・真犯人 知ってます

 実行犯、ロバート・ペンネは縁故採用の冴えない用務員(28)だ。

 左右の目が離れていて妙に顔が魚に似ているので、付いたあだ名がフィッシュパイ。パイにペンネは入らないと思うのだが、そこはまあ呼びやすさ重視なのだろう。


 そんなロバートが生徒たちを良く思っているわけもなく、今回の事件は彼にとっては学校生徒への報復でもあった。

 男性恐怖症のコルリがそんな低俗な陰口を言えるはずがないというのに、ヤツは反撃出来ない弱者を標的にした。


「おいロバートッ、お前、器具の点検またサボッたなっ!? 授業中に故障したって、総務の連中がえらくご立腹だぞ!」


 俺はあの後すぐにロバートの監視に入った。


「点検はやった。クソガキどもの使い方が悪いんだ」


「クソガキではないっ、生徒さん、だ! なんでお前の責任をワシが取らなきゃならないんだ!」


「うるせーよ。やればいいんだろ、やれば」


 この人格クズのロバートが実行犯でまず間違いないと思う。が、それはあくまで俺がプレイしたゲーム上の話に過ぎない。

 確証を得ずに思い込みだけで行動すれば、計算外の事態に展開する可能性がある。


 ロバートを追って本校舎1階・用務員室から、分棟2階・魔力容量拡張室に裏世界を駆けた。

 到着するとロバートを待ちながら、引き続きの素振りに入った。


「クソガキどもが調子に乗りやがってっ! 事故でも起こして死ねばよかったのによーっ!」


 ロバートは入室すると、信じられないほどに荒っぽくメンテナンスを始めた。

 人体に魔力を流し込む危険な機械に蹴りを入れて、パーツを投げて、大ざっぱに清掃していった。


「けど……お笑いだぜ。案外、儲かるもんだなぁ、へへへ……。締めて2770z……美味い、美味すぎるぜ、魔法学院……」


 無警戒な独り言であっさりと真実を吐かれて、こっちは拍子抜けだった。

 俺は剣を止め、間抜けづら丸出しのフィッシュパイを見下ろした。


 するとちょうど拡張室の扉が鳴った。

 やって来たのは生徒会長の哀れな犬、副会長のフォルテ・ブラウンフォード嬢だった。

 髪は燃えるような赤色。いわゆる化粧のどぎつい悪女って風体の女だ。


「んん? なんだよ、副会長さん……?」


「盛り場で羽目を外したそうね。あなた、わたくしたちの忠告を忘れたのかしら?」


「知るか、俺が俺の金を好きに使っただけだろ」


「……あなたのような下民が最上級のボトルを空けたと、歓楽街で話題になっていますよ、フィッシュパイさん」


 その名詞はロバートの逆鱗だ。


「その名で俺を呼ぶなっっ、クソ女がっっ!!」


「なぜ王子殿下があなたのような醜悪な怪物を飼っているのか、わたくしには理解しかねます」


 俺は素振りを止めてフォルテに感心した。

 さすがは悪女フォルテ。下郎の激昂など涼しい顔で髪をなびかせるだけだった。

 キャラとしては嫌いではないのだが、フォルテ嬢は男の趣味が悪過ぎる。


「おいおい、よく言うぜ……。本物の怪物はルゴプス王子の方だろ、あれは将来、相当のワルになるぞ」


「ルゴプス様への侮辱は許しません。訂正しなさい」


「俺、知ってるぜ? あの小娘を生徒会から排除するのは、アンタと乳くり合っている現場を見られたからだろ?」


 ゲームシナリオ上では断定されないが、それはプレイヤーなら誰もが思っていたことだ。


 副会長フォルテはルプゴスの女だった。

 ルプゴス王子は作中で彼女にこう言った。『お前を正妻には出来ないが、愛するのはお前だけ。必ずお前を私のめかけにする』と。


「何余裕ぶってんだ? アイツは、お前との関係が、外部に漏れるのが死ぬほど嫌なんだよ」


「戯れ言を……っ! 黙りなさい、フィッシュパイッ!!」


「ヒャハハハハッッ!! お前はよぉ、あの悪魔の生まれ変わりに、利用されてるだけなんだよっ、哀れなお嬢ちゃん!!」


 素振りを忘れて見入ってしまっていた。

 残念というか、当然というか、フィッシュパイの言うことは事実だ。

 フォルテは踏み台にされ、最後は尽くしてきた男に捨てられる。


「ルゴプス様は恐ろしい方です。あまり機嫌を損ねると、翌朝には魚の餌になっていると思いなさい」


「そっちこそ、せいぜいあのクズに捨てられねぇようになぁっ、ヒハハハハハッ!!」


 フォルテが退室した。去り際に見えたのはノーダメージの顔ではなかった。利用されていることくらい、フォルテも薄々は感づいているのだろう。


「悪党に惚れると人生メチャクチャになるところは、どこの世界でも変わらねーか……」


「あらっ、そのお話、詳しくお聞かせ願えますか、ヴァー様?」


 素振りに戻ろうとすると真後ろから突然ミシェーラ皇女の声が響いて、俺はその場で飛び上がりかけた。


「はぁ、驚いた……。見てたのかよ?」


「今の、3年のフォルテ様ですよね? 何やら思いつめていたご様子……。詳しくお聞かせいただけます?」


 剣を床に置いてあぐらをかくと、目の前にミシェーラ皇女が膝を揃えて座り込んだ。

 さて、隠す? 隠さない?


「答えないならメメに調べさせるだけです。私、好奇心は人一倍強いようで」


「結局俺がメメさんに詰問されるだろ、それ……。わかった、一から話すよ」


「ふふっ、楽しい事件だと私好みなのですがっ!」


 一部始終をミシェーラ皇女に明かした。

 さすがに未来を知っているとは言えないので、コルリを救うために容疑者を追っていることにした。


「コルリさんがそんなことに……?」


「ああ。今はまおー様が付いている」


「実行犯はこの用務員の方。盗みを命じたのは、ここアンフィス王国の王子ルゴプス様。これは、本当のことなのですか?」


「状況から俺はそう推測している。コルリには動機がないからな」


 ミシェーラ皇女は淑女であるのに鼻息を荒くする癖がある。

 彼女は今、憤りのあまりに関係のない俺を睨み付けていた。


「女性との関係を隠すために、いたいけな女性を濡れ衣を着せたっ!? そんなの許せるわけがありませんっ!! まさかあの方が、ここまで見下げ果てた男だったなんてっ!!」


 と、引き続き俺を睨みながら言うのは勘弁願いたい。


「これ、頼まなくとも手伝ってくれる流れ?」


「はいっ、こんな話を聞かされては最早引き下がれません!」


「やっぱミシェーラは頼もしいな。じゃ、明後日の集会の場で告発を行うから、隣に立ってくれ」


「え、それだけですか……?」


「ミシェーラが隣に居てくれると勇気が出るんだ。明日の夜に告発の打ち合わせをしよう」


「よ、夜に……っ!?」


「別に変なことなんてしねーよ。嫌なら放課後にするか……?」


「いえっ、夜ですねっ、夜に必ずここにお邪魔いたしますっ!」


「ま、なんか非日常感があるな。楽しみにしてるよ」


「はいっ、メメをふんじばってでもここに来ます!」


「じゃ、俺行くとこあるから」


 告発の日は明後日、4月15日。

 主人公の転入ギリギリのタイミングとなるがやるしかない。

 主人公に動きを察知される前に、俺が最悪の男ルゴプスのライバルとなる。


 俺は頼りないけど頼れるアルミ先生を探して、素振りをしながら学園中を徘徊した。

 アルミ先生は食堂でまたもやつまみ食いをしていた……。


「ち、違うのっ、これはあの……っ、その……せ、先生……お腹、空いちゃって……。2度目の成長期かしら……?」


 それを捕まえて、こちらの事情を話すと、先生は快く協力に応じてくれた。


 共同購入制度で使われる空色の箱には、とあるカラクリが仕込まれている。

 俺はそれが事実であるか、告発の席で使えるかどうか、検証したかった。


 アルミ先生の仲介で購買部の事務員さんに接触し、空色の箱のカラクリをこの目で確かめた。

 箱に入れられた貨幣には魔法がかけられる。それは特殊な術式にのみ反応する証明の魔法だ。


 魔法学院のとある教師が造ったその箱には、盗まれた金を取り返すための仕組みが埋め込まれていた。

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