第14話 集団狩りであっても油断は許されない


「無理……しんどい……」



 シャロンは顔を両手で覆いながらテーブルに突っ伏した。両親が帰ってきてからまだ二日だというのに精神はごっそりと減っていた。それというのも全て母のせいだ。ナタリーは頻繁にやってきてはジークハルトとの関係を突いてくる。


 ちゃんと落としなさい逃がすなと、とにかく口うるさく言ってくるのだ。ジークハルトがいない時ならまだしも、彼が傍に居る時に出も平気で話す。


 もうなんだ、この母親は。娘の恋を変に応援して空回っている親じゃないか。余計なお節介だとシャロンはげんなりとしていた。父が間に入ってくれるのが唯一の救いではあるものの、ナタリーは止めようとはしない。



「心配してくれてるのかもしれないけどさぁぁあぁ」



 親が子を想い心配しての行動であるのかもしれないが、子供からしたら余計なお節介だ。それでも無碍にできないのは親だからで。転生したからといってもこの身体を産んだのは彼女なのだ。


 それでもやはり、胃痛はくるのでシャロンはうぅと腹を擦った。あれでは面倒な母親がいる女だとジークハルトに思われていないだろうかとそんな不安がよぎる。親というのは相手も気にするものではないだろうかと、考えれば考えるほど不安になってしまう。



「シャローン」

「何、カノア」

「何って、今日は集団狩りの日よ」



 カノアに「今回の担当は私らも入っているでしょ」と言われてシャロンは思い出した。


 この前はジャイアントスパイダーだったので今回は何になるのだろうか。それは探索してみないことには分からないのだが、危険な魔物でないといいけどなとシャロンは思いながら立ち上がった。



「ジークハルトさんも待ってるわよー」

「え? なんで?」

「なんでって、サポート役を頼んだからでしょ?」



 集団狩りを行うのはハルピュイアが中心となるが、その後の獲物の運搬時の護衛などは男たちがやることが多く、戦える力がある男は基本的に駆り出される。例にもれずジークハルトも頼まれたのだ。


 彼のことだから断ることはしないよなとシャロンは納得した。カノアが参加するということもあってディルクも一緒だ。


 今回は長の一人、アエローとその夫である竜人が指揮を担当するとシャロンは聞いていた。次女のオーキュペテーよりはしっかりとしているので、無茶なことはしないだろうという安心感はある。



「ほらほら、さっさと行くわよ。お母さまのことで胃痛起こしてるのは分かるけども、集団狩りの担当はきっちり守らないとねぇ~」


「分かってるよ! 行きますー!」



 カノアに背を押されながらシャロンは集合場所である里の門前へと向かうと、今回の狩りを担当するハルピュイアとその夫たちが集まっていた。


 ジークハルトとディルクもおり、二人に気づいて手招きをしている。遅刻とまでは言わないものの、出遅れたシャロンはそろりと輪の中に入っていくと人数の確認を終えたのか先頭に立つアエローが揃ったなと声を上げる。



「これより、集団狩りを行う。今回は少し奥まで行くが危険な行為は行わないこと」



 アエローが注意事項を話している間、じっと隣に立っている竜人がいた。渋面の男は目つきが鋭く、短い青髪は少し硬そうで額から二本の角と背中から竜の翼が目立っていた。


 人型ではあるが身体は人間よりも大きめな、シャロンの背丈ならば見上げてしまう身長だった。ジークハルトも背は高いほうだが彼をゆうに越している。



「あの竜人が長の?」

「そうです。アエロー様の旦那様、セザール様です」



 ジークハルトの問いにシャロンは答える。記憶の中にあるセザールの印象というのは見た目は少々怖いが話してみれば気さくで良い人だ。その目つきで損しているタイプだった。


 そのままの印象をジークハルトに伝えれば、そうかと納得したようにまたアエローの話に耳を傾けた。



「では、いくぞ!」



 アエローの一声にハルピュイアたちは飛んでいく。彼女たちが先頭に立って獲物を探すので、それに続くようにシャロンもついていった。


 里から南の方角、普段ならば立ち寄ることも無い奥にシャロンたちはいた。鬱蒼と生い茂る木々の間を縫いながらハルピュイアたちは獲物を探している。


 集団狩りの時は普段狩るようなボアラなどの小物ではなく、大物を狙う。一人では決して入っては行けない森の奥へも、この時だけは解禁されるのだ。


 鳥の囀りと風に吹かれる木々の音が耳に入る。空を覆うように大木たちが密集している中、その隙間から暖かな日差しが差し込んでいた。


 獲物を探すために周囲を見渡すシャロンだが気配はない。里を出てから少しばかり時間が経っているが獲物らしい獲物は見つけられていない。



「おかしいわねぇ。ジャイアントスパイダーとか、よく出てくるのに」



 なかなか獲物が見つからないことを不思議そうにカノアが呟いた。この南側は主に虫の魔物が多く出る。虫の魔物の外装は分厚く装備によく使われているのだ。


 ジャイアントスパイダーならばその吐く系が良い素材だ、装備を縫う糸に適している。体液が解毒作用があるので専門家に渡せば薬にしてくれるため、この魔物はハルピュイアにとっては良い獲物だ。


 その獲物が何故か姿を見せないのでおかしいと他のハルピュイアも感じているのか、ひそひそと話し声が聞こえてきた。アエローもそれに気づいているようで夫であるセザールと何か話している。


 シャロンはなんとなくだが嫌な予感がしていた。こういったいつもと違うというパターンは何かあるということだと聞いたことがあったからだ。けれど、たまたまかもしれないのでアエローの指示を待とうと、視線を彼女に向けた時だった。



「オガァァァオォォォ!」



 耳を劈くような咆哮が響いた。何事だと声がした方へと目を向ければ、偵察を担当していたハルピュイアたちが慌てた様子で飛んできた。彼女たちは「大変です!」と叫ぶ。



「どうした、何があった!」


「アエロー様、ボスコベアーが暴れております!」



 ボスコベアー。シャロンはなんだっけと頭の中の知識を引っ張り出す。それは巨体で長毛な熊のような姿をした魔物だ。


 その大きさはその辺に生えている木々と変わらず、図体は大きく、爪は刃物ように鋭い。牙は太く、硬いものなど噛み砕けるほどの強靭さをもっている。


 頭にある知識を確認してシャロンはこれはまずいのではと思った——と、同時に木が薙ぎ倒される。巨体で黒毛の熊のような魔物がぬっと姿を現した。ぎろりと黄色い瞳が輝いたのが見えたかと思うとまた大きく鳴く。



「戦闘態勢! 固まるな!」



 アエローの大声にハルピュイアたちは翼をはためかせて、シャロンも一つ遅れてだが飛んだ。


 アエローの指示でハルピュイアたちがボスコベアーへと攻撃を開始し、付き添っていた男たちは彼女たちを援護している。シャロンは飛びながら攻撃のタイミングを見定めていた。


 他のハルピュイアたちの邪魔をしないように、相手の攻撃を受けないように気をつけながら風魔法を放つ。一対一ならば苦戦を強いられるだろうその巨体な身体だが、集団となると大きな的となるようで、放たれる魔法を避けきれずに受けていた。


 苦しみながらも抵抗するようにその鋭い爪を剥き出して腕を振り上げる。それを避けながらハルピュイアたちはボスコベアーを追い詰めていく。


 このまま順調にいけば狩れるだろう、そうシャロンが少し気を抜いた時だった。ボスコベアーはすうっと大きく息を吸って——吐き出した。



「オガァァァアァォオォォッ!」



 咆哮、それは森を響かせるほどの威力だった。あまりの大きさに耳が痛み、ハルピュイアたちがぼたりと地に落ちた。


 頭に残る叫びにシャロンはこめかみを抑え、くらくらする感覚に飲まれていた。そんな彼女を相手は逃してはくれない。


 ボスコベアーは腕を振り上げる。刃物のような爪がシャロンを襲った瞬間だ――赤黒い血液が目の前を散った。



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