第3話 剣と魔法というよりSF
「さて、本社まではしばらくかかります。『空間結合』という能力が用いられているのですが……その話は追々するとして。何か質問はありますか?異世界から来たなら色々と知りたいことが有るのではないでしょうか」
──質問だらけだよ。
通路の途中、ノエルは唐突にくるりとこちらを振り返った。
通学路で友達と話すようなノリで話題を振ってくるなあ……。
異世界の異空間で話しているというのにヨウは時折感覚が麻痺しそうになった。
「異世界召喚」と言えばその世界の王がこちらに不都合な事実を隠そうとするイメージだが、彼女は隠し事をするどころか尋ねるよう促してくる。世界の概要ぐらいは教えてくれるだろうか……ヨウは少し考えた後、一つの質問を絞り出した。
「……この世界に『魔法』ってあるの?あの人達はあのイズミアヤって子を聖女と呼んでたけど。多分、貴女達の組織が見つけた死体ってのがその子。で、私も魔法みたいなのは使えたけど地味だった」
ヨウにとって異世界といえば剣と魔法のイメージがあった。
しかしながらノエルの服装、通信機、屋敷の機械人形……等々こちらの世界は非常に近代的なように思える。実は彼女達が例外的に進歩しているだけで地域によっては遅れていたりするのだろうか。
まずは文明レベルを調べるのが先決だろうとヨウは考えていた。
「貴女が何処から来たかは存じ上げませんが、この世界に『魔法』は有りません。戦士も魔法使いも存在しませんし、『魔物』……というのは言い方が違うけどいますね。後ほど街並みを見てもらえば一目瞭然ですが、ファンタジーの世界ではないですね。後で案内させます」
やはりヨウの予想はいくらか当たっていたようだ。
ヨウにも一応ファンタジー作品の知識は有った。魔法があり、魔物がいて、文明としてはいくらか遅れていて……異種族が存在したりする。ステレオタイプの異世界を想像していたらどうやらここはいくらか勝手が異なる世界らしい。
「これから忙しいでしょうからね。少し触れておくと……ああ、ビルが立ち並ぶ様子ってイメージ出来ますか?セクターごとに特色は有りますが、住みよい所ですよ」
ノエルは続けてこの世界の文明レベルについて紹介した。移動手段には車や電車、建造物はヨウの故郷と変わらずビルやマンションといったものが建っている。そして上下水道は当然のように整備されている。インフラに関しては問題無さそうだ。
どちらかと言えば異世界というより、パラレルワールドに迷い込んでしまった気になるが……少なくともヨウの故郷では『聖女召喚』など行われていなかった。
だとすると逆にこれだけ進んだ世界でそうした非科学的な儀式が行われていることにかえって疑問が生ずる──ヨウはそれについてノエルに尋ねてみる。
彼女はあくまで依頼でこの屋敷に乗り込んだ部外者であり、儀式について何処まで知らされているかは分からないのだが。
「じゃあ聖女召喚って?響きからしてファンタジーだけど」
「……やっぱり気になりますよね?この世界には魔法は存在しませんが、『能力』が存在します。例えば、この通路を作っている人間も『空間結合』の能力者です。一種の魔法みたいなものですね。組織がそうした能力者を手に入れるとステータスになり、武力にもなります。この家もそれを求めたのでしょう」
「それが聖女なの?」
「そこが不明だから脅威なのでしょう。我々には貴方が「能力者」なのか、全くの別物なのか……或いは本当に「余所者」なのか異常現象の「創造物」であるのかすら不明です。はは……後者なら凄いですね、色々と!」
──どちらにせよ他所から身元不明の能力者がわらわら出てくると組織間のバランスが崩壊するでしょう?
人のことは言えないが、この世界の住民というのはいくらか倫理観にブレが生じているのかもしれない。ヨウは適当に何度か頷いてノエルに話を合わせた。
やや興奮気味の彼女から聞き出したところによれば……能力者の場合──先天的に能力を持って生まれてくる場合と後天的に突然能力が発現するケースがあるという。必ずしも遺伝するわけでもなく、国内において能力の比率は極わずか。もし能力者として覚醒すれば大抵人生は好転するのだという。
ノエルは「未来視」の能力者をめぐって複数の企業が争った例を挙げる。その能力者は幼くして大企業に所属することになり、今では高給取りなのだそうだ。
「それで……能力者の争奪戦に参加せず、似た力を持つ人間を何処からか連れてこようって魂胆なわけ?そして貴女達は漁夫の利を狙ったと」
「ああ、はい!呑み込みが早いですね。ただ儀式のことはよく分からないんです。転送技術を使って誘拐が行われた事例なんて聞いたことがないですし、聖女についても上から資料を渡されていただけで」
「分かるのは権力争いに使う駒が欲しくて拉致やってるってだけね」
得体の知れない力を使って拉致を行うなどとんでもない民族がいたものだ。
──ノエルの話を整理すると今回『聖女召喚』を行った家系では一種のビジネスを行っているという。この社会は企業国家。宗教組織から企業に至るまであらゆる組織団体が五十に分割されたセクターを各々統治している。先程ノエルが少し触れていたようにヨウの故郷における州のような分類だ。
この家系は一つのセクターを統治出来るほどの権力を持たないが、そのゲームチェンジャーとして聖女召喚に手を出した……というのが事の顛末のようだ。
ノエルには物体を転送する技術に覚えがあるそうだが、転送に用いる装置が家庭に置けるような代物ではないことや移動距離にかかる制約を考えると『聖女召喚』にそうした技術は用いられていないという結論に至ったようだ。
「おっと、それから大事なことがもう一つ。この国は星間戦争をしている最中です。もし異星人相手にやり合えるような人間を何処からか連れて来たらきっと国にも一目置かれるでしょう。そういった事情もあったのでしょうね」
「……待って、この世界がエイリアンがいるの?魔物はいないって言ったよね?」
「誰もはっきり目撃したことは御座いませんが、稀に襲撃がありますよ」
これ以上、ノエルの話を聞いていると体調が悪くなりそうだ。
今まで与えられた情報が一気に押し寄せてきて、頭がパンクしそうになる。一先ずヨウが理解出来たことは「拉致されて異世界に来た」「ある程度の文明レベルがある」「この国が異星人と戦争をしている」だけだ。
──これはファンタジーというよりはどちらかと言えばSFの世界なのだろう。
ヨウは深く息を吐いた後、最後に企業の概要に触れた。
「もっと目先の問題に目を向けるべきだった。……貴女達のことを教えて」
「再生事業・異星兵器の研究を行う企業です。今はそれだけ頭の片隅にでも置いといてください。我々はどの組織よりも人類の味方ですよ!」
──到着次第、ヨウさんには学習機材を用いて出来る限りの情報を提供します。
ノエルは誇らしげにそう言い切った。彼女曰く、彼女が所属する組織では星間戦争によって齎される「災害」に対する研究を行っているという。正体不明の兵器に汚染された事物、環境への浄化や適応といったアプローチ……まだ組織の全容を知らないから何とも言えないとはいえここだけを聞くと平和的にも思えた。
ヨウの中で一つの疑問が浮かぶ──その組織でこちらの力が必要な仕事とはいったい何だろう。少なくとも「研究する側」にはなれない。
そうこうしているうちに二人は通路の出口まで辿り着いてしまった。
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