深夜ののんびり

 厨房裏にある窯では、暗闇の中、熾火が薄らと光っていた。

 深夜に冬長官が来ることはわかっていたから、祝ちゃんが寝る前に火を入れてもらっていたのだ。しかも、普通ならとっくに薪は燃え尽きて火は落ちているのに、目の前の薪は未だに温かさを保っている。


「さすが火の神様……なんでもアリだね」


 祝ちゃん曰く、不滅の火とかいう、風が吹いても水を掛けても消えない火を点けることも可能だとか。うーん、ファンタジック。


「あっ、その不滅の火とか、王宮の常夜灯によさそう」


 油の注ぎ足しがいらなくなって、管理が楽になるだろうし。けど、きっと白ちゃんのこともあるし、簡単には頷かないんだろうな。


「さて、それじゃあお腹の鬼がこれ以上鳴かないように、持っていかなきゃ」


 ひとり分のグラタンが入った皿を取り出せば、ちゃんとふんわりとした湯気が立ち上っている。


 なぜ、私が彼の来訪を知っていたかだが、市場からの帰り道で彼と約束したからだ。菜明と、買った海鮮を使ってグラタンを作ろうという話をしていた時、「買い物に付き合った俺にも食べる権利はある」と圧をかけられた。


 それもそうだ、と思い、「じゃあ、ひとり分は残しておくんで、仕事終わりに来てください」という流れになったのだ。


 彼の仕事終わりが当然定時なはずもなく、いつもと同じ時間に、温めなおせるように準備して待っていたというわけだ。

 そして、彼は期待を裏切らず、いつもの時間――深夜にやってきた。


 というわけで、私は熱々のグラタンを持って、広間へと戻った。

 まだ卓に突っ伏していた冬長官の前に「海鮮グラタンですよ」と言って、匙と一緒に置けば、ガバッと顔が上がった。上がると一緒に匙も手にしていた。すごい早業だ。


 目を輝かせ、すかさず匙をグラタンに入れようとする冬長官だが、私は「まだです」と彼の手を止めさせた。


「食事の前は、ちゃんとご挨拶してください」

「ん、あぁ、そうだったな」


 早く食べたいのに、と目で訴えられたが、私の料理を食べるのならここは従ってもらわなければ。郷に入りては郷に従えだ。


(ん? この場合、私が清槐皇国のやって来たんだから、清槐皇国のルールに従うべき?)


 ちょっと頭がこんがらがる。


(いや、ここ白瑞宮は治外法権だから、やっぱり私のルールが優先よね、うん)


 ひとりで疑問解決している間に、冬長官はぱんっと両手を合わせてしっかりと「いただきます」と挨拶し終えていた。

 そして、あーと大きな口を開けて、熱々のそれをぱくりと頬張る。


「~~~~っ!」


 たちまち、彼の疲れ果てた目に活力がみなぎる。

 二口目に中々進まないのは、きっと頬張った大きな海鮮のせいだろう。もっくもっく丸くなった頬が動いている。きっとすぐに飲み込めるものでなく、弾力のあるものだ。


「……ホタテ? 海老?」


 ゴクンッと彼の喉仏が上下し、やっと彼の口が開いた。


「海老!」


 開口一番、とても勢いの良い発声だった。

 その声と表情からは、「海老とほわいとそーすは、こんなに合うのか!」と言っているのがよくよく伝わってきた。


 彼はそのまま、二口目を頬張る。

 私の質問に答えるためだけに、声を出したみたい。ちょっと悪いことをしたな、と思いその後は彼が完食するまで、向かいで静かに見守ることにした。


 ホワイトソースだが、バターを使ってないから比較的あっさりしていて、深夜に食べても胃の負担にならない。加えて、刺激調味料も入っておらず、優しい味わいのため不摂生で疲れ切った彼の胃も、難なく受け入れるだろう。海鮮の具は多少の消化を必要とするが、まあ……これだけしっかりと咀嚼しているのだし大丈夫だ。多分……。


 しっかりと海鮮の旨味が溶け出したソースは、皿を匙でこするくらいには美味しいのだろう。冬長官は、あっという間にグラタンを平らげた後も、皿を斜めにしてカッカッと匙で皿に残ったソースをかき集め、最後の最後まで食していた。


「ごちそうさまでした」


 しっかりとした挨拶と、両手を合わせたパンッという音が広間に響いた。


「いやぁ……美味かった」

「それは良かったです。さて……」


 皿を片付けようと引くと、「なあ」と、弱々しい上目遣いで『おかわり』を訴えられる。


「……なんて顔してるんですか。おかわりは深夜なんで駄目ですよ」

「ちぇ、駄目か。大抵の女人ならばこれでどうとでもなるのだが……」

「顔の良さをわかってやってるんですね」


 始末が悪い。


「私に、顔云々が通じるとは思わないでくださいね」

「くっ……本当、お前は……っふふ」


 なぜか笑われてしまった。眉をさげて噛みしめるように、クツクツと喉で笑っている。どこに笑うポイントがあったのだろう。


「これ以上は胃もたれしますから。もう歳なんですから自重してください」

「歳!? いや待て、同じ歳だろうが」

「絶対、私のほうが若く見られますし」


 納得いかないのか「いや」と言い募ろうとする彼を、私は「はいはい」となだめ言う。


「それより早く寝てください。規則正しい時間に仕事を終わらせれば、おかわりができる白瑞宮の夕食にも招待できるんですけどね」

「~~っ善処……する」


 彼は眉間を指で押さえて苦悶の表情を浮かべながら、トボトボと帰っていった。

 官舎ではなく、内侍省の方角へ。


「……無理そうだわ」





――――――――――――

書籍版『白瑞宮のお料理番』が、いよいよ明日発売となります!

書店によっては、既に並んでいるところもあるようで、早速の購入しました報告もいただけ嬉しい限りです(*^_^*)ありがとうございます!


ゲーマーズ様とメロンブックス様には、それぞれ内容の異なる書き下ろしSSがセットされております。

くすぐったい恋愛SSと冬兎がひたすら可愛いSSです。


また、書籍版には書き下ろしで短編もあります。

短編でも料理して神様とほのぼの食べて騒いでおります!


皆様のご自宅にお迎えいただけると、とても嬉しいです(^^)

今後ともよろしくお願いいたします。




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