第12話
ホテルにはオーラス二日前から泊まることになった。
専用露天風呂がある最上階の部屋を二部屋予約しており、それぞれ定員は最大五名まで泊まれるということで、人が増える旨をホテルに伝え了承を貰った。
「優希くんと望くんで一部屋ずつだったんですか? あの広い部屋」
『そうそう。勿体なさすぎん? って話はしてた』
オーラスの日にColorS*全員でどうしても行きたいと言った恭弥に返って来たのはあっさりとした了承の返事だった。たまたまColorS*のスケジュールも空いていたし、特典映像用の素材としても申し分ない。急遽ではあるが、ColorS*も仕事として彼らの地元を訪れることになったというのが正しい。
返信がきた後に正式なオファーがあり、全員が同行する事になった。
その事が決まった夜、優希が電話をしたのは結音だった。
「恭弥に電話してあげれば喜んだと思いますけど」
『リーダーは結音だろ』
「まあ――、一応、ですけど」
『一応ってなんだよ』
結成当時から結音がリーダーなのは変わらない。けれど、ColorS*をよく知らない人はセンターでイメージカラーが赤の茜音がリーダーだと思っていることが多い。ColorS*は毎年ツアーができ、個人の仕事も増えた。アイドルとして成功はしたと思うが、結局ミリオンヒットを飛ばすことは出来ず、個人の知名度も誰もが知るというほど浸透しなかった。今の時代はCDが売れない――というが、一年ほど前デビューした後輩はダブルミリオンを売り上げた。
そして、それぞれが既に主演ドラマ、映画とオファーが続き忙しくしている。
重いため息が出そうだったが、結音はぐっと耐えた。
『――お前らのデビュー十周年に被せるみたいになって悪かったな』
「優希くん、それは――そんなこと気にしてるんですか? 優希くんが」
『なんだよそれ』
はは、と優希は笑ったが、電話越しでも表情がないことは伝わる。後輩のデビューで一番あおりを受けたのは桜乱舞の二人だったからだ。
『まあ、俺らは売り方が狭かったせいもあるけどな』
桜乱舞はその名称から桜を基調とした衣装や歌が多い。そして美しく儚いステージ構成が受けていたのもあり、年齢層の広いファンに支持されていた。
けれど、ダブルミリオンを売り上げた後輩のデビュー曲にも桜が用いられた。
メンバー主演ドラマのタイアップにも起用され、視聴率がよかったこともありアイドルファン以外にも届く名曲となった。
桜が用いられたのはドラマの内容に寄り添ってのことだったが、この事により桜のイメージが後輩のものになってしまった。
彼らが解散を決意した背景にはこの事があったからかもしれない。
『今の時代はアイドルの寿命が長いけど、毎年、――年々すり減っていくんだ。正直、五人以上でグループ組んで、十年経つのに誰も居なくならなかったのは奇跡だと思う』
「――はい……」
『まあ、俺らは限界が来たって感じだな。貯金もあるし、地元で農作業でもして暮らそうかなって話になったんだよな』
「――はい、」
『それで――だ』
これからが本題だ、と優希が言う。
『俺は望と二人だったから、言いたいことも言いたくないことも、全部言い合ってきた。でも、お前らはまだどこか遠慮があるだろ。人数も多いし、喧嘩をすれば後を引く。誰かが言いたい事を飲み込まないとグループとして成り立たなかったんじゃないか』
ドキッとした。言いたい事を口に出しているのは基本的に茜音と恭弥で、七星と叶羽は自己主張が少ない。結果的に間を取り持つように結音が話をまとめることが多いのは事実だ。
『十周年を迎えたのは大きいけど、それが誰かの感情を抑えての十年なら、そのうち限界がくる。ファンも敏感だからな――下手したらファン同士で抗争が起きたりもする。一生アイドルをする覚悟があってもいいけど、限界が来たらさっさと逃げろよ』
「そうですね。俺はさっさと逃げますよ?」
ファン同士の抗争――自身の推しだけ溺愛しその人物の感情を決めつけ、他のメンバーを貶める。そして貶められたメンバーのファンが、貶めたファンを攻撃する――SNSなどで頻繁に見るようになった。もっと悪質なものは、コンサートにメンバーの悪口を書き込んだうちわを持ち込んだり、ソロコーナーでは着席してこれ見よがしに退屈に見せたりするのだ。
結音はそのようなファンは必要ない――いや、ファンとして認めない。個人情報の開示が出来るのであれば、ファンクラブ退会の措置をとってもいいのではないかと思う方だ。
けれど、全員が結音のように自身の感情をすり減らしながらも立ち上がる気骨があるわけではない。
優希が言いたいのはきっと――それだ。
『結音はそうかもな』
誰が――とは言わないが、彼が心配しているのは七星と叶羽だろう。自己主張が少なく、言いたいことがあるだろう時も感情を飲み込む。もちろん、恭弥と茜音が悪いわけではない。ステージ構成や衣装制作など、彼らが主張していかなければ立ち行かないことの方が圧倒的に多い。
控えめだが衝突が起こりそうな時はきちんと仲裁に入る七星と叶羽がいなければ、喧嘩別れもあったかもしれない。
十年を共に過ごした情もあるが、結音はメンバーと離れたいと思ったことは一度もない。
「大丈夫――です。ちゃんと、見ます。俺は、まだColorS*で居たい」
嘘偽りない本音。それは優希にも伝わったようで。
『応援しとるわ。頑張りんちゃい』
最後に、彼らしい言葉で応援された。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます