第5話 異常現象としての聖女召喚
「やはりそうですか」
「やはり?何か知ってるの?」
「まだ仮説ですがね。立て続けに申し訳ないのですが、この紙にざっくりとでいいので貴女の出身国の大体の地形と住所も書いていただけますか?」
ノエルはヨウに白紙を挟んだライティングホルダーとペンを差し出した。
彼女にはヨウが感じている違和感に心当たりが有る様子だが、一先ずは素直に情報を吐き出してから質問攻めにしてやろう──ヨウはペンを手に取ると紙の上に「故郷」を描き出す。「〒103-4567 東陽県養成区西養町1丁目2-3」の文字を書き、再びノエルの手に戻してやる。
「知ってることを教えて。何か知ってるんでしょ」
「聖女はヨウさんとイズミアヤだけではないんです。そして『勇者』という名称で男性も召喚されています。九割が東洋人です」
「……それで?」
「ウチで全員の身柄確保は出来ていません。ですが、一応人種や年齢などの情報を他組織に開示しないといけない取り決めがありましてね。これでヨウさん以外の情報を知ることが出来ているというわけです」
ノエルの口ぶりから察するに聖女召喚は以前から行われて
彼女曰く大半の異世界人は作戦時に死亡しているか、身元不明の状態で生存出来るとは考えていない様子。統計が取れるほどの人数は召喚されていないらしいが、被召喚者のデータを組織間で共有マニュアルが作成される程度の時間は経過している──この国の人間は「異世界人」が何処から来たか知りたいようだ。
もしや異世界進出を図っているのではと疑問が過ったが、世界を渡る力が有るのならば考えようによっては帰還も現実味を帯びてくるだろう。
「単刀直入に申し上げましょう。全ての異世界人が『異なる場所』から来たと言いました。全員が違う地形を書き、各々の地域を否定したんです」
「それは全員がパラレルワールドから来たって可能性もあるじゃない」
「ええ、そう思うでしょう。実際そう仮定している組織もありますがね……先程、情報機材を介して貴女の中を見た時に個人的にはそうではないと思ったんです」
ヨウ以外で確認された異世界人は計十人。
国は彼等を確保した各々の組織に情報開示を求めた。組織は彼等から情報を抜き出し、「ある程度」は組織間で共有されている──その中で許されているものが、年齢・性別・人種・出身地・能力・健康状態といったプロフィールだという。
どの組織も異世界人から地理についての情報を得たが、結論としては全て異なる星としか思えない差異が生じているとのこと。そこから導き出されたのが並行世界の存在であったが、フェノム・システムズには別の思惑が存在している。
──ここまでは何とかついてこれた。他の異世界人も似たような話をされていたのだろうか?
「ヨウさんに関しては頭の中が空っぽなんですね」
「それはただの悪口でしょ」
「誤解しないでくださいね。誰かヨウさんにデータ見せてあげてください!」
唐突にとんでもない悪口を言われたかと思いきや、そうではないらしい。
苛立ちを露にするヨウ。慌てた周辺の職員達がPCの前で急いで作業を始めたかと思えば、ヨウも前に垂れ下がったスクリーンに円形グラフの載ったスライドが表示された。どちらもパソコンの空き容量を示すグラフに類似している。
見出しを確認する限り、これはヘッドギアで読み取った記憶容量と「一般人」との比較であるようだ。
「残念ながら異世界人の比較対象はいません。他社が情報を出し渋ってますからね。ウチも多分、代表は出さないって判断をされると思いますけど」
「話を続けて。隣がこの世界の一般人なんでしょう」
「はい、貴女と同世代……あーティーンエイジャーの女性のデータです。普通の学生。二枚目に既に就職しているケース、特殊な家庭環境のケースもありますが大体どれも埋まっているでしょう?」
どの円グラフも内容こそ大雑把なものだが、人間関係や知識、感情といった情報で八割以上が埋まっている。不必要な物から捨てられていくことはあれど常に人間は堆積した記憶を抱えて生きているということだろう。
一般人のグラフとは対照的に隣のヨウのグラフは新調したてのPCのようにまっさらなグラフであった。短時間でこんなジョークを思いついたというのなら相当だ。
普段なら趣味の悪いジョークだと軽く流しているところだが、ヨウにはこれを無視できない理由があった。ヨウは先程家族構成や出身地を思い出している時の違和感を忘れられなかった。
「取ってつけたような記憶」と言っても差し支えないような情報が自分の中に残っている。
「そこで本題です!自分が何処から来た何者なのか知りたくはないですか?フェノム・システムズにはそんな貴女にうってつけな部署が新設されましてね……」
「ここまで仕組んでたってこと?どちらにせよ衣食住の問題で断れないんだけど」
「まあ、話は最後まで聞いてください。流石に今日行けとは言いませんから」
元々ヨウに彼等の申し出を断る理由はない。
いくら能力が有れど身元不明のままでは何処かで野垂れ死ぬことになるだろう。組織に捕まった時点で選択肢は無いのだが……それでも記憶の件で強請ってくるのだからタチが悪いとしか言いようがない。
先程情報機材で見た何処かの部署に飛ばされ、馬車馬のように働かされるのだろうか──異世界人の人権はまるで無いようなものだとここまでで身に染みている。
ヨウは未だに頭に嵌ったままのヘッドギアを外すと雑にノエルへと返却した。
「代行業チームへ行っていただきたいのです。そこでは貴女を呼び起こした聖女召喚のような異常現象の解決に当たっていただくことになります」
──貴女が向き合う最初の事件は『召喚現象』になることでしょう。
ノエルはここにきて初めて満面の笑みを見せた。何とも清々しい。この申し出を断れば自分の疑問、帰還へのチャンスが遠退くだろう。
ヨウが彼女からの申し出にやや引き気味に頷くと、ノエルはデスクから一枚の契約書を持ってヨウの前に立った。異世界人という存在はやけに用意が良い。
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