第26話

 知人が苛立って他者をサンドバックにしている光景を観てしまってしまうのはどんな気分だろうか。それはかなりの恐怖をするので間違いないとも思う。それをどうにか呼びかけていけば止まってくれるともいえるだろう。

 その直後にサンドバックにしていたそれが崩壊をしてしまうのであれば、掛けてやる言葉などまずはない。それよりも優先するべきことなんていうのは殴ってでも矯正してやるのが正しいのか。恐らくはどこまでも間違っているとしか思えない行動だろう。

 だとしても必要なならばやらねばならない。必要ならばだ。既に気づいてしまっているのであればやってやるのは後回しになるだけだ。その後にへとずっと後回しにし続けてしまうのは後悔なんてことをしてしまうリスクだって存在してしまっている。

 だがそれでも誰が親しくしている知人を好き好んで殴りたいとも思うかよ。下らない幻想を抱えて戦場にて友人に撃たれるのは嫌だがそれはそれとして知人程度であれば殴ってやるのが………………それを言ったら最も親しくしている友人こそ全力でぶん殴ってやるものだろう。

「だとしてもお前はちゃんと正気で生きているなんの問題もないということで。振色ふいろとしばらく会えないことになってしまったのは残念だが生きている俺らは全力でまともな人生を探していくしかないってえの」

「その手段なんて本当にあるのか。さっきから危ないことばかりしているような気もするんだが」

 桐長きりおさがユラユラ当てのないというか、地面に空いた穴にへと揺れながらも歩いてしまっていたのでそれを引き留めていくことをする叡王えいおう香里こうりであった。

 この地面に空いてしまった穴というのは先ほど桐長きりおさが重力場によって押し付けて捻じ曲げていったことで出来上がってしまった逸品である。ナゼともいうがこれは何もかも桐長きりおさの八つ当たりであるために特段の理由もないことでやられてしまった方には非常に申し訳なく思う。それはそれとしてでもやはり違う種族を相手してしまうのは結局は相容れずにどちらかが最後滅んでしまうことだ。

 それを言いだしてしまえば弱肉強食というのは適者生存の言葉すらも無為に呑み込んでしまうくらいの強さの格差を有してしまえればいいという馬鹿な発想を含んでいる。実現できるのかという問題はさておいてだ。

「で?桐長きりおさはどうするつもりだ。振色ふいろがいないとなってしまえば感情だってそうだが勘定の方がかなり合わなくなってしまう。サバイバルの計画だってあいつがいる前提で組んでいるというのにこれじゃあ、いつあいつの二の舞になってしまうのかすら不安で仕方ねぇよ」

「そうですよ。香里こうりのいう通りに私では全てを単独で済ませてしまうことはとことんまで難しい。あらゆることを自分でやってしまえるというのであれば仲間も友達だって必要ありませんから。だからこそ、それらを無為に費やしてしまうことは避けねばならないこと。それを自覚していないのが一番の異常だということに気づいているわけ私はまだ正気でいられる」

 こんなことを言っている桐長きりおさであるのだがここがどこであるのかを忘れてはいけない。どう足搔いてもこのぼちぼちじめじめしている場所がビル街の裏だというを本当に忘れてはいけない。どこで物騒な話をしているのか。これ以上ない空間ではないか。しっかりと雰囲気に適合した状態であれば何を言ってもいいのだ。

「何を言ってんのよ。それは流石におかしいどころの騒ぎではないって。面白おかしく話を作りあげていくにはどれだけの努力と感情と才能が必要だったというのに。全てが楽に片付くと思っているのなら大間違いですからねッ‼」

 まぁかなりの勢いでまくしたてられてしまえばそれの理解だって相応の時間を要するのは間違いなし。叡王えいおう香里こうりはもう自分が他者から観れば不快な顔をしているのだろうとも結構気楽に想像できてしまう。追いついていってはくれないのが桐長きりおさのメンドクサイところなんだろうなぁとも思うのだ。

「それも今更というんだけれど。じゃあさぁ、今からやることなんて決めているのかよ。既にいるんだったら俺らはそれに従うだけだけど。………………そういえば他の連中っていえばもう既に連絡出来たのか。そうであるのならこっちだってとっとと動き出していかなければいけない。配置を揃えて咬み合わせていかなければうまい具合にいってくれない。そうでなければ」

「敗北を識のはもう二度とごめんだ。同格以上を相手にするのであれば相応の実力を備えなければいけないだけ。私たちのやり方に従っていくしかないとなればそれがまた枷になってしまうのがどこまでいっても………………まぁ既に連絡もついてはいるしとっくの昔に次に何をしようかなんて決めていることだし」

「なんだよそれは」

 散々勿体ぶってこれかよとは思うのだがじゃあ出来ていませんでしたとなるのもそれはそれとして苛立ちも募ろうものなので出来ているだけまだまだましだということなのか。とっくの昔にというよりは激情の八つ当たりという遥か彼方で冷静な思考をしていたのだろう。いつもいつも桐長きりおさは別の頭でいくつもの可能性を考慮し続ける………………のであれば全く以てどうしようもないミスなどしないというはずだってそれは。

「知らないのは、持っていない材料で調理をしてくれというのはどこまでも残酷な指示であるのは忘れてはいけない。そこまでの無作法をしてしまうのはダメに決まっている。俺はそんなことはしねぇよ」

「あのですねぇ、そんなことを言いますが心配をする相手の古傷を抉るあなただって大概酷いとは思いますよ」

「いいじゃねえか。非道でないだけよっぽどましだよ。この世の中にはどれだけの非道な行為が蔓延っているのか桐長きりおさだってよく知っているではないか」

「その最もたる位置に含まれてくれるのでしょうかね。言い出したらキリのないことですが我々では世界の上位にへと立つのはどこまでも難しい。きっと上には上がいるということだから。だったら最もなんて言って張られないかハハハハハ」

 嫌嗤ってんじゃねえよ。そこまで暇ではないって俺らは。桐長きりおさだっていままで全力での生きざまを見せていたというのにこれでは避難轟轟ではないか。

「いや、それをいうなら批難囂囂ですよ。全く、では行きますか。振色ふいろの呑み込みやがった誰かさんのその面を拝みに行くとね」

 そうしてこの場から離れていくことになった二人であった。だがその結果としてどこまでもたどり着くことのない遠い世界をひたすらに探し回る羽目にとなってしまうのは流石に想像もつかなかったろう。

「ぜぇぜぇ、ここってどこですかねぇ。いくら何でも想像もつかないっていうのが確信している状態なんてもはや矛盾の域ですってこれは。なんでとは言いだしても気の遠くなるのみですが」

「まぁこれでも私が元気な分だけまだまだやっていけるのは間違いなしですから。それとももう自宅へ帰還しますか」

 恐らく桐長きりおさとて冗談で言っていたのだろう。その声色を聞いてしまえば本気でないというのは容易に想像はつく。だとしてもそれでも諦められないのが他人の性というモノか。納得のいかないことには傍から観れば不条理だということにも殴りかかってしまうのが俺の信条だ。

「だからその激情を抑えておきましょうよ。冷静に考えてあなたは無茶が過ぎるのが当然の域にずっと居続けるのみなんですから。今更私に向かってきたところで敗北をするのは相手側にしかならないのをいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつも見てきたではないですか。だから」

 そこで大変なモノを視界にへと入れてしまったらしい桐長きりおさである。飛んできていたその拳を容易く受け止たのであったがその直後にて飛んでくるのは高く上がった蹴りであるのでそれをストレートに受けてしまう。

「ッあ?」

 だがこの蹴りにすらそこまでの気合は入っていなかった。蹴りを放った叡王えいおう香里こうりであったのだが彼とだって同じものを見てしまったのである。

 恐ろしいくらいに………………存在してはいけない誰かというのを視界に収めてしまえば誰だってそうなろうというモノだ。

「なんでいるんだよ。お前はやられたってこいつが」

「指をさすんじゃない指をさすんじゃないですよ」

 向けられてきたその指というのを掴んで下にへと降ろしていく桐長きりおさであるのだ。だが再びそこから上がってきた指はやっぱり桐長きりおさの方にへと向けられてしまう。そしてそれを掴んでやはりというか先ほどと同じように降ろしていくのみ。それでしばらくすれば視界のどこかから出てくるのはやっぱりというか指でしたとさ。

 それを掴んでちょいと力を込めてやれば勢いよく引っ込めていくのが見て取れた。

「何すんですかアンタはッ⁉」

「じゃあそんな風にしてひたすらに他者を指さしてくるんじゃありませんよ。この時間が非常に無駄でしかないじゃあないですかッ‼」

 そう言われてしまえば一切の反論などを許してはくれなさそうなのが当然ということか。全くこの緊迫した場面において、道路の真ん中で遊んでいる自分が明らかに間違っているというのはたくさん間違っているとはよくわかっているのだがそれでも確かめたいことはあったのだ。それはしっかりと把握できてはいる。どうやら桐長きりおさすらも同じ判断をしてくれているのだからよっぽどましなこと。

(この判断は間違っておらずに誰よりも同じ意見をしているということ。これ以上のない汎用性をしているのがこのやり取りなんだからまだまだやりたかったところなんだが………………)

 悲しいかな。他の皆からは茶番だとでも言われてしまっているので非常に辛くも苦しいのがいつもではある。

 まぁこの雑な扱いというのもそれこそいつも通りというわけなんだが。だとしても納得しろとはしてやれない。それは目の前の事。

「なんでお前がいるのか説明をしてもらわなければ誰も言ってくれなきゃ知りようがないじゃないかよッ」

 彼ら二人の前にと立っていたのは振色ふいろであった。桐長きりおさは逐一確認をしながらも知ってしまったのだ。彼の最期を。朽ちていきながらも皴れてしまうそして喰われてしまったその瞬間まで。その全てを。あぁ人間があれだけ気持ち悪い音を立てていくとは思いも………………今まで散々聞いてきた音ではないか。今更ながらに桐長きりおさだって忘れてしまっていたくらいの、忘れてしまいたい激情がそこにはあった。

「誰もですか。どうせこの世界を創りあげた創造主様なら知っているじゃないですかねぇ。それとも下々のことなど考えてくれませんか」

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