後日談 最終話
イグニスがノックをすると中から聴き馴染みのある低音の声で応答がある。
いた、今日こそちゃんと話をするんだ。
「団長、お客様です。開けますよ」
イグニスは返事を待たずに扉を開けて、サッと立ち去って行った。
「イグニス、またお前は勝手に開け……ッ!ソニアスッ?」
扉の向こうにソニアスが立っているのに気づき、リンガルは机に向かった姿勢で口をぽかんと開けたまま驚いている、構わず部屋へ入った。
「入るぞ」
こじんまりとした質素な部屋に机が二つ、その一つにリンガルはいた。
目の前まで歩き見つめるとリンガルは目を逸らした。
「何故目を逸らす」
「……」
「お前、俺を避けてるだろう。何が気に入らないんだ、仕事を辞めなかったからか?」
「いや、そうじゃない。仕事は、辞めなくていい」
「だったら何だ、何度も第三の隊舎に来ていたな、言いたいことがあるならはっきり言え!」
仕事のことでないなら何だ、さあ、答えろ!
じろりと睨め付けた。
「いや、ああ……ここで話すことじゃないな、今夜話さないか」
この後に及んで誤魔化す気じゃないだろうな。
「今度逃げたら屋敷を出ていくからな」
「なっ」
リンガルは観念したように肩を落とした。
夕方、待ち伏せをしたソニアスは、リンガルを馬車に乗せしばらく走らせた。
「ソニアス、ここまでしなくても逃げる気はなかったぞ」
信用してないから馬車に乗せたのではない、ソニアスにも伝えなければならないことがあったから、ある目的の場所へ向かっていた。
「そこまで疑ってはいない、行きたい場所があるだけだ」
窓から見える景色が街から並木道に変わり、止まった。
外はすでに薄暗く、街灯がなければ足元も見えないくらいだ。
「ここは、街の庭園か?」
「ああ、こっちだ」
王都の隅にある庭園だった、奥に進むとほのかに光を発している不思議な場所があった。
植えられている白い花の群生が淡い光を発していたのだ。
「これが光っているのか、こんな花があるとは知らなかったな」
「夜にここに来る者はいないからな、穴場だ」
街灯はあるもののその間隔は広く、人影は見えるが顔まではわからないほど暗い、この時間に庭園を訪れる者はいなかった。
それでもこの光る花の近くでは誰がいるかわかる程に明るい。
ソニアスがこの場所を知ったのは、たまたま隊舎で誰かが話していたのを耳にしたからだ、なので穴場とはいえ騎士達の間では知られたところなのかもしれない。
今日誰もいないのは運が良かった。
「それで、俺を避けていた理由は何だ」
「うっ、言わなきゃダメか」
「ダメだ。何かある度にこんな風に距離を取られたくない、言え」
リンガルは近くのベンチに腰掛け、顔を見られたくないのか右手で目元を隠した。
「第三に行くたびにお前のところには誰かがいる、魔導師達は群がっているし、他の隊の騎士がいる時もある、第一王子だったり聖女だったり……。お前は以前に比べ、心の壁みたいなものが外れて近寄りやすくなった、自分じゃ気づいてないだろうが隙だらけなんだよ」
「第一王子と聖女はともかく、他は仕事上のことだぞ?」
リンガルは大きなため息をついた。
「そういうとこだ、そんなだから俺は」
「俺は?」
「お前に近寄る奴は排除したいし、お前に対しても酷くしてしまいそうで近寄れなくなった」
「は」
なんと、最近の変な態度は嫉妬からだったのか、ソニアスは今更ながらリンガルの独占欲を知った。
「ただの嫉妬だ。……呆れたか?」
ダガートが言ったように子供っぽいのかもしれないが、ソニアスは無性に可愛いと思ってしまった。
情けない顔をして見上げて来る男を撫で回したいのを堪え、目の前に跪いた。
「いや、俺の自覚が足りなかったと反省はしている」
イグニスが言ったことも思い出し、己にも改めなければならないことがあるなと気づいた。
「違う、ソニアスに悪いところはない。言ったことは忘れてくれ、お前は自由にしていい。俺の心が狭いだけなんだ」
俺を優先してくれる言葉に甘えてはいけない、その為にここに連れて来たのだから。
ローブのポケットから小さな箱を取り出し、リンガルの目の前で開けた。
「本当は結婚式の時に出そうと思っていたんだが」
「指輪?」
箱にはシンプルな銀色の指輪が台座に収まっていた。
「この国には無い習慣なんだが、これが俺の元の世界の結婚を申し込む時の方法なんだ」
リンガルが目を見開いてソニアスを見つめる。
この国の婚姻に指輪をつける習慣は無い、だがソニアスは指輪を付けたくて秘密で作っていた。結婚式のサプライズとして用意していたが、渡すなら今だろうと屋敷に取りに戻ったのだ。
「リンガル、俺と結婚してください」
「も、もちろんだ」
「元の世界の結婚式では健やかなる時も病める時もと言って、いい時も悪い時もお互い助け合っていくことを誓う言葉があるんだ。俺もそう誓いたいと思っている」
「ソニアス……」
「何かあれば我慢せずに言ってくれ。二人で生きていくんだろう?お前に幸せにしてもらうんじゃない、二人の力で幸せになりたいんだ」
ゆっくりとリンガルの両腕が伸びてきて、ソニアスを包み込んだ。
「すまなかった。お前が俺の伴侶になってくれるなんて今でも夢のようで、格好悪いところを見せたくないと意地を張ってしまった」
「逃げ回るのも十分格好悪いぞ」
「言ってくれるな、お前に逃げられたくないと必死なんだよ、俺は」
ソニアスはそっと腕を背中に回した。
「バカだな。俺の気持ちを疑うな」
「ああ、悪かった」
「それに、お前に……酷くされても嫌いにはならない」
リンガルの体が強張った。
「おまっ、ああもう。なんでここは庭園なんだ!」
「はははっ」
リンガルの心情が手に取るようにわかり、思わず吹いた。
「おい、今すぐ帰るぞ!」
「ああ。ふふっ」
手を引かれ馬車に向かう間、ソニアスはずっと笑っていたのであった。
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