食事のあとはモフモフタイム
「どうですか、冬長官。お口に合いましたか?」
うん、中々豪快な食べっぷり。見ていて気持ちが良かった。
「うん……美味かった」
「はい、お粗末様です」
周囲には塩対応という噂の鬼に、素直に美味かったと言われ嬉しい。
(やっぱり、誰かに食べてもらってこその料理だよね)
鬼がおかわりをねだるような目で見てくるが、深夜に食べすぎはよろしくない。
「だめです」
私は空の皿をひょいと取り上げ、首を横に振った。
「まだ何も言ってないが……」
「目がうるさいんです。食べ過ぎは体に良くありませんよ」
恨めしそうな顔をしても、だめなものはだめ。
「お腹が満たされたんなら、あとは早く休むことです。でないと、明日の仕事に差し障りますよ」
「俺は寝坊なんかしない」
「朝ご飯を食べられてないのは、寝坊しているからでは?」
ゴホンッと謎の咳払いが聞こえた。
まったく……朝ご飯より睡眠をぎりぎりまでとるからこうなるのよ。それで、昼夜は仕事で忙殺されて、深夜にこうしてやって来る。悪循環極まりない。
「俺だとて、早く寝られるなら寝ている」
「あれ? この間も問題がどーとか言ってませんでした?」
三日前も、「問題が終わらん」とか言いながら訪ねてきた記憶がある。
「いや、あれとは別件だ。あれは冬花殿の言った通りに対処したから、次回まで様子見だ」
「問題が多いですねえ」
「仕方ないさ。これだけたくさんの人間が集まっているんだからな」
頬杖をついて投げやりに言う冬長官は、何かを諦めているように見えた。
(確かに、若くして毎日こんな時間まで働かされたらって考えると、そりゃ嫌にもなるよね……)
「ちなみに今はどんな問題が起こっているんですか?」
「ある廃宮から女人の不気味な声が聞こえるという苦情が、宮女達から寄せられてな」
まさかの怪談。この間の相談事とは方向性がまるで違う。
ちなみに三日前の相談事とは、とある妃の金遣いが荒く、この頃毎月予算オーバーの請求が回ってくるから困っているというものだった。
何にそんなに使う必要があるのか、とぼやいていたから、『利用明細を出させれば?』と私は当然のごとく言っただけなのだが。冬長官は目から鱗の顔をしていた。
「それで、今回のはどうやって解決するんですか」
「ひとまず事実確認だ。昨日と今日、時間を変えてその廃宮を見回ってみたのだが、俺には何も聞こえなかった。まあ、四六時中聞こえているというわけではないようだし、根気強く見回るしかないだろうな」
「なるほど。だから、こんな夜に訪ねてきたんですね」
「ああ、良かったよ。夜に開いている食堂があって」
「だから、ここは食堂じゃないって――わっ!」
「うおっ!?」
突如、ヒュッと現れた白い影によって、私達の会話は遮られた。
冬長官の膝の上で、丸っとした白いものがモゾモゾと動いている。
「……騒がしい……なんぞあったのか……」
「あら、白ちゃん」
白いもの――それは一緒にここで暮らしている白ちゃんだった。
「は、
自分の膝の上に乗っている白ちゃんを見て、冬長官は驚きの声を上げる。
白ちゃんは、こっちの世界では瑞獣と呼ばれるなんか縁起の良い神様らしく、清槐皇国の人達にはとても敬われる存在なんだとか。
私には、真っ白な牛にしか見えないけど。
というか、その丸っこさもあって、どこからどう見ても動くぬいぐるみだ。
小さな角に四角い顔、申し訳程度についた短い手足には蹄がついていて、いつもぱっちりと輝いている金色の目は、今は眠たそうにしょぼしょぼしている。
牛との違いと言えば、黒い模様が入っていないところと、額に朱色で目の模様が描かれていることくらい。
「ごめんね、白ちゃん。起こしちゃった?」
「んー……良い匂いがしたからのう」
どうやら、牛乳粥の香りで起こしてしまったようだ。
「ごめんごめん、ちょっと夜食を作ってて……白ちゃんも食べる? 少し待っててくれるなら作るけど」
白ちゃんは短い前足で顔をぐしゅぐしゅっと掻きながら、首を横に振った。
まだ夢うつつみたい。
「眠い……ワシはこのまま冬花の膝の上で寝るとする」
「え?」
あなたが乗っているのは、私の膝ではありませんが?
「んむ?」
私の反応を疑問に思ったようで、やっと白ちゃんは目を開けた。そして、自分がどこにいるか気付いたらしい。
私と冬長官の間で視線を往復させ、瞼を重くすると、次の瞬間トンと床に降りた。そして、とことこと私の足元までやって来て、猫みたいに体を丸めて寝てしまった。足首にあたる毛がふわふわしていて気持ち良い。
心なしか、鬼の長官様がショックを受けているように見えた。
自分達が敬う神様にふられたんだから、気持ちは分からなくもない。そっとしておいてあげよう。
「それに比べて、こっちは随分と呑気に寝ちゃって」
しゃがんで白ちゃんの耳先を指で突いたら、耳がふるるっと揺れた。ちょっと可愛い。
「なぜ、お前ばかり……っ」
卓の上に置いた冬長官の拳が震えていた。そんなに悔しかったんだ?
「そんなこと言われても……文句はこっちの牛に言ってください」
この牛こそ、私をこの世界に連れてきた張本人なのだから。
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