第27話【従妹の、天敵?】

「なに怒ってんだ」

「べつに。怒ってないし」


 武市商店たけいちしょうてんを出て、多少は涼しくなってきた田舎の田んぼ道を肩を並んで歩くその相棒は、 さっきからずっとむくれ顔だ。

 つい忘れがちになるが、恵理那えりなは人見知りである。

 今では冗談を言い合えるくらいの会話ができるようになった武市のおじさんとも、最初のころは別人のように口数も少なく、当然まったく目だって合わせられなかった。

 何度か接していくうちに多分、この人にならある程度心を許してもいいんじゃないか、という判断をしたんだろうな。気付いたら今みたいなフレンドリーな間柄になっていた。

 しかしそれは前提として相性の良し悪しも関係しているようで。

 

「......」


 手も繋がず、餅みたいに頬を膨らませ、恵理那はただ前だけを見て足を動かす。


裕子ゆうこさんのこと、まだ苦手か」

「それもあるけど......あの人、拓にぃとお姉ちゃんのこと夫婦みたいだって」

「ああ......」


 なるほど。妬いてるわけか。


「私と拓にぃじゃ夫婦には見えないのかな」

「どうだろうな。知らない人から見たら夫婦に見えるかもしれないが、裕子さんみたいに事前情報がある人たちにとっては、なかなか難しいのかもな」

り込みってこと?」

「んなところだ」


 他にも見た目年齢的なものもあるだろう。俺と初奈は同い年なことも手伝って、おそらく大多数の人からは裕子さんみたいに年の近い夫婦として見られる。

 いっぽうで俺と恵理那の場合、先日のショッピングモールでの一件もそうだが、恵理那の雰囲気が若過ぎて俺の年相応なはずのつらが目立ってしまう。

 そうなってくると『夫婦』『恋人同士』という選択肢は自然と消え、無難な『兄妹』という記号に収まってしまうのだと容易に推測できた。でなければこの年代でそこまでの差があれば、どうしたって犯罪の臭いが漂ってしまうのも原因のひとつと言えよう。


「これから私がもっと拓にぃと仲良くなれて、お姉ちゃんみたいに大人の色気が出てきたら、誰の目から見ても夫婦みたいに見られるのかな」

「それにはまず目の前の受験を終わらせないと」

「嫌なこと思い出させないでよ。せっかくお盆は受験のこと忘れて楽しもうって思ってたのに」


 俺が告白を了承したこと前提に話を進める恵理那。

 こういう場合、どういう顔をしていいのか反応に困り、とりあえず話を逸らしてみた。

 べつの意味でまたむくれてしまったと思った恵理那は、すんと無の表情になり、立ち止まった。


「......ねぇ拓にぃ」

「なんだ」

「告白の答えって......もう出てたりする?」


 振り返って恵理那の方を見る。茜色に染まったあぜ道を背景に佇む彼女の視線が、俺に真っ直ぐ向けられる。


 ――正直、告白の答えはまだ出ていない。

 恵理那に恋人として好きだと言われて、思っていた以上に嬉しかった自分もいる。 

 多少の不安はあるが、恵理那の笑顔を隣で見ながら歳を取っていけたらなんとも幸せだろうなとも想像して、思わず夜も深い時間に自家発電してしまったことも。

 ......ただ、初奈の人妻裏垢の専属キャメラマンになってからというもの、諦めていた初恋の想いに変に火が点いてしまったのも確かだった。

 一応法律上は問題ない恋と、どうあがいても絶対に結ばれず祝福されもしない恋。

 両天秤にかけるまでもなく迷わず前者を選ぶべきなのに、叶わない初恋の呪いは今もなお俺の心を鎖で縛りつけ、判断を鈍らせる。

 そんな黙る俺に、たまらず恵理那が再度訊ねる。


「もしもだよ、もしも拓にぃが私の本当の恋人になってくれなかったら......その時は家、出てっちゃう?」


 こいつは――断られる心配よりも俺が真中家から出て行く心配をしてくれているというのか? 断られたら恵理那だって気まずいだろうに。記号がどうなろうとも、恵理那は俺と一緒にいることに幸せを見出みいだしてくれているようだった。

 突然唯一の肉親に死なれひとりぼっちになってしまい、悪い親戚からたらい回しにされて人間不信に陥っていた、あの恵理那が――。

 愛おしさで胸がいっぱいで、気が付いたら恵理那の髪をくしゃくしゃに撫で回していた。


「ちょっ、痛い、なにすんの拓にぃ!?」

「言ったろ。敦子叔母あつこおばさんが不在の間は俺が恵理那の保護者であり家族だって。だから告白の有無に限らず家は出て行かないから安心しろ」

 

 恵理那の髪が舞うたびに彼女から柑橘系のいい匂いがさらに醸し出された。


「......うん。分かった......それはそうとさ」

「ん? ぐぬッ!?」

「女の子の髪をそんな乱暴な手つきで扱うとか信じられないんですけど!?」


 視界から恵理那の姿が急に消えたと思いきや、背後から俺にチョークスリーパーを仕掛けてきた恵理那。


「おまッ......当ってる......当ってるから!」

「当ててんの!! いいから早く私に落ちなさい!!」


 身長さがある分、絞めるというよりも乗っかかりに近い態勢。華奢な身体のくせに主張の激しい恵理那の女性の象徴たる部分が俺の背中に押し付けられ相殺されているおかげか、思ったより苦しくはなかった。

 生きていればいつまでも同じ場所にいられないことは十分分かっている。

 でも――こんな風に恵理那と余計なことを考えず、ずっと今のじゃれ合う関係でいたいと思うのは、俺のわがままなのだろうか?

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