そうなの。わたくしはお兄様が決めたことを優先するべきだと思うわ!」
ジークハルトが王位継承権を放棄すると言っているのだからその通りにすべきだとマリーナは怒っていた。彼女もこの争いが嫌なようで、早く終わってほしいと願っているようだ。
「どうせ、フィルクスお兄様が王位継承権を受け取るのだから争う必要なんてないのよ」
「そうなんですか?」
「フィルクスお兄様を支持する大臣たちは多いわ。だから決まったようなものなのに、ハーラルトお兄様は立候補するし、グリュムントはジークお兄様を持ち上げようとするし。ほんっと、巻き込まれる身にもなってほしい」
マリーナは「わたくしにも説得してくれって頼まれるのよ」と呆れている。彼女も姫ということもあって何かと苦労しているようで、それは面倒だろうなとシャロンは彼女に同情してしまう。
「わたくしはジークお兄様の味方よ。お兄様には自由に生きてほしい」
ずっとこの窮屈な生活を送ってきたのだから、自由に生きたっていいはずだとマリーナは目を伏せて「お兄様には幸せになってほしい」と呟く。それは兄を想う妹の心を知れたようでシャロンは黙って彼女を見つめた。
「よし、このドレスにしましょう!」
ぱっと話を変えるようにマリーナは声を上げたので、シャロンは姿見に映る自分の姿に目を向けてみると綺麗に着飾られていた。
藍色のストレートビスチェのドレスはシャロンの身体にぴったりとフィットしていて、綺麗なラインをみせている。ドレスの裾がひらりと広がっているのが特徴的で目立つ鷲の足が見えないようになっていた。
髪は結局、結うことはせずに髪飾りをつけるだけになった。マリーナは「どれがいいかしら」と悩ましげにいくつかの髪飾りを取ってはシャロンの頭に付ける。暫くそうしてから、「これにしましょう!」と言ってシャロンの髪に飾った。
それはブルーローズを模した花がついた銀の装飾が施されている髪飾りだ。白銀の髪によく映えていてマリーナは「ぴったりだわ!」と上機嫌に声を上げ、召使いは「綺麗」と感嘆の言葉を零している。
「お姉様はブルーローズがよく似合うわ!」
「それ、ジークさんにも言われました」
「さっすが、お兄様! よく分かってる!」
お兄様が気づかないわけがないわよねと、マリーナはにこにこしながらシャロンを眺めている。余程、気に入っているのか「お兄様にみせましょう!」とシャロンの手を引いた。
「きっと喜んでくれるわ!」
「は、はぁ……」
どこからその自信が湧いてくるのか分からないけれど、シャロンは突っ込むことはせずにとりあえずマリーナに着いていくことにした。
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