・毒親 ざまぁ

 ネルヴァとミシェーラ皇女の姿は酷いものだった。

 衣類は斬り裂かれてボロボロで、あちこちに血が染み着いている。


 そんな姿の2人を屋敷のエントランスに送り届ければ、メイドたちが悲鳴を上げるのも当然だった。


 両親がまた階段を駆け下りて来た。


「ネルヴァッッ?! どうしたのその格好っ!? ちょっとどういうことよっ、ヴァレリウスッッ!!」


 継母のデネブがヒステリーを起こすことくらいわかっていた。

 計算外は、その金切り声が予想の倍以上のウザさだったことくらいだ。


「は? なんで俺に突っかかるよ……。おい、ネルヴァ、どうにかしろ」


「クッ……。母上、これには事情がございまして……」


「ヴァレリウスねっ?! ヴァレリウスがうちの子をこんなにしたのねっ!?」


 ウゼェ……。

 この両親、ウザ過ぎる……。


「勘当の身で帰って来るだけならまだしも、これはどういうことだっ!!」


「ち、父上……違うのです! これは、これは……お、俺の……」


 それに乗っかる父カラカラも、親に反抗出来ないネルヴァも揃いも揃って情けない。

 何か言い返してやろうかと、俺は言葉を探した。


「ネルヴァ、お前が悪くないことはわかっている。ヴァレリウスッ、この悪魔の子がっ!! 遅かれ早かれ、お前が問題を起こすことくらいわかっていたのだっ!!」


 これは俺の中に眠るヴァレリウスの感情だろうか。

 俺は実父のその言葉に反感よりも、深い失望と劣等感のようなものを抱いてしまった。


 この家ではなんでもかんでもなぜかヴァレリウスのせいにされる。

 歪んだ家庭に希にある、スケープゴート上等の腐った家族関係だった。



「黙れでしゅっっ、この下郎どもっっ!!!」



「メ、メメさん……?」


 そんな醜いやり取りにメメさんが口をはさんだ。


「ヴァレリーがいなければっっ、皇女殿下は【ザザの古戦場】でワイバーンに喰い殺されていたところでごじゃるっっ!!」


「ヴァ、ヴァレリウスが、助けただと……?」


「そうでごじゃる!! モンスター錬成術師のヴァレリーはっ、テイムしたこのまおちゃんと共に、コキュートス・ワイバーンを見事討ち滅ぼしたでごじゃるよっ!!!」


 示し合わせたかのような鮮やかさで、まおー様はメメさんの手のひらに飛び移り、テイマー嫌いの両親に突き付けられた。


「嘘おっしゃい。ヴァレリウスは無能よ、そんなこと出来るわけないわ」


「そうだ、仮にそれが事実でも、呪われた子が、呪われた力を使ってモンスターを操り、結果的に敵を倒しただけのこと。当家のことに口をはさまないでいただこう、侍女風情が」


 ナチュラルに見下しやがって、こいつらめ……。

 主人のミシェーラ皇女はメメさんの抗議を止めない。

 むしろ支持するようにメメさんの後ろに立ち、高く腕を組んで毒親たちを睨んだ。


「ねぇ、嘘よね、ネルヴァ?」


「全てこの者の詭弁。そうだな、ネルヴァ?」


 ネルヴァは震えた。

 パワハラ両親の圧力が自分に向けられ、震え上がった。


「おい、ネルヴァ、いつまで親のいいように使われてんだよ、お前。少しは男らしく逆らったらどうだ?」


 見るに見かねて発破をかけた。

 するとネルヴァは俺を睨んだ。

 憎悪のあふれた暗い眼差しだった。


「俺が、ミシェーラ皇女を助けた」


「なんでしゅってっ!?」


「俺は……俺はヴァレリウスの襲撃から皇女を守った!! ヴァ、ヴァレリウスは……呪われた子だっ!! 勘当されて当然のクズだっっ!!」


 ネルヴァはそれっきり俺たちに視線を合わせなかった。

 誇りを捨てて、両親に気に入られる安易な道を選んだ。


「黙っていれば聞き捨てなりません。ヴァレリウス様が私を襲った? それは事実ではございません」


「そうでしゅ! 元を正せばこの騒動、御当主様の勧めから始まったことでしゅ! 責任逃れをしたいだけではごじゃりませんか!」


「おほんっ、そこは古戦場の深部に突っ込んだ私も悪いのです。ですが、最終的に私を守って下さったのは、断じてネルヴァ様ではありません。真の英雄は、このヴァレリウス様です」


 2人は何を思ったのか、左右からヴァレリウスの腕に抱き付いた。

 小さい膨らみ。大きい膨らみ。どちらも平等にハッピーな感触だった。


「私、こんな侮辱は初めてです。そんな情けない男に守られただなんて屈辱、一生忘れられそうもありません」


「ミシェーラ皇女殿下は次期皇帝に最も近いお人。この意味を、ゆめゆめ忘れるなでごじゃりますっっ!!」


「行きましょう、ヴァー様。私、貴方が予想以上の殿方で、今大変高ぶっております」


「お、おう……。ネルヴァ、その両親はダメだ、早く正気になれ」


 ネルヴァは俺に憎悪の目を向けるばかりだ。

 父カラカラと継母デネブは、引くに引けなくなって意固地になっている。


 これ以上は付き合い切れない俺たちは、屋敷を離れて丘の下の町に出た。

 この事態は忠誠心の薄いメイドたちの口から、いずれ外部に漏れるだろう。


 その時に醜態をさらすのは彼らだ。

 あまりにも醜い家族に心底恥ずかしくなった。



 ・



 悔しい夕日を見上げながら屋敷を出て、町に着く頃には日没が始まっていた。

 今から馬車を手配して魔法学院に戻るには既に遅い。

 かといって皇帝家の人間を迎えられる宿など、辺鄙なこの町にはなかった。


「困りました……。つい怒りに我を忘れ、ケンカを売ってしまっていました……」

「許せないでしゅ……」


「世の中にはああいう人たちがいるのね……。私、とても勉強になりました」

「あんな家っ、没落してしまえば良きにごじゃりますよっ!!」


 俺、ヴァレリウスはミシェーラ皇女とメメさんに感謝していた。

 俺に人格を上書きされたところで、ヴァレリウスはヴァレリウスだったのだろう。


 心から、あの毒親に怒ってくれたこの2人に、深い友情を抱いていた。その感情は今もジワジワと大きくなっていってる。

 ミシェーラ皇女の気を引くつもりが、ミイラ取りがミイラになっていた。


「魔法学院まで、馬車を使わずに簡単に帰る方法があるんだが、知りたいか?」


 この2人は物語のメインキャラクターだ。

 壁抜けの技と、裏世界の存在を知るべきではない。

 しかし俺はこの2人に報いたかった。


「わかった、走るのね! 馬車よりも速く!」

「姫様、それは簡単とはほど遠い方法かと存じましゅ」


「でも私たちが走れば馬より速いじゃない」

「この皇女様、たくまし過ぎる……」


 町の路地裏、この町にやって来た時の壁抜けポイントに2人を連れて来た。


「こんなところに連れ込んで、メメをどうするつもりでごじゃるか……?」

「ちょっと見ててくれ」


 俺は2人に壁抜けして見せた。

 不安にさせるといけないから、向こう側に抜けるとすぐに引き返した。


「ぎょえっっ?!」


 すると壁の目の前に来ていたメメさんとぶつかりかかった。

 壁の中に消えて、壁から帰って来た男に二人とも目を丸くしている。


「ど、どういうこと……っ!?」

「お、おしっこ、ちびりかけたでしゅ……」


 それに俺は不敵に笑い返した。

 メインキャラに裏技を教える。これ以上のシナリオ破壊があるだろうか。


「これ、壁抜け、っていうんだ。まずはメメさんから入ってもらおうかな」

「ぎょえぇぇーっっ?! メ、メメからでごじゃりますかーっ!?」


「さっきかばってもらった時、本当に嬉しかった。とても救われた気持ちになった……。だから、俺の秘密を教えてやる」


 メメさんの背中に腕を回して壁に近付けた。


「わーっわーっわーっわーっ、待って待って待ってっ、心の準備がまだーっ!」


「いいか、この角度からここに入るんだ。すると……」


 メメさんの身体の向きを正しく調整して、正しい角度でメメさんを送り込んだ。

 メメさんの悲鳴は途中で途絶え、彼女は壁の向こう側に消えた。


「えっ、ええええーーーーっっ?!!」


「さて、次はミシェーラ皇女殿下の番だ」


 さしものバーサーカーも3歩後ろに逃げ出すほどの衝撃だった。


「本当に、入れるの……?」


「入れる。心配ないから、俺に身を預けてくれね?」


「……ふふ、驚いたけど、よく考えてみたら面白そう! 少し恥ずかしいけど、お願いっ!」


「ミシェーラ皇女って、すっげーな……。よし、やるぞ」


「ダンスなら平気なのに……どうして貴方に背中を抱かれると、恥ずかしいのかしら……?」


「そりゃそうだろ、年頃の男と女だ。俺だってちょっと恥ずかしい」


 さっきと同じ要領でミシェーラ皇女の背中を抱き、正しい向きに調整して、壁の中に押し込んだ。


 楽しそうな声が途中で途絶えると、俺も消えた二人の後を追った。

 壁の向こう、光だけが降り注ぐ漆黒の裏世界では、姫とそのお側付きが両手を繋いではしゃぎ回っていた。


「さて、さっきのワイバーンから手に入れた魂から、ワイバーンを錬成してみようと思うんだが、よければ誕生の瞬間を見ていかないか?」


「見るっ、見るっ、見たいっ、見ますっ!!」


「まおちゃんみたいな、かわいい子になるでしゅかっ!? かわいい子、お願いしたいでしゅっ!」


「貴方って面白いのねっ、本当に!」


 もう何もかもがメチャクチャだ。

 こうなればもっともっと徹底的に、この世界をかき回してやろう。そう決めた。

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