第8話 杏奈と瑛太の本質的な違い

 瑛太には杏奈はいつも優しかった。彼女は学童で彼が担当していた児童の親から叱責されて落ち込んでいた時に、「今時の子供は、親に嘘を付くのは当たり前だと思わないと。だけど、その度に指導員の方が傷付いていたら子供相手なんか務まらないよ。自分が傷付く事よりもその子の事を真剣に思って上げて何度でも信じてあげたら、その子はその内に心を開いて真っ直ぐに育つと思うよ」と言った。


 瑛太の父親は仕事が忙しく帰宅時間が遅かった。瑛太の日頃は母親と姉との中で育ったから、姉が甘えさせていた事もあり傷付き易かった。それを隠して生きていたが杏奈にはお見通しだった。だからこそ、彼女のように嘘偽りなく本質を捉えた言葉に心を揺さぶられる彼だった。


杏奈の言葉には、特に酒の入った席での人のふるまいの善悪や老若男女の汚い世界を見て来た経験から魂が込められていた。彼女が経験して来た人生で重みのある一言になっていた。


杏奈の過去の境遇もまた彼女の過去の人生も瑛太にはない有難い教科書として彼女の本質が好きになっていた。そして、杏奈は瑛太にこう言った。


「私は貴方なしでは生きられそうにないんだけど私みたない女が、貴方のような男性を好きになっても本当に良いかな?」


 強気な態度と見た目の怖さとは裏腹の一歩引いた正に、「あげまん」の優しい言葉の裏には瑛太を男性として成長させる意味が含まれていた。


「好きになっても良いかな?」と杏奈の告白に瑛太は戸惑っていた。それは、杏奈の過去を含めた人生、そして彼女の生活環境、更には彼女の家族も同時に受け入れる事ができるか? の問いだったからだ。


 瑛太もそれなりに遊んできたと自負はしているが、遊びの質が杏奈とはベースが百八十度違うのだ。瑛太の高校はそれほど上の学校ではないが、それなりの進学校へ進んだ。サッカー部の主将を務め、そんな背景の中で、学業もそれほどではなかったが高校生活を楽しんできた。恋愛もし部活の無い日は彼女と背伸びして夜の街でも遊んでいた。


 そして、大学にも進んだ。そこでも夜のアルバイトをして、大人の女性と付き合い大学生活も楽しんでいた。そう……、瑛太もそれなりにというか、良く遊んでいた方だった。


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