第7話 ふたりで

「ふぅ……緊張した」

 最初にくぐった大きな門を抜けた後、肩を回しながらそう言うと、イヴァンはフッと笑った。

「疲れて無ければ、今から街を案内するぞ」

 提案してくれたイヴァンに、明るく返事をする。

 イヴァンは俺の手を取り、賑わっている繁華街へと足を進めた。


 市場や屋台、高級な店が立ち並ぶ場所、自然豊かな公園など、この街にはいろんな顔があって面白い。

 美味しいと有名だというお店で夕食を食べた時には、見たこともない料理が並び俺を驚かせた。それらは中華とイタリアンが混ざったような、なんとも新鮮な味だった。


 今はホテルの部屋に着き、ベッドに寝転がっている。

 街にいる時は興奮して気づかなかったが、ずいぶん歩き疲れていたようだ。足の裏が少しじんじんする。

 イヴァンは俺が動かないのを見て、笑いながら近くに寝転ぶ。

「イヴァン、今日はありがとう。俺すっごく楽しかった」

 今日一日、街を案内してくれたイヴァンに礼を言う。

「楽しんでくれたなら良かった」

 俺の額を撫でるイヴァンは、優しい顔をしていた。

 その後、しばらく休憩しようと目を瞑っていた俺だったが、いつの間にか眠ってしまったらしい。

「ん、イヴァ……、」

 目を開けると、俺の横で寝息を立てるイヴァンの姿。

 可愛い顔してるな……

 寝ている彼はいつもより幼い感じがして、見ていると頭を撫でたくなってくる。

 イヴァンは二十五歳であり、俺より六つも年上だが、寝ている顔や嬉しそうに笑う笑顔に時々『可愛い』と感じることがあった。

 かっこよくて可愛いとか、ずるい奴だな。

 可愛いは置いておいて、かっこよい部分に関しては羨ましい限りだ。

 以前イヴァンに、あちらの世界の俺の容姿について聞かれたことがある。

 今の姿形そっくりだと伝えると、驚くと同時に「じゃあ、可愛かったんだな」と言って笑っていた。

 そして、それからはこの姿の俺の見た目も、よく褒めるようになった。しかし、イヴァンは俺をかっこいいと表現したことはない。

 俺だって少しはこう……イヴァンをドキドキさせて、かっこいいと言わせてみたい。

「真似してみるか」

 いつもイヴァンがしてくれているような行動を取ってみようと思い立った俺は、横で眠る恋人の頭を撫でながら、おでこに軽くキスを落とす。

「んん……、」

 眉間に軽くシワを寄せたイヴァンは、薄く目を開けて俺を確認すると微笑んだ。

「なんだアサヒ。キスで起こしてくれたのか?」

 寝起きで体温の高くなった手を俺の頬に添えながら、掠れた声で話しかける姿は、俺の目指している大人の男だ。

 その色気に負けそうになるのを堪えて、余裕な表情のままイヴァンを見下ろす。

「そうだよ。かっこよくてドキドキした?」

 映画に出てくるような俺様主人公を真似てみたつもりだが、イヴァンはククッと笑いを堪えている。

 その反応は自分の思っていたものと違って、少し拍子抜け……というよりガッカリだ。

 もっと『かっこいい』の研究が必要だな。

 俺が新たな課題に拳を握っていると、その手を取られてイヴァンの方に寄せられる。

「ほら。アサヒのせいで、こんなことになったぞ」

 こんな時、映画に出てくるヒロインなら、台詞とともに自分の胸に手を置かせ、鼓動を聞かせるだろう。

 しかし、俺の手はあろうことかイヴァンの足の間に導かれる。

「あのさ、なんで興奮してるの」

 そこは緩く勃ちかけている。

「アサヒが可愛……いや、かっこいい事をしてきたから」

 思ってもないくせに……!

 むくれる俺を見てさらに笑ったイヴァンが、俺をひっくり返してその上に覆いかぶさる。

「え、今から?」

「嫌か?」

「……えっと、」

 俺が悩んでいるのを肯定と受け取ったイヴァンは、目を閉じて俺の唇を奪った。

「ん、」

「アサヒのせいだろ。責任を取ってくれ」

「責任って!イヴァンが勝手に、その、あの……、」

「ほら、もう一回キスするから、こっちを向いてくれ」

 イヴァンの目は少し熱っぽく、受け入れるしかないのだと観念した俺は、ゆっくりと目を瞑った。


 ◇◇◇◇◇


「イヴァン、建物の数も記録しといた方がいい?」

「ああ。そうしてくれると助かる」

 俺は今、イヴァンと共に、グライラ家が治めている町の視察に来ている。

 王都から帰った俺はアルダリの子どもとして他の弟達と教育を受け、イヴァンの補佐として働けることになった。 とは言っても、アシスタントのように言われたことをこなしたり、屋敷では簡単な執務を手助けする程度だ。

 空いている時間は、あいかわらず双子と遊んだり屋敷の手伝いをしている。

 今回訪れている町は、海が綺麗な場所であり、前から楽しみにしていた。

 視察の時、イヴァンは毎回俺の為に視察とは別に二日程余裕を持った予定を組み、俺に町を案内してくれる。

 そして、魅力溢れる町々を巡る度、俺はこの国が好きになっていく。


「海辺を歩かないか?」

 視察が終わり、海を見に行こうと優しく手を引いてくれたイヴァン。

「仕事も終わったし、明日からはお待ちかねの観光だ」

「すっごく楽しみ。あ! ほら、海が見えてきたよ!」

 道沿いの木々の隙間からわずかに見えた青色に興奮していると、イヴァンが愛おしそうに俺の手を撫でた。

「これからも、アサヒにいろんなものを見せたい」

「イヴァン……」

「きっとこの世界がもっと好きになる」

「うん!」

 イヴァンの言葉に、大きく頷く。


 俺達は、眩く光る海まで続く道を、手を繋いでゆっくりと歩いていった。

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