第14話 重ねる日々


 昼を終えてからも二人は買い物を続けた。桜真が久方ぶりに一日空いているというので、そのままデートをしようという話になったのだ。

 

 一度荷物を置きに神社へ戻った後は、町の南側と東側を中心に歩き回る。生活必需品以外の店を美乃梨は殆ど知らなかったので、そろそろ部屋を飾りたいと思っていた彼女にとって良い機会だった。


 商店街だけでなく東側の職人街にも向かったのは、これまで神術で代用していた調理器具が欲しくなったからだ。せっかく野菜を育てたのだから、というのは本音が半分、建前が半分で、桜真に自分の作った料理を食べて欲しかったというところが大きい。

 

 桜真だけではない。この三か月や、これから先仲良くなる人ならざるモノたちにも食べて貰いたかった。そして、喜んで貰いたかった。


 その目論見が上手くいきそうで、美乃梨の足取りは軽い。弾む足を向けた先は、初日に出会った蓮というろくろ首の働く店、『たれかれ亭』だ。

 夕飯にはまだ早い時間だからか、店内には空席が目立った。


「あら、いらっしゃいお二人さん。奥へどうぞ」


 二人で『誰そ彼亭』へ来るのは初めてではない。慣れた足取りでいつもの席へ着く。店の一番奥にある半個室のそこは、座敷に掘りごたつを置いた席だった。

 少し遅れてやってきた蓮はいつも通り、現代的な化粧と髪型をして、着物に身を包んでいる。手に持っているのは二人分のお茶とお品書きだ。


「後で来る?」


 蓮の問いに、美乃梨は頷く。概ね頼むものは決まっていたのだが、まだいくらか食べたことの無いものもあったからだ。

 桜真に人間の食べられるものかを確認しながら頼むものを決定し、ようやく二人は一息ついた。今日はお酒も飲む予定だ。


 買ったものを確認しながら雑談をしている間に料理も届けられ、大きな徳利とさかずきも人数分以上に並ぶ。神の血故になのか、美乃梨はかなり飲めるタイプだった。


「そういえば、どこの店に行っても店員さんの名前知ってたよね? 町の人の名前みんな覚えてるの?」

「名を持つものはな。我々は名無しも少なくない」

「ふぅん。なるほどね」


 美乃梨は目を細めながら料理へ手を伸ばす。机の上に並ぶ料理は、以前に勧められた魚の他、野菜が多めだ。


「何がなるほどなのだ?」

「いやぁ、桜真が慕われるわけだなぁって。あ、これ美味しい。レギュラー入りかな」

「私は主様の使いとしての役割を全うしているだけなのだがな」


 桜真は本当に分かっていないようで、首を傾げている。名持ちだけで何百といる住人は把握しているのに、ちぐはぐで、美乃梨にはそれが酷くおかしく見えた。


「それより桜真も食べなよ。これ美味しいよ」

「ああ、そうだな」


 桜真が仮面を外し、美しい男の顔を露にする。美乃梨と同じ食事を摂るためだ。白い短髪は店の明かりに照らされてオレンジに染まっていたが、桜色の瞳は変わらぬままそこにあった。


「はいお二人さん、これサービスねって、あら、イケメン」


 食事も粗方終わった頃、蓮がスイカを持ってやってきた。何だかんだで桜真の人間姿を見たことが無かったようで、口元に手を当てて目を丸くする。


「あ、蓮さん。ありがとうございます」

「ありがとう」

「ああ、うん、それは良いんだけど、あらあら、桜真様ってそんなイケメンだったんですね」


 蓮は、ほう、と興味深げな声を漏らして顎に手を当て、桜真をまじまじと見つめる。美乃梨はすっかり見慣れてしまっていたが、やはりこういう反応になるかと苦笑いした。


「あら、私ったら。ごめんなさいね美乃梨ちゃん。盗ろうなんて思ってないから安心して」

「分かってますよ」


 言いながら、美乃梨は口元に左手を当てて笑いを抑える。その手を見て、蓮は首を傾げた。


「あら、結婚指輪はしてないのね?」

「結婚指輪?」


 桜真が首を傾げた。そんな彼を見て、蓮は納得したように頷く。それから美乃梨をちらっと見て気にした様子がないのを確認すると、ほっと息を吐いた。


「あら、人間の風習ですよ。夫婦になった二人が揃いの指輪を左手の薬指に付けるんです。約束の段階でつける婚約指輪っていうのもあるんですよ」

「ふむ……」

「気にしなくていいよ。しない人たちもいるし」


 実際、美乃梨は全く気にしていなかった。そんなものが無くても、彼との関係に不安を感じる事が無かったからだった。それほどに彼は、美乃梨を分かりやすく愛していた。

 その理由は、美乃梨も未だに分からない。しかしそれも、もうどうでも良くなりつつあった。


「あら。そういえば、正式に夫婦めおとの契りを結んだって話は聞きませんね?」


 少し、美乃梨の胸がざわついた。


「ああ。全てを終わらせなければ、正式な契りは結べない」


 美乃梨は胸を撫でおろす代わりに、さかずきへ口をつける。妙に力が籠っていたようにも感じていたが、相手は堕霊だりようなのだから当然かと考え直して、それを頭の片隅に追いやった。


「まあ、お祝いの時は呼んでくださいね。旦那と目いっぱい腕を振るいますから!」

「ああ。その時は、よろしく頼もう」


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