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 突然竜がいなくなったという報告は、あっという間に町中に知れ渡った。

 まあ、当然だ。あの山の竜はギルドの冒険者がこっそり監視していたのだろう。幸い竜の姿を遠巻きから見ていただけのようで、私との会話内容は勿論、そもそも誰かと会話をしたという事実すら知られていない。

 人にとって竜とは只の化け物だ。元から会話をするなんて発想はないに違いない。


 それで、町はどうなったかと言えば、勿論殆どは平和になった。

 町を出て行こうかと迷っていた者は安堵して元の生活に戻り、町から逃げた者の殆どは帰ろうとしているらしい。最も、土地がいっぱいになっていた今の街中で元住んでいた家を取り戻すのは至難だろうが、金で解決できるなら安いものだ。


 冒険者達も似たようなもので、殆どは死地へ趣かずに済んだことを素直に喜んだ。血の気盛んな冒険者は残念がったが、仕方ない。「本当なら竜の討伐に貢献して、名を挙げていたところなんだがなあ。」なんて冗談を酒の席で交わせるだけでも幸せである。


 領主の私兵とギルドの冒険者たちの混合軍は解散となり、積み込んだ兵器も無駄となった。

 それでも、領主は「無駄になってよかった」と喜んだそうな。


「それでミスト、昨日はどこ行っていたんだ?使い魔たちを置いて行ってたろ?」

「んー、お散歩でしょうか。」

 見え透いた嘘だが、アイザはそれ以上言及することも無かった。私がはぐらかすのはよくある事だ。


「ま、気分転換は必要だからな。もし良かったら、俺と一緒に祭りに行かないか?」

「祭り?」

「そう、竜がいなくなった記念の祭りだ。そりゃ街の危機が去ったのだから、祭りぐらいあるさ。」

 私は苦笑いで首を横に振った。騒がしい所は苦手だ、頭がくらくらする。特に、今は魔力を使い過ぎて疲れているのだ。

 アイザは残念そうに眉尻を下げて笑った。


「そういえば山にまた入れるようになったけれど、また冒険に行くんです?」

「ん?そりゃ行くさ。冒険者は冒険してこそだ。」

「お金は暫く稼がなくても生きていけるくらいにはあるんでしょう?」

「あるけれどな、冒険に行かない理由にはならないさ。それに、折角装備も更新したからな。ほら、見ろよこれ。」

 言われるがまま差し出されたものを見る。


「……剣?」

「そう、竜の骨で作った剣だ。ほら、剣って本来殆どが金属製だろう?俺のは特別に骨で作って貰ったんだよ。」

「それ、良く斬れるんです?」

「それは試してみないと分からないさ。あとは竜の革を使った軽鎧とか、牙を使ったナイフとか、眼球をコアに使った杖とか……」

「が、眼球……」

「竜の目は魔力を良く通すから、杖の魔石替わりには良いんだぞ。普通の魔物の眼球と違って腐らないし、硬いから壊れにくいし。」

 そう言えば、アイザはやたら熱心に竜の素材を集めていた。これの為か。


「でも、ミストは良かったのか?お前が持って行ったのって鱗一枚だろう?竜の素材なんてそうそう手に入るものじゃないんだから、もっと貰えばよかったのに。」

「私はいいんです、戦ったのは皆さんですから。」

「いやいや、ミストだってあの戦いに参戦していたと言っても申し分ない、いい動きをしていたじゃないか。竜素材から作る装備以上にいいものなんてない。鱗1枚じゃ何も作れないだろう?」

「うーん、それでも私はこれがいいんです。」


 私が受け取ったのは、アイザの言う通り鱗1枚。だが、只の鱗じゃない。

 逆鱗。竜の首元に小さく逆向きに生えた鱗だ。


 正直、逆鱗に素材としての価値はない。他の鱗と硬度も魔力伝達性能も変わらず、防具にしては小さすぎる。

 竜1体につき1枚しか取れない希少性故に買取価格は破格であったが、それでも素直に他の鱗を沢山貰う方が総額は高くなる。

 だから、これを欲しがる人は私以外にいなかった。


「その鱗、ミストにとって何の価値があるんだ?」

 アイザは不思議そうな目でこちらを見た。冒険者としてこれ以上ない機会を逃そうとしている私を不思議がっているのだろう。

「別に、価値なんてないですよ。他の素材もそうです。私は戦いませんから、身の丈に合わない装備を持っていたって仕方がないんです。ただ、思い出の品として持っているだけなんですよ。」


 何故、逆鱗だけを貰ったのか?答えは単純で、これに関わらず、特に欲しいものが無かったからだ。

 どうせまともに戦う事のない私が竜装備なんて大層なものを持っていても仕方が無いし、実力に見合わないものを持っていても、逆に盗賊に狙われてしまう。

 当初は何も要らないと言っていたものの、他のパーティーメンバーにそれは勿体ない、何でもいいから貰っておきなさいと言われてしまった。ギルドの職員にまで勧められる始末。


 だから、一番目立たない部分を貰った。他の人は要らないらしいが、値段だけ見ればそれなりに値が張る。

 逆鱗はペンダントの形にしてもらい、服の下に隠しているから、盗賊に狙われる心配もない。


『ミストは生き物の肉を食べないのに、生き物の素材を使うのはいいの?』

 いつもの小屋に帰り、竜の鱗を見せた時何気なくグリハにそう尋ねられた時は、返答に困った。


 私が竜の素材を使わないことに特に論理的な理由はない。

 聖龍としての制約は命を奪わないこと。だから、生き物の死体を活用する事自体がダメな訳じゃ無い。

 何なら本当は肉を食すことだって別に禁じられている訳じゃない。ただ、漫然とした拒否感があるから、不必要であるからだ。

 その証拠に、私は枯れ枝の杖を使っているし、綿の服を着ている。能動的に殺したわけではなく、受動的に死んだ、或いは生きている部分と切り離された部分だからまだマシと言うだけで、死体を活用していることには変わりない。

 それでも身に着けているのは、それらがこの世界を渡り歩く上で必要だからだ。


 竜の鱗は不必要だ。

 それでも身に着けるのは……何故だろうか。ただ、何となくそうしようと思った。例えるなら、故人の遺骨を身に着ける人間と同じだろう。そんな人間、いるかどうかは知らないけれど。

 そんな適当な答えを返したら、グリハは首を傾げながらも、それ以上質問をすることはなかった。


「まあ、お前がいいって言うならいいけれど。それで、この後はどうするんだ?」

「どう、とは?」

「竜もいなくなったし、また冒険者としての活動ができるだろう?お前程の実力があるならパーティーを組まなくてものんびりやっていけそうだが、上を目指さないと言うのももったいない。やっぱり、俺等のパーティーに戻らないか?」

 熱心な勧誘だ。やたら生き生きとした目でアイザは手を伸ばしたが、私は苦笑して首を振った。


「残念ながら、私はこの町を去る予定です。ちょっと行きたいところがあるので。」

「どこへ行くんだ?」

「それは内緒です。」

 人差し指を口に当ててそう言うと、アイザは残念そうな顔をした。


 ---


「リリカさん、聞きたいことがあるのですが。」

 ギルドの酒場はいつものように賑やかだった。

 ざわめきと笑い声の中、奥の個室に視線を送ると、リリカはすぐに察して小さく頷いた。


 ギルドには内密の話をするための個室が幾つも用意されている。気軽に使えるのが良い点だ。

 添えられた小さな席に座り、リリカと向き合う。

「で、話って?まあ、大方予想はついているけれど。」

「リリカさんの出身地についての話です。」

 そう言うと、やはりね、と言った様子でリリカはため息をついた。


「ミーゼから聞いたわ。耳の事、バレてたって。」

「むしろ、他の方にはまだ隠せているんですね?」

「あのねえ、私だってただ髪で耳を隠している訳じゃないのよ。ちゃんと魔法で普通の耳の形に擬態させていたのに、貴方が勝手に看破したのよ!」

 思わず目を瞬かせた。


「そうなんですか?」

「そうなんですかって、それ無意識だったの?……まあ、いいわ。それで、聞きたいことって?」

 取り合えず気を取り直し、佇まいを直した。リリカは髪をかき上げると、長くとがった耳を露にした。もう隠すことは無いと言う意思の表れだろうか。


「先程も言った通り、リリカさんの故郷について知りたいのです。どこにあるかとか、どうやったら行けるのかとか……」

「行きたいの?何故?」

 途端にリリカの顔が険しくなる。


「……行かなければならないと思ったからです。」

「理由になってない。エルフの里なんて普通の人間が行ける場所じゃないし、そもそも行くべきじゃない。あんな場所、人がいていい所じゃないから。で、もう一度聞くわ。貴方、エルフの里に何の用があるのよ?」

 彼女の瞳に、一瞬、深い影が走った。拒絶ではなく、恐怖に似たもの。

 どうやら彼女にとってエルフの里は、思い出したくもない場所らしい。


 さて、困った。何と返せばリリカは私に情報を渡してくれるだろうか。

 本当のことを全ていう訳にも行かない。だが、下手な嘘をつけば見破られる。数秒ほど思考を巡らせ、慎重に答えを紡ぐ。


「……精霊に、導かれたからです。」

「え?」

 何とか絞り出した答えは、妙案か悪手か。


「精霊に、出会いました。」

「どういうこと?精霊なんて、エルフの里以外で――あ。」

 リリカはしまった、と口を噤んだ。これはチャンスだ。


「エルフの里には、精霊がいらっしゃるんですね?本で読みました、エルフは精霊を信仰していると。」

「……それが、一体何だというの?」

「私も精霊に出会ったのです。シルハの森で、地脈を漂う精霊に。」

 リリカは目を丸くし、そして眉を顰めた。勿論私とて、こんな話を初手で信じて貰えるとは思っていない。


「人が精霊に出会うなんて話、聞いたことが無いわ。だって、精霊は人を嫌悪しているはずだもの。」

「嫌悪?」

 精霊は人含めた生き物を導く存在のはずが、人間を嫌悪している?


 一瞬疑問に思ったが、ふと以前出会った背精霊の話を思い出す。

『天界が人間に奪われたと聞いて、精霊王様が大層お怒りになった。』

 ああ、だからか。だから、精霊は己の使命を投げ出しているのか。そして、あの精霊の言っていた『楽園』とはエルフの里だと考えれば納得がいく。


 取り合えず、話をうまく合わせよう。多少矛盾しても後から修整はできる。

 内心をリリカには悟られないように無表情を貫く。


「ええそうよ、理由は分からないけれどね。そもそも私、物心つく前に里を追放されたから、エルフとか精霊とかの話は全部親伝いで聞いた話しか知らないの。それでも、精霊の話は良く聞いたものよ。精霊はもう、人前には姿を現さないって。だから、貴方の話は到底信用できないわ。」

 リリカは首を振った。親伝いでしか話を知らないなら、尚の事都合はいい。


「そうですか。では、証拠を見せれば信用して頂けますか?」

「どういうこと?」

「リリカさん、思い出してください。私、貴方に魔法の使い方を教えましたよね?そして、ミーゼさんにも同様に戦い方を教えました。それも、少し変わった方法で。」

 私は手のひらに魔力を込める。ほんのり手のひらが熱気を帯びる。私は殆ど感覚で使っているこの魔法だが、少なくともこの時代の人間は使えないはずの魔法だ。


「私は、この魔法を精霊に教えてもらいました。これだけではありません。精霊は私に色々な事を教えてくれました。故に、私は他の人が使えないような術を使えます。」

 リリカは無言だ。私の手のひらと目を交互に見つめ、思案している。


「私は、恩返しがしたいのです。生きる術を教えてくれた精霊に。……そして、精霊はエルフの里に住むと聞きました。また会いたいのなら、そこに来れば良いと、その精霊は仰ったのです。」

 嘘は本当の事と混ぜるとそれっぽく聞こえるらしい。私の論理におかしな点は、今のところ無いはず。

 しかし、リリカはこちらが想定していたよりもずっと困惑していた。顔を真っ青にし、空を見つめながら1人でうわ言のように何やら呟いている。


「……いや、そんな、まさか。精霊が人間を気に入るなんてあり得る訳がない。そんなことがあり得るなら、そもそもエルフは人を嫌わず、人から隠れ住むことも無く、ただ、私も私の家族も離れ離れになることも無く……いえ、待って、そもそもの前提条件が違うのかしら?」

 暫くリリカはブツブツと呟いた後、突然こちらを見ると、キッと眉を吊り上げた。


「ねえ、貴方、本当に純粋な人間?」


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