第21話 祝い


 しばらく時桜の挿し木を眺めていた美乃梨だったが、ふと、もうすぐお昼時だということを思いだした。


「そろそろ帰るね。お昼の用意をしないとだし」

「えっ、あー、んー、まあ、もう大丈夫かな?」


 不思議な反応をする明葉に、美乃梨は首を傾げる。


「本当に帰って大丈夫そう?」

「うん! たぶん? とりあえず、私も桜真様に用があるから、一緒に行くね!」


 違和感だらけの会話だったが、美乃梨には悪だくみをしているようには見えなかった。

 彼女はいったん気にしないことにして、明葉と二人時守神社への道を行く。こうやって揃って帰るのは、初めてのことではなかった。


 いつもの暗い階段を上り切り、本殿の中に出る。それから居住区の方に出るのだが、不思議なことに家の方から感じる気配の数が多い。


(桜真のお客さんかな?)


 そうは思ったものの、どうも彼女も知っている気配な気がしてならなかった。


「なんかお客さんが多いみたいだね」

「そうだねー。ふふ」


 明葉は何か知っていることを隠す気があまりないようで、あからさまな笑みを浮かべている。時桜の所へ向かっている時と同じ顔だ。

 とはいえ聞いても教えてはくれないだろうと、美乃梨はそのまま居住区側の扉を開いた。


「あっ、コスモス! 綺麗に咲いたねー。さすが!」

「でしょ。花壇作って良かったよ。思ったよりたくさん咲いたから」

「そりゃ、みのりんは良い匂いの稀血だからねー」


 以前に明葉から買ったコスモス以外のもの、大根などの野菜や果実も順調に育っており、居住区域の庭は随分賑やかになっていた。

 熟れたら食べにくるだとか、野菜とコスモスは帰りに少し持っていくと良いだとか、いつものように雑談に矜持ながら、美乃梨が玄関の扉を開ける。


 と同時に、パンっという破裂音がいくつも響いた。

 呆気にとられる美乃梨へ煌びやかな紙飾りが降り注ぎ、火薬の匂いが彼女の鼻をつく。


「おかえり、美乃梨」

「えっと……」


 状況が飲み込めない美乃梨の前には、桜真の他、蓮やその旦那である大入道、和菓子屋の小豆洗いなど、この半年間で仲良くなった時守町の面々が顔をそろえていた。


「あら、桜真様、先におめでとうって言いませんと。美乃梨ちゃん、固まってますよ」

「ああ、すまない。誕生日おめでとう、美乃梨」

「おめでとう!」


 各々に祝われて、彼女はようやく思いだした。今日、九月二十四日は美乃梨の二十一歳の誕生日だった。


(色々ありすぎて忘れてた……)


 美乃梨は玄関で立ち尽くしたまま、ぼんやりと考える。まだ、認識が追い付いていなかった。


「……さぷらいず、と言うらしいが、好きではなかったか?」

「あっ、いやそうじゃなくて! ちょっとびっくりしただけで……」


 美乃梨は改めて、前に並ぶ面々へ視線を向ける。皆笑顔で、心の底から美乃梨を祝ってくれているようだった。それが、彼女にもしっかり伝わってきた。


「その、嬉しい……。ありがとう」


 美乃梨は頬を赤く染め、はにかむ。家族以外から誕生日を祝われたのは久しぶりだった。


(あ、桜真は家族か)

「ほらほら、早く入ろーよ!」

「う、うん」


 明葉に押される形で美乃梨は家へ上がる。手を貸してくれた桜真の横に並んで、蓮の先導に付いて行った。

 向かった先はいつも食事に使っている広めの部屋だ。人数は多かったが、全員が入っても十分余裕がある。

 そこに、人数分の豪勢な料理が並んでいた。


「うわぁ、凄い……! これ、蓮さん達が?」

「あら、そうよ。美乃梨ちゃんバースデースペシャルだから!」

「ありがとうございます!」


 普段『誰そ彼亭』で食べる料理の何倍も煌びやかに映る。

 それだけではない。部屋の中もモールや風船で賑やかに飾りつけてあって、美乃梨は懐かしい気分になった。


「飾りつけも凄い。これ、どうしたんですか? 時守町じゃこんなの無いですよね?」

「あら、私が買ってきたのよ。私は人間を驚かせて生きる妖だから、紛れ込むのは得意なの」


 一部の妖は人間を驚かすことで力を蓄え、存在を保つというのは美乃梨も知っていた。それもあって、だから蓮は横文字を使ったり現代人らしい恰好をするのかと別の所で納得する。


「ともかく、皆一度座ると良い。せっかくの料理が冷めてしまう」

「おっと、そうですね桜真様。俺と妻が腕によりを掛けて作った料理だ。上手いうちに食ってもらわにゃ勿体ない」


 桜真と大入道の言葉を契機にそれぞれが席に着き、美乃梨と桜真が隣に並ぶ。奥に二人が座って、左右に他の面々が並ぶという形だ。これで白無垢でも着れば神前式に見えるのだろうか、などと美乃梨は夢想した。


「皆、美乃梨の生誕祝いに集まってくれたこと、改めて感謝する。この席は無礼講ゆえ、皆も存分に楽しんでほしい。その方が美乃梨も喜ぶ」


 美乃梨は集まってくれた友人たちに頷いて見せる。実際、美乃梨の本音もそうであった。


「美乃梨」

「あ、うん」


 それぞれの視線が美乃梨に集まった。美乃梨は立った方が良いのかと悩みながら桜真を見るが、よく考えると彼も座ったままだったと思いだす。


「えっと、今日は私のためにありがとうございます。その、まさかこうして祝って貰えるとは思ってなくて、誕生日会なんて何年かぶりで、嬉しくて、て、ああもう上手く言えない」


 妙に緊張しているのが丸わかりの挨拶だった。頬を少し染めながらどうにか言葉にしようとする彼女を、各々が微笑まし気に見つめる。


「とにかく、本当に嬉しいです! ありがとうございます! 皆も楽しんでくれるともっと嬉しいです!」


 拍手が響いた。美乃梨はそれだけで胸が温かくなる。

 大学で他の人間とのズレを感じながら生きているよりずっと幸せで、あの日桜真に助けられたことを心の底から感謝した。


「ではさかずきを」


 桜真の言葉で、各々が杯を持つ。この後仕事があるだろう面々も酒に満たされたものを持っていて、美乃梨に流石という感想が浮かんだ。


「美乃梨の生誕を祝って、乾杯」

「乾杯!」

「かんぱーい!」


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