帝都あやかし物語

来海 空々瑠

序章

序章

「ああ、なんてことなの……!」

「誰か、医者を!医者を呼んできてくれ!」


物音と叫ぶような悲鳴が聞こえてきて、私はぼんやりとする頭を起こし目を開いた。その瞬間、目に入ったのは血を流して倒れる隣家の娘、高羽たかば椿つばきの姿。


私を姉のように慕っていた椿が血まみれになっていて、私は慌てて彼女に駆け寄った。


「椿っ!しっかりして、椿っ!」


花模様が描かれた撫子色の着物には、赤い血が付着している。脇腹から出血しているようで、椿は眉間にシワを寄せながら「ううっ」と小さく唸っていた。


どうして、こんなことに──。


そう思っていると、高羽家の使用人が医者を連れて部屋へと戻ってきた。私はすぐさま助けを乞おうと思い、「お医者様!」と叫び立ち上がった。


「ひぃ!」

「近寄るな、人殺し!」


けれど、向けられたのは恐怖と厭忌えんきの眼差し。どういうこと、と思い、視線を地面に向けると、私の足元には血で染まった包丁が落ちていた。


「え……」


状況が飲み込めず、頭が混乱する。この部屋には私と椿しかおらず、私の足元には凶器と思われる包丁。そして、私の手のひらは、椿のものと思わしき血で赤く染まっていた。使用人が「人殺し!」と、再び私に向かってそう言った。


「ち、違うわ!私、気づいたらここで眠っていて──」


状況を説明しようにも、医者の男が「すぐに、その娘を捕まえろ!」と言うと、どかどかと男たちが部屋へと入り込んできて拘束される。


「離して!私は、何もしていないわ!」

「うるさい、大人しくしろ!」


数人に腕を掴まれ、畳の上に顔を押し付けられる。その瞬間、うっすらと目を開けた椿と目が合った。その口元は、にやりと弧を描いていて私は目を見開いた。


『あやめお姉様、ごめんなさい。……私、あなたのすべてを手に入れたいの』


唐突に思い出した言葉と、意地悪く微笑む椿の顔。


ああ、私は彼女にめられたのかと、その瞬間理解したけれど、すべてはもう後の祭りのことだった──。

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