KISS, KISS, KISS Yeah!

モシカシテ……



「ゆ、ゆ、ゆ、遊佐くん」


「少し、落ち着けよ」


 新宿の某ホテルのロビーで、わたしと遊佐くんは、ある人たちを待っている。


「落ち着いてなんか、いられないもん」


 だって、第一印象が大事でしょ?


「どうあがいても、しっかりした彼女には、どうせ見えないから。普通にしてろよ、普通に」


 なんて、むしろ、遊佐くんは面白がってるみたいだけど。


「そんなこと言ってる遊佐くんだって、わたしの家に来たとき……」


「もう、いいだろ? その話は」


 わたしが話そうとしたら、途端に顔をしかめる、遊佐くん。でも。


「うふふ」


「何だよ?」


 いつものように、遊佐くんに顔をのぞき込まれる。


「あのときは、感動したなあと思って」


 そう。遊佐くんが、わたしのお父さんとお母さんに、あいさつに来てくれた日。


「バカにしてるだろ?」


「どうして? 緊張しすぎて、お茶をこぼしたり、まともにしゃべれなくなっちゃうくらい、愛されてたんだなあって」


 普段、あれだけ、何でもソツなくこなしてる遊佐くんがね。


嘉子かこも、すごくよろこんでたよ。遊佐くんが、お兄ちゃんになるって」


 ずっと、危ぶまれていたけどね。


「とにかく、今日は、おまえの番だから」


「あ。そうだった」


 思い出したよ。わたしは、これから、遊佐くんのご両親と初の対面なの……!


「今のうち、練習しとかなくちゃ。えっと、わた、わたくし、立原璃子と申しまして、ですね」


「来た」


「えっ?」


 と、そこで、握っていた遊佐くんのシャツの裾を離して、顔を上げた。


「ほら。向こうから歩いてくる、あの二人」


「あれが……」


 予想に反して、遊佐くんと違った、純日本人的な顔立ちのお父さんと、可愛らしい感じの小柄なお母さん。


「あ、えっと、どうするんだっけ? 最初に……」


 すでに、パニックを起こしかけたわたしの耳に、ため息混じりの遊佐くんの声が届いた。


「最初に、言っておくけど」


「うん?」


「前にも話したとおり、変わってるから。どっちも」


「や、そ、そうかな?」


 二人とも、すごく上品そうな……と、そこで。


「何年ぶりだ? 類」


 遊佐くんのお父さんの方から、わたしと遊佐くんの目の前に歩み寄ってきた。


「五年以上、会ってないんじゃなかった?」


「元気そうだな」


 遊佐くんと横に並んでる、お父さん。よく見たら、やっぱり、遊佐くんに似てる。背も遊佐くんと同じくらい高いし、醸し出す空気感が……。


「で、君が璃子さん?」


「あ、は、はい。立原 璃子と申する……いえ、申します、です」


 案の定、口ごもってしまった。


「可愛くて、魅力的な人だね。類には、もったいないみたいだな」


「そんな! いやいや、とんでもないです」


 想像していたより、軽い雰囲気でいけそう? ほっとして、元気に返事する。


「璃子さんね? はじめまして」


「あ、はじめまして。璃子です。どうぞ、よろしくお願いします」


 今度は、ふわりと笑った遊佐くんのお母さんに、あいさつを返す。さすが、遊佐くんのお母さん。全然、遊佐くんの年の息子がいるようになんて……と、心の中で感心していたら。


「類でいいの? 本当に」


 不意に、お母さんに聞かれた。


「そんなの、もちろんです」


 うれしくて、たまらないんです。


「でも、この子」


「はい?」


「絶対、浮気するわよ?」


「…………」


 お母さんの悪気のない笑顔に、固まってしまう。


「何、バカなこと言ってるんだよ?」


 遊佐くんも、あきれたように口をはさんできたけど。


「いえ。遊佐くんは、そんなことしません」


 いつだって、遊佐くんは、わたしに対しては誠実でいてくれるもん。カン違いで、心変わりされたことはあったけど、浮気はなかったはず。


「そうかしら? だといいんだけど」


「いいから、行こう。食事の予約してあるから」


 顔を合わせた早々、すでに疲れきった表情の遊佐くんに促されて、わたしたち一行はエレベーターに乗り込んだ。なんとなく、引っかかるものを感じながら……。







「最後に会ったのは、類が大学生のときだったか?」


「ああ。たしか、一年の秋頃だった気がする」


 冷たいスープに口をつけながら、ものめずらしい、遊佐くんとお父さんたちの会話を聞いている。


 なんだか、不思議。遊佐くんのお父さんとお母さんが、もうすぐ、わたしのお父さんとお母さんにもなるわけだもんね……と、そこで、思い出したように、お母さんが声を上げた。


「そうだったわ、あのときね。部屋に残してきた彼女のところに早く戻りたくて、お茶だけ飲んで、すぐに帰っちゃったとき」


 大学一年生の秋? その頃の遊佐くんの彼女はというと ————— 。


「璃子さんだったんでしょう?」


「あ、いえ! おそらく、わたしとは違って、何から何まで完璧な、菜乃子ちゃんという素敵な女の子かと」


「そういうことは、いいから」


 嫌な顔をして、話を遮る遊佐くん。そして。


「それにしても、放っときすぎだよ。たまには、息子のようすでも見に来ようとか思わないもん?」


 話の方向を変えるべく、遊佐くんが話題を振ると。


「嫌よ。そんなの」


「えっ? ど、どうしてですか?」


 お母さんの意外な言葉に、思わず、大きく反応してしまった。


「類の部屋を開けたら、類と裸の女の子がいたこと、一度や二度じゃないのよ? それも、中学に入ったばかりの頃から」


「…………」


 お、お母さん?


「おい、美奈子」


 お父さんが、お母さんをたしなめていたけど。


「考え直すなら、今のうちよ? 璃子さん」


 同情するような視線を、お母さんに向けられる。


「その、わたしは……」


 そっと、遊佐くんの方を見たら、げんなりしつつ、申し訳なさそうな表情を返された。


「わたしなら、大丈夫です! 遊佐くんのこと、信じてますから」


 そうだよ。あえて、自ら積極的には考えないようにしてるだけで、遊佐くんの過去なんて、想定内だし。そんなことを気にしてたら、遊佐くんとなんか、つき合えないもん。


「なら、よかった。よろしくね、璃子さん。よくできた女の子で、うれしいわ」


「あ、は、はい。こちらこそ」


 ニッコリ笑うお母さんに、引きつりがらも、わたしも笑顔を返す。もしかして……いや、もしかしなくても。わたし、お母さんに嫌われちゃった?



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