第46話 特にない

 わたくしたちはご飯を食べ終えて、洗いものも終わって皆でテーブルを囲む。


「ララ、あなたのお部屋はどうしたいのかありますか?」

「わたし?」

「そうですわ。フィーネのお部屋は完成したので、次はララの番です」

「……」


 ララはわたくしをじっと見つめ、小首を傾げる。

 それから小さな声で答えた。


「特にない」

「え? 広さは東京ド〇ム3個分欲しいとか。高さは東京タワ〇くらい欲しいとか。色々とあると思うのですが」

「………………ない」


 それから彼女は考えてくれたけれど、本当に思いついていないようだった。


「特にないんですの?」

「ない。わたしは料理ができればいい。だから、部屋なんて寝るための場所があればそれでいい」

「……」


 そうハッキリと言われてしまうと、わたくしとしてもなんとも言いずらい。


「だからわたしの部屋は前に修理してくれたのと同じでかまわない」

「あのドワーフの宿舎ですの?」

「そう」

「自分の好みとか……ないんですのね?」

「うん」


 なるほど……。

 本当に自分の欲求はないということらしい。

 でも、それで本当にいいとはわたくしは思えない。


「では、少しお話しませんか?」

「お話?」

「ええ、ララが本当に料理が好きというのは知っていますわ。でも、それ以外に、したいこと、もしくは心動かされることがないか、お話しましょう」

「いいけど……」


 ララは意味あるの? という様な表情を浮かべている。


「では、ララはどんな風な生活がしたいんですの?」

「どんな風にとは?」

「そのままの意味ですわ。朝起きて、それから何をしたいですか?」

「料理」

「えっと……朝食とかは……」

「いらない。料理を作って、その味見でお腹はふくれる」

「それでは……次は?」

「寝る」

「わーお」


 朝起きて、料理して、寝る。

 なんとシンプルな生活だろうか。

 他の人が見たら拷問かと思われるような生活だ。


「他にしたいことありませんの? 誰かとお話したいとか……買い物をしたいとか……」

「……特にない」

「なるほど……では、フィーネ。あなたはどのような料理が食べたい、というようなことはありませんの?」


 わたくしは少し考え、フィーネに話を振る。


 フィーネはぼんやりとわたくしたちの話を聞きながら、ティエラの鼻をツンツンしていた。

 わたくしの言葉に驚くと、ちょっと考えてから答える。


「そうねぇ、もうちょっと野菜とか多くてもいいかも。キノコとか、サラダとか、そういった料理って色々とあると思うのよね」

「? サラダって野菜を切ってドレッシングをかけるだけじゃないの?」

「そのドレッシングだって色々と種類はあるでしょう?」

「!」


 ララは考えもつかなかったとでも言う様に目を開いて驚いている。


 なので、わたくしは彼女にこんなドレッシング……と言っていいのかわからないけれど、ある物を提案する。


「ララはマヨネーズという物をご存じですか?」

「マヨネーズ? 知らない」

「えっと、すごくざっくりと言うと、卵の黄身と、お酢と塩をよく混ぜ合わせて、そこの植物油を少しずつ混ぜてかき混ぜていく物のことですわ」

「なにそれ……知らない」

「とっても美味しいですわ。野菜にこのマヨネーズをつけて食べるだけでも十分に感じるほどに」


 わたくしがそう言うと、ララはスッと立ち上がる。


「今から作る」

「ああ、待ってください。卵は新鮮なものでないといけないということはありますわ」

「そう……」


 ララはちょっと悲しそうな表情をしているが、わたくしは彼女に言う。


「そうやって、自分で作るだけでない。人の話を聞いたり、料理の本を読んだりして、知識を深めるということも、料理を作る上で必要なのではありませんか?」

「そうかも」

「そして、そうやって勉強をしたり、人と話せたりするように部屋を作り上げていくことも、大事だと思いますわ」

「……なるほど」


 ララは小さくとも、頷いてくれた。

 少し考えた結果、彼女の考えを話してくれる。


「じゃあ、勉強できるように、机とイスが入って、集中しやすいような部屋にして欲しい」

「ええ、わたくしが考えられる限りの物をご用意いたしますわ」

「お願い。でも、人を迎えるようなのはいらない」

「あら? どうしてですか?」

「ここでクレアとフィーネとティエラ、マーレと話して聞きたい」


 そう言ってくれるのはわたくしとしてもとても嬉しかった。


「ええ、もちろんですわ。わたくしも同じ気持ちです」

「ありがとう……」

「いいのですわ。さ、もっと色々と話して、あなたにピッタリのお部屋を考えていきますわよ」


 わたくしは、ララが翌日の仕事に響かない程度に話した。

 当然、時折フィーネたちも、そこに混ざり、楽しい会話ができた。

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