第8話 3人の落伍者
そこは東京某所。夜の店ひしめく大通りから外れた場末の居酒屋。
良く言えば古き良き、悪く言えば汚らしい寂れた店内。その奥にあるこぢんまりとしたテーブル席に2人の男が座っていた。
1人は若々しく見せようと派手目のシャツを着てパーマのかかった茶髪を弄る初老の男。もう1人はワイシャツ越しでも分かる程に筋骨隆々とした30代後半くらいの男。彼らは卓に紙の束を広げ何やら話し込んでいる。
「結果から言うと、大した収穫はありませんでした」
「う~ん、やっぱりそうだよねぇ。どの情報も二番煎じ、三番煎じって感じだし」
「大きな話題になった分、情報も隅々まで掘り起こされましたからね。もう掘れそうなものは無いですかね」
「いやいや、我々にはまだ手段があるでしょ」
「・・・でっち上げ、ですね」
「人聞きが悪いな~。脚色、だよ。情報が出尽くして目新しいものが無いのなら!今まで触れられてない方向に話を持って行って、ソレっぽいストーリーを作れば良いじゃない!ってコトよ」
「でも、”呪い”とか”怪異”の方向に持って行くんですよね?今更ですけどそういう方向性の記事ってそれこそ出尽くしてません?」
「呪いは呪いでも今回は”祖父母の住む地域の伝承”と関連付けて、しかもあの”超有名人”が関わってくるとなれば、オカルト好きゴシップ好き読者は食いつくでしょ」
「超有名人?って誰です?」
「そろそろ来ると思うんだけどね~」
小和田さんが時計を流し見たとき、居酒屋の戸がガラガラと空いた音がした。小和田さんと俺は戸の方に顔を向ける。
戸を開けて入ってきたのは女性だった。艶やかな黒髪が印象的な20代後半くらいのスーツ姿の女性。彼女は大きな瞳で店内を回し見て、手を振る小和田さんに気がつくとこちらに歩いてきた。
「来てくれてありがとうね~。仕事は大丈夫なの?」
「はい。自分の分の仕事はすべて終わらせましたので」
彼女は小和田さんの隣に腰を下ろした。
「あの、この方は?」
「あー、この方はね・・・」
「証券会社で事務をしています。
「証券?あの、失礼ですけど、俺たちの仕事とどういう関係で?」
「ちょいちょい高瀬君、キミ3ヶ月もオカルトに携わってこの人を知らないわけ?」
「えーっと、すみません。存じ上げないんですが・・・」
「無理もありません。有名なのは私の母ですから」
「何を隠そう寿佳ちゃんはあの日本霊能力者界のトップ、
「はぁ・・・」
「何かいまいちピンときてない?」
「それで、彼女を何のために呼んだんです?」
「鈍いな~高瀬君、今回の雑誌ではこの四条院寿佳ちゃんに呪い・怪異関係の脚色を監修して貰って、更に”四条院氏の見解”ってことでコラム的な記事もやって貰おうかなって考えてるんだよ。四条院って名字が出てくるだけで雑誌に箔が付くんだから」
「そもそも四条院ってそんなに凄いんですか?」
「おいおいおい、四条院を知らないの?ホントに記者だった?」
「そっち方面には疎いもので・・・」
「四条院って言えば、古くは京都の・・・なんだったっけ?」
「・・・古くは京都一の陰陽師、安倍晴明を祖に持つ陰陽道の宗家・土御門家に端を発する霊能力者の家系です。中でも母・寿子は初代以来の逸材と言われ、世界でも有数の霊能者と言われています」
「そうそう!そんな凄いお
「そうですか・・・。何かこう、霊的な知識に詳しかったり、霊能力を持ってたりするんですか?」
「一応、三女とは言え四条院の者ですので。霊視や簡易的なお祓いは出来ます」
「霊視?」
「要するに、霊が見えるってコト。しかもお祓いまで出来ちゃうんだもの。高瀬君が呪われても安心でしょ?」
「なんで俺が呪われる前提なんですか・・・」
「何が起こるか分からないじゃない。それなりにヤバそうな件を追ってるわけだから。僕たち」
「正直、私は今回の事件を追うことには反対しています。あの一家は・・・何かの業を背負ってしまっている」
「業って・・・」
「直接事件に関わったわけではありませんが、事件概要を見る限り神奈ちゃんが祖父母の家で何かに触れ、呪われてしまったことは確かです」
「脚色をせずとも、そもそも呪い案件であると?」
「いやいや、ただ『神奈ちゃんは呪われていて~』って書いてもネットで騒がれたようなオカルト考察と一緒でしょ?僕たちは祖父母の家で”何に触れたのか”を明確にして、それを”四条院”の名を借りて真実として記事にする。この”何に”の部分を僕たちで脚色もとい創作するわけ」
「創作って言ってるじゃないですか・・・。というか、四条院さんはいいんですか?名前を使ってしまって」
「寿佳で結構です。ええ、名前こそ四条院ですが、今はほとんど実家と関わりはありませんから。私が名前をどう使おうと母は見向きもしないと思います」
「・・・ならいいんですが」
「とにかく、寿佳ちゃん。早速君にアドバイスいただきたいんだけどさ。神奈ちゃんが呪われてたとして、それはどんな呪いでどういう経緯で呪われたと思う?」
「経緯、は現時点で何とも言えませんが・・・。どんな、に関してはこの資料が使えるかと」
「それって、高瀬君がネットで検索したヤツ?」
「ええ。祖父母の住む地域でそれっぽい話はないかなと思って。検索ワードを変えながら検索してたら、ヒットしたんです」
「2chのオカルトスレットに投稿されたものなんですが、この『ついてきてる』ってワードと投稿主の体験が、資料越しに見る神奈ちゃんの状況と被っている気がして」
「投稿した方は祖父母の住む地域に住んでいらっしゃる方なんですか?」
「投稿主の実家がそこにあるらしくて、投稿当時はその実家に帰省していたそうです。あまりにも田舎でやることの無かった投稿主は面白半分で2chに『肝試し実況』なる投稿をしたと」
「そしてそこで世にも恐ろしい体験をしたわけだね。これがどう神奈ちゃんと繋がるの?」
「この投稿主が遭遇したのは、恐らく『山の怪』と呼ばれる存在です」
「ヤマノケ?」
「山の怪とは、山に棲まう精霊の総称です。山を敬う者には恩恵を、山に仇成す者には罰を。この投稿主は山に対し挑発的な言動を繰り返し、唾を吐くような行為も見られます。それらの行為に怒った山の怪が投稿主に呪いを掛けたのでは、と」
「祖父母の住む地域には山の怪なる存在がいるわけだね?」
「どういった山の怪がいるのかは分かりません。ですが人に害を与える程となれば、山の怪の強大さ、存在規模としてはかなりのものだと考えられます」
「『神奈ちゃんは祖父母の家に帰省中、山の怪の怒りに触れ呪われてしまった』。ストーリー性としては筋が通るかと」
「もう少しこの『山の怪』に具体性が欲しいところだね」
「もしかするとこの地域には山の怪に関する石碑であるとか、神社であるとか、何かしらの痕跡は残っていると思います」
「神奈ちゃんの父方の実家、祖父母の家は代々神主の家系だっていう話もありますから、そことも繋がってそうですね」
「話が纏まってきたね~。じゃあ後はその地域に直接取材が必要だね。高瀬君行ける?」
「はい、準備ができ次第今週中には」
「寿佳ちゃんには今後も、こういう話し合いの場でアドバイス貰ったり実際にコラムを書いて貰うから。とりあえず資料に目を通しておいてね」
「承知しました」
「よし!それじゃあ今日はこの辺で。また情報が集まり次第集まろうか~」
「小和田さん、今日は飲み代置いてってくださいよ」
「・・・分かってるよう。まったく」
小和田さんは財布から渋々万札を取り出して卓に置いた。そしていつものようにひらひらと手を翻して居酒屋を出て行った。
残ったのは飲みかけのグラス3つと空いた皿、広げられた書類に今日初対面の男女2人。何となく気まずさを覚えて、目を合わさずに暫く黙ってしまう。思えば女性と喋るのなんていつ振りだろうか。コンビニの店員さんを除けば年単位で喋っていないような気がする。この歳で恥ずかしながら、女性と対面で何を喋れば良いのか分からなくなっていた。
小和田さんが去って数十秒。気まずい沈黙を破ったのは意を決した俺だった。
「あの、それじゃあ俺も帰ります。記事の下書きとかも進めたいんで・・・」
「・・・はい」
「あ、会計は俺がしとくんで」
「ありがとうございます・・・」
「・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・それじゃあ」
「・・・あの!」
立ち上がった俺を引き留めるように、彼女が声を上げる。彼女の方を向くと、下を向いて微かに震えていた。
「・・・このまま、続けるんですか?」
「え?」
「このまま記事を完成させるまで続けるんですか?」
「まぁ、生活も懸かってますし。仕事ですし・・・」
「・・・私も、恩人である小和田さんの頼みだったので、今回の仕事を渋々引き受けたんです。でも・・・」
「でも?」
「危険、すぎます」
「関わることが?」
「ええ、正直私はもう降りたい。そう思えるほどにこの件は危険です。場合によっては死すらあり得る」
「大丈夫ですよ、多分」
「ええ、こう言っても信じてくれないであろうとは思ってました。さっき小和田さんと話しているときも、今回の事件を『記事のネタ』としか見ていなかった。貴方は何を言ってもこの仕事を降りないでしょう」
ですから、と彼女は俺に一枚の紙切れを手渡してきた。俺はそれを片手で受け取る。紙切れには見慣れない文字の羅列と魔方陣に似た模様が描かれていた。
「四条院特性の『魔除け札』です。どうか肌身離さずお持ちください」
「ありがとうございます。何となく心強いです」
「・・・どうかご無事で」
彼女が俺の目を見つめる。その瞳は本気で俺を心配しているように見えた。
見つめ合うこと数秒。俺は年甲斐も無く恥ずかしさを覚えて、彼女からさっと目を逸らす。それから顔も見ずに軽く頭を下げてそそくさと居酒屋を出てしまった。
着崩れたジャケットを羽織り直して、人っ子一人いない道をとぼとぼと歩く。
「・・・格好付かないなぁ」
寒空の元、溜息を吐く。自分を心配してくれているであろう女性に気の利いた言葉も掛けられないなんて。そりゃあ嫁にも愛想尽かされる。
俺は彼女に貰ったお札をそっとジャケットの内ポケットに入れて、誰もいないアパートへの帰路に就いた。
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