第20話 似合っていると言われて嬉しかった
森の中で花を探すというのは難しい。どこもかしこも草木に覆われているので、花が隠れて見つけにくいのだ。だから、ハルピュイア総出で森中を探し回るのだが、シャロンはジークハルトに合わせるために空を飛ばずに歩いている。
まだ式には日があるので急ぐ必要というのはないけれど、探し回る効率というのは
悪くなっているだろう。それでも、ジークハルトは心配だからとついてきてくれているので、その優しさを無碍にはできず。シャロンはこうして歩きながら探している。
時折、ひっそりと咲く花を摘みながらシャロンは森を散策していた。
「ジークさんって心配性ですか?」
「どうだろうか……誰かを心配するのは普通だと思うが」
「うーん、でも私はハルピュイアですし、人間よりは頑丈ですよ?」
シャロンは思っていたことを聞いてみることにした。ジークハルトは少しばかり心配性な気がしなくもなかったので言ったことなのだが、彼はこれは普通のことではないのかといった反応を見せる。
人間ならばそうなのだろうけれど、亜人種寄りとはいえ人外であるハルピュイアは人間よりも頑丈な体のつくりをしている。ちょっとの怪我ぐらいならば平気なので、そこまで心配することでもないとシャロンは思ったのだ。それを聞いてジークハルトは「そんなことはない」と返した。
「どんな存在だろうと怪我をしていいわけではないだろ」
「いや、まぁそうですけど……」
「俺はシャロンが怪我するところを見たくはない」
誰かが傷つくところなど見たくはないというジークハルトに、彼は優しい人なのだろうなとシャロンは感じた。優しいからそうやって心配してくれるのだと。
だから、「優しいですね」とシャロンは返したのだが、ジークハルトは少しばかり困ったように眉を下げた。
「俺はそれほど優しい人間ではない」
「そうですか?」
「……だから、逃げているのだ」
少しだけ寂しげに答えるジークハルトに、これは突いてはいけない話題だなとシャロンは察する。きっと、彼が逃げている理由の一つでもあるのだろうろ思って。
シャロンは「里での暮らしには慣れましたか?」と話を逸らすように聞く。
「あぁ、慣れてきた」
「でしょうね。すっかりと馴染んでますし」
「里の皆が優しいからな」
分からないことは教えてくれるし、親切に接してくれる。生い立ちなど聞かれたくないことは聞かないし、言わなくても態度を変えることはない。優しく接してくれる里の皆にジークハルトは感謝していた。彼らのおかげでだと言って。
「ハルピュイアは細かいこと気にしませんからねぇ」
「シャロンもなのか?」
「えーっと、私は言いたくないことを無理矢理に言わせるのもどうかなぁって思うので」
気にならないかと問われると気になるけれど、言いたくないことを無理して言わせるほど酷なことはしない。誰にだって言いたくないこともあるのだがら、それをとやかく言うつもりはないのだとシャロンは答えた。
シャロンの言葉にジークハルトは「すまない」と謝る。気にならないわけがないという気持ちは伝わったようで、それでも聞かないでいてくれていることに「ありがとう」と笑む。
ジークハルトの笑みというのは綺麗なもので、その整った顔立ちによく映えていてシャロンは好きだった。不意打ちにどきりと胸がなったものの、なんとか顔に出さないでシャロンは「いえ、気にしないでください」と返す。
「ジークさんは自分のことを考えれば良いので……」
「俺に付き合わせてしまっているのが気になってな……」
「あー、それはその……私は平気ですから!」
ジークハルトが選んだことならば自分は気にしないとシャロンは言う。後悔なく選んで決めたことならば、それに自分が口を出すことはないと返すと、ジークハルトは少し考えるように目を細めた。
「……シャロンはその、俺が決めたことには従うというのか?」
「え? だって、私が口出すことではないと思いますけど?」
ジークハルトが家族の元へと戻ることは止めることはしない。それを彼自身が決めたというのならば。無理矢理に戻ることになったとかならば、ちょっと口を出すかもしれない。
けれど、自分自身で決めたことを誰かにとやかく言われたくはないだろう。そう思ってのことだとシャロンが伝えれば、ジークハルトはそうかと小さく呟く。
その顔が少しばかり困ったような、何か悩んでいるような様子だったので気になったものの、言わないということは言いたくないことだろう。シャロンはそう察して気づかない振りをした。
ジークハルトと話しながら森を歩いていたシャロンはふと、甘い香りが鼻を掠めたことに気づく。なんだろうかとその匂いを辿るように森の奥へと入っていくと、少し拓けた場所へと出た。
「うっわ!」
そこには薔薇に似た青い花が群生していた。棘のある蔓を巻きながら咲き誇る花々にシャロンが驚いていれば、ジークハルトが「珍しいな」と花を見つめていた。
「ブルーローズがこんなところに咲くなんて」
「えっと、あれ薔薇なんですか?」
「そうだが?」
青薔薇というのは聞いたことはあれど、実物を見たのは初めてだなとシャロンは間近で眺める。前世の世界では遺伝子組み換えによって生み出されたとかなんとか聞いたことがあったが、この世界では当たり前のように咲いていた。
異世界って何でもありだなと思いながらシャロンはブルーローズに触れる。ほんのりと甘い香りがして、薔薇ってこんなに匂っただろうかと首を傾げた。その様子にどうしたとジークハルトが聞いてきたので、「甘い匂いが強いなと」と答える。
「あぁ、野生のブルーローズは匂いが強いんだ」
「へーなるほど」
この世界ではそうなのかと一人、納得してこれは丁度いいなとブルーローズを摘むことにした。籠に入っていたハサミを取り出してぱちぱちと切っていくその度にふわりと甘い香りは広がる。
この匂いで酔いそうだなとシャロンは思ったけれど、嫌いな香りではなかったので特に気にしていない。ジークハルトも平気そうにしているので彼も問題はようだ。
ジークハルトに籠を持ってもらいながらブルーローズを摘んでいると、彼はじっとシャロンを見つめていた。その視線に気づいて「どうしましたか?」と問うと、ジークハルトは「いや……」と聞きにくそうに答える。
「その……シャロンも花嫁になりたいのではと……」
「そりゃあ、ロミンの花嫁姿を見て羨ましいなとは思いましたけど」
花嫁衣裳なんて今まで着たいとは思わなかったのだが、実物を見てみると綺麗で可愛らしくて「着てみたいな」と憧れた。羨ましいなと思わなくもなくて、自分も着れたらなと考えてしまうこともある。素直にそう返せば、ジークハルトはそうかと目を細めた。
「この花は冠に使えそうだなぁ」
「花冠か?」
「そうです、花嫁用の」
ハルピュイアの花嫁は花冠を身につける。式が終わる最後にその花冠を次に花嫁になってほしいハルピュイアの頭に被せるのが恒例で、ブーケトスに似ている。このブルーローズは綺麗に咲き誇っているので、花冠にはぴったりだろうとシャロンは思った。
花冠と聞いてジークハルトは籠からブルーローズを一本、取り出して少し眺める。暫くして花と茎の境目を折ったかとおもうとシャロンの耳にかけた。白銀の髪にブルーローズがよく映えている。
「……えと?」
突然の行動にシャロンがどう反応していいのか困惑していると、ジークハルトはうんと顎に手を遣った。
「よく似合っている」
「……はい?!」
似合っていると言われてシャロンは思わず変な声を上げてしまった。
「えっと、その?」
「いや、シャロンにブルーローズが似合うと思ったんだ」
真っ青な花弁は白銀の髪にきっと映えるだろうなとそう思ってやったのだとジークハルトは話す。シャロンは耳にかけられたブルーローズに触れながら数度、目を瞬かせて頬を赤らめた。
男性に似合っていると言われたことなど、年齢=恋愛経験無しというシャロンにとってあるわけもない。なんとも気恥ずかしくて、照れてしまいどんな表情をすればいいのか分からなかった。
そんな反応にジークハルトは「嫌だったか」と申し訳なさげにするものだから、「ち、違いますよ!」と慌てて訂正する。
「その、そんなふうに言われたの初めてだったので!」
「そうだったのか」
「はい。えっと、に、似合ってるとか……」
「よく似合っている」
そう言うジークハルトの瞳は優しげで嘘をついているようには見えず。シャロンはえっとと視線を一度、下に向けてからジークハルトを見た。
「あ、ありがとうございます」
照れたように笑みを見せながらシャロンは言えば、ジークハルトは目を開いて固まっていた。
「えっと、嬉しいですね、えへへ……」
頬を掻いて照れを隠そうとするシャロンを暫く見つめていたジークハルトは、口元を覆ってそろりと視線を逸らした。黙っている彼にシャロンが「ジークさん?」と呼べば、彼は小さく「それは……」と呟いた。
「何です?」
「……いや、何でもないんだ」
「そうですか?」
「あぁ……その、似合っている」
「それはその、ありがとうございます」
また言われてえへへと笑みを見せれば、ジークハルトは小さく息を吐いた。何か小さく呟いていたけれど、シャロンには聴こえておらず。むしろこのドキドキした感情をどう抑えるかで必死で彼の様子には気づいていなかった。
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