デッド・ハイツ〜死ぬほど愉快なアパートに引っ越してしまいました〜

hysteric cat

プロローグ:春、始まり



 19歳の春、飯山 和茶は田舎を出た。大学進学の為、和茶より先に都会へ出た親友を追って。


 生まれ育った田舎を出るのは寂しかったが、住まいが見つかるまで、親友の相葉 ゆうのアパートに置いてもらえるということで、思い切ることが出来た。相葉の住むアパートはお世辞にも綺麗とは言えなかったが、文句は言えなかった。文句を言う暇があるなら、自分の住まいを探すべきだ。そして、和茶は不動産巡りを始めた。


 桜並木の綺麗な街。新しい生活の舞台。商店街の外れにある不動産の扉を開け、顔を突っ込んでみる。中にいたのは、新聞を広げた老夫だった。



 「あのー……」


 「んー?なんじゃい、客かい」


 「えっと、単身者用のアパートを探していて……」



 老父は新聞を畳み、デスクの引き出しから紙束を取り出した。そして、和茶に差し出す。自分で適当に探しな。老夫はそう言い、茶を啜った。和茶としては、きちんと客の相手もしないような不動産のご厄介にはなりたくないのだが、出来るだけ早く、相葉のアパートを出たかった。いつまでも新生活の邪魔をしたくないのだ。


 和茶は立ちっぱなしのまま、老父の取り出した紙束を漁った。どこも家賃が高い。当面の生活費は高校に通いながら貯めた、バイト代。新しいバイトは始めるつもりだが、貯金だってしたい。家賃の安い物件はないものか。和茶の指が、目が、とある紙の上で止まった。家賃、2万円。ありえねぇ、と、和茶は呟いた。



 「あの、ここ、見に行けませんか?」


 「あー?デッド・ハイツかい。わし、免許ねぇから徒歩だぞ」


 「遠いんですか?」


 「いや、すぐそこだ。何なら1人で行くか?」



 どこまでもやる気のない店主は、黒電話でどこかに電話をかけ始めた。──あー、嶺想寺さん?お宅の見学をしたいっていう人がいるんだけどね。これから対応お願い出来る?あぁ、うん、1人で行きたいって言ってるから、わし、行かん。ほんじゃ、よろしく。……和茶は内心、別の不動産を当たるべきだった、と後悔し始めていた。


 そもそも<デッド・ハイツ>って、アパート名がヤバいじゃん。飯山 和茶。彼は……怖いものが、大の苦手だった。

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