モテ体質の女の子だけど女子高なら問題ないよね?

百合の人

第1話

 セミの声が聞こえ日射しが心地よく、夏の訪れを感じる高校2年の夏。そんな時期外れに、この百合ヶ咲学園に転校することになった。

 わたしの名前は、小鳥遊唯たかなしゆい。内向的な性格で人付き合いが苦手で、いわゆる陰キャと呼ばれる人間だ。


 前の学校では人との関わりを避けて生きてきたが、どういう訳か恋愛ごとのトラブルに毎回巻き込まれてしまう。その状況に疲れ果て親の勧めもあり異性間のトラブルと無縁な、女子高に転校することを決意した。


 そして、今日は登校初日。不安と緊張で胸が締めつけられる。


 校内に目を向けると、女子校らしい明るい雰囲気で包まれていた。生徒たちは自由にメイクやファッションを楽しんでおり、陽キャが溢れている。


「大丈夫……これまで頑張ってきたんだ。今日からわたしは変わるんだ。鮮烈なデビューを飾り、青春ライフを謳歌するのだ!!」


 そう決意し、学園に足を踏み入れる。


 ……


 なんて、気合入れてたのが懐かしいな。現実は甘くなかった。未だに友達はゼロ。放課後、教室でひとりぼっちなのは自分だけ。


 浮いているのが痛いほど分かる。なんとなく、こんな未来になることは分かっていた。わたしだけ友達作り周回遅れだし、かといって自分から積極的に話しかけられないし。


 ――息苦しい、つらい。


 なんでわたしがこんな所に……場違いも甚だしい。周りを見渡せば、キラキラの女子だらけ。陰キャのわたしとは全てが対極。


 単細胞生物のわたしなんかが、人間のみなさまと混ざろうなんて無理があったんだ。ミジンコはミジンコらしく慎ましく生きていこう。グッバイわたしの青春。


「ねえ、これからみんなでスタバいかない?」


「南さんもどう?南さんいたらみんな盛り上がるって」


 会話をしている集団に目を向けると、一際ひときわ目立つ存在がいた。

 うわっ眩し!あれはクラスメイトの南 琴梨ことりさんだ。


 文武両道で何をしても完璧。極めつけは圧倒的なビジュアル。長い黒髪は光沢を持ち、さらさらとした質感が、まるでシルクのように輝いている。鼻筋は通っていて、まるで彫刻のように美しい。まさに「美少女」の代名詞言われている。わたしもそう思う。


 住む次元が違うな。ここにいると、陽のオーラでわたしが灰になってしまう。あそこに逃げよう。


 わたしは、最後まで会話を聞かずに落ち込んだ気持ちを引きずりながら、屋上へ向かった。


 生き返るー!人が少なくとても落ち着く。今日は無理だったけど、明日から陽キャになろう。陽キャに囲まれて生活すれば、自然と脱陰キャできるはず。今はこの音もなく、無限に広がる空に身を任せよう。


 あーポカポカ陽気で眠たくなってきたな。これで、わたしの陰のオーラを浄化してくれないかな太陽さん。


 屋上で1人を満喫していると誰かがわたしの世界に入ってくる。


「あの、私も混ぜてもらっていいかな」


 耳を優しく刺激する甘い声のほうに振り返ると、そこには南琴梨さんが立っていた。


 な、なぜこんなところに……いまごろ陽キャ特有のスタバで、ティータイムを嗜んでいるはずでは!?


「ど、どうしてこんなところに南さんが?」


「あなたが浮かない顔をしていたから心配で」


 こんなにも美しく、完璧な存在がわたしのことを心配してくれるなんて、夢のようなだ。


「べ、別に大丈夫です!ちょっと息苦しくなって屋上でリフレッシュしようと思っただけです。もう落ち着いたので!」


「そっか、それなら良かった。同じだね、私たち」


 同じ?陰キャのわたしとクラス1の美少女の南さんが?月とスッポン並みに違うと思うけど?


「どういう意味ですか?」


「息抜きに私もよくここに来るんだよね」


「そうなんですね。なんか意外です。南さんって完璧だから」


「完璧?そんなことないよ。人の期待を背負ってばかりで、毎日パンクしそうだよ」


 南さんが完璧じゃなかったら、わたしなんかミジンコ以下だよ……


「でも、勉強も運動もできて……可愛くて。わたしに無いものばかりで羨ましいです」


 気づけば口から本音がこぼれる。南さんは苦笑を浮かべていた。

 

 てか、今わたし、学年1の美少女と一緒にいるんだよね。ヤバい意識したら急に緊張してきた。わたしのせいで少しだけ空気が重いし、面白い冗談とか話したほうがいいのかな?でも、話題が出てこない。どうしよう、どうしよう――。


「そ、そうだ!疲れてるならわたしがハグで癒してあげます!小鳥遊セラピーなんちゃって!」


 あまりに唐突な提案で、彼女は唖然としていた。


 失敗した!!完全にこれではないことだけは分かる。


 陰キャすぎて、まともな会話の仕方が分からないよ。恥ずかしい、穴があったら入りたい……この沈黙がとにかく気まずい。あー誰かわたしをこのまま突き落として下さい、ほんと切実に。


「じゃあ……お願いしようかな」


 ――嘘でしょ!?冗談に決まってるのに、本気で受け取られてる!


 「えっ、ほ、ほんとにいいんですか?」


 「うん、今日ぐらいは誰かに甘えてみようかなって」


 南さんは両腕をそっと広げ、受け入れ体勢に入る。


「じゃあするよ南さん、後から嫌な思いしたとか言わないで下さいね」


「そんなこと言わないよ」


 覚悟を決めろ――ここで逃げたら陰キャのままだ!


「え、えいっ!」


 意を決して、わたしは南さんに抱きついた。屋上にはポフっと可愛い音が響く。

 

  柔らかい感触と優しい香りに包まれる。その瞬間、全身が緊張で固まった。

 やばい、南さんめちゃくちゃいい匂いする…!これって本当に許される行為なの!?

 

 全校生徒のみなさんごめんなさい。わたしなんかが南さんとハグなんかを。この事実がバレたらクラスで晒し首にされるよね。


 緊張でめっちゃ汗かいてるけど、臭くないよね?なかなか離してくれし、そろそろ離れないと、南さんがけがれてしまう。


 わたしなんかが、南さんを汚したら…切腹ものだ。

 そう思い、急いで背中に回していた腕を離し、自ら南さんとの距離を取る。


 一瞬、残念がってるように見えたが気のせいか?


   「小鳥遊さんありがとう、凄く癒されたよ」


 なんて眩しい笑顔!たしかにこの顔は、みんな好きになるわけだ。


 てか、今チャンスじゃね?学校1の美女と仲良くなれたら、高校生活安泰でしょ。


 脱陰キャ……これを逃す訳にはいかない。


「あの!南さん、いきなりですけど、わたしと友達になってください!」


「いいよ。なんかの縁だし、これからよろしくね」


 あっさりOKをもらえた!今日で全ての運を使った気がする。神様ありがとう!!見ててね立派な陽キャになるから。


「私はもう帰るね。唯も遅くならないうちに帰るんだよ」


 いきなりの名前呼び、これが陽キャ。わたしにはハードルが高いな。それにしても南さんは天使のような優しさだなぁ。友達だって実感が全く湧かない。



 一方、教室では、屋上での出来事を思い出し呼吸が荒くなる南琴梨の姿が。


 ……小鳥遊唯、可愛すぎない!?


 急にハグとか言われてビックリしたけど、優しく包みこむようなあのいい匂い。

 全身柔らかくて凄く気持ちよかった。あと顔にずっと胸が当たって……


 女の子どうしのハグなんて、普通なのになんでこんなにドキドキするんだろう。なんだろうこの気持ち……


 唯のことを考えると心音が高鳴ってしまう。

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