バスには信くん、さゆりちゃん。久美子の順番で乗り込んだ。

「おはようございます」

「……おはようございます」

「おはようございます」

 と二人に続いて、(人見知りをする)久美子はちょっと下を向きながら、バスの運転手さんである『大熊さん』に挨拶をした。

 大熊さんは無口で無愛想だけど、とても優しいおじさんでいつも久美子たちに「……おはよう」と小声で挨拶を返してくれた。

 でも、今日の大熊さんは久美子にも、そして先にバスに乗り込んだ信くんにもさゆりちゃんにも、挨拶をしてくれなかった。

 ……どうしたんだろう? 大熊さん、なにかきげんでも悪いのかな? 

 久美子はそう思って、ちらっとバスの運転席を見た。

 すると、『そこにいたのは大熊さんではなかった』。

 その姿をなんて表現すればいいのだろう?

 一言で言うのなら、『闇』だ。

 そこには暗い闇があった。

 もやもやとした闇がバスの運転手さんの制服をきてバスを運転していた。(帽子もきちんとかぶっている)

 そんなありえない光景を見て、久美子は思わず目を大きくしてその足をバスの乗車口の途中で止めてしまった。

 すると、その大熊さんのいる場所に座っている闇が、久美子のことをじっと見つめた。

 目などはない。鼻も耳も口もない。ただ、顔と思われる部分が帽子と一緒に久美子のほうにくるりと九十度回転しただけだった。

 大熊さんのバスの制服のネームプレートのところには『闇川』と言う文字があった。(この人は大熊さんではなくて、闇川さんと言う名前の人のようだ)

 久美子は思わずそこから逃げ出したくなった。

 でも、信くんもさゆりちゃんも何事もなくバスに乗っていた。

 二人はいつものバスの最後部の席に、窓際に信くん。その隣にさゆりちゃんの順番でいつものようにいつもの席に座っていた。

 なので久美子は逃げるようにその場を駆け出してバスに乗り込み、そのまま二人のいるところまで移動をした。

 そして二人に自分のことを守ってもらうようにして、二人の間にある、少しの隙間に強引に割り込んでバスの中央の席に座った。

「お? なんだよ、三島」

「……」

 信くんとさゆりちゃんが久美子を見る。

 久美子は目を点にしながら、背負っていたランドセルをお腹のほうに持ち替えて膝の上で抱えるようにして座って、どきどきとする心臓の鼓動をなんとか落ち着けようと必死だった。

 ……闇闇だ。

 と久美子は思った。

 あれはきっと闇闇だ。大熊さんは闇闇に食べられてしまって、きっと闇川さんという人に生まれ変わって、(あるいは変身して)しまったんだと思った。

 そう久美子が思った理由は闇川さんというネームプレートをつけた闇闇がきていたバスの制服に、見覚えがあったからだ。

 大熊さんのバスの制服の腕のところにあるボタンは一つ取れていた。闇川さんがつけていた制服のボタンも、それと同じように確かにボタンが一つ取れていた。

 つまりあれは、大熊さんの制服なのだ、と久美子は思った。

 ……心臓が、どきどきした。

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