第2話

 またもや大変なことになってしまった。

「おれはね、この村の祟りも儀式も、全部ぶっ潰しに来ました。よろしくぅ!」

 ナノカくんはそう言って、陽気に両手でサムズアップをする。

 いきなり物騒だ。

「で、まず最初に、村の社を燃やそうと思ってて~」

 今度は具体的に物騒だ。

「いや、それを見逃すのはちょっと……」

「放火魔がいますって、村人に教える? オニーサン、多分見つかった時点で捕まって大変なことになっちゃうよ」

 そうだった。祟りだけではなく、村人から追われてもいる身だった。

「ならせめて、君を止めるとか説得するとかさせてくれよ」

「うーん、そういうタイプかぁ」

 怪しい祠は平気で壊すくせになぁとナノカくんは呟きながら、耳のピアスを弄る。

「一応理由があってさ、あの社……結構大きな社があるのは分かる?」

 確かに村の規模にしては立派な社があった。僕は頷いた。

「あそこには、《ごほうざい様》を宿す儀式場とか、封印の儀式道具とか、文書とか、そーゆーのがあるわけ。だから、先に全部燃やしておいて、《ごほうざい様》の祟りを封印できないようにすんの」

「なるほど……」

「わかった?」

「……ちょっと待て、それなら僕についてる祟りはどうなる!? 封印されないのか!?」

 思わず自分の背後の虚空をばたばたと触る。

「しないよ。わざわざ大事に封印なんかしてるからこんなことになってんだし。あと何人か祟り殺しでもしたら、そのうち薄れて消えんじゃない?」

 ナノカくんの言葉には、何故か妙な確信の色があった。

「もしかして、僕のこれもそのうち薄れて……」

「あーそれはない。祠壊した犯人として、普通に標的になってるから」

「何だか祠を壊した人間ばかり損してないか!?」

「だ~から長年、祠が手を出されなかったんだってば~」

「ああ、もう! あー……何でこんな……」

 僕は再び頭を抱える。

「とりあえず一回まとめるから聞いてね~。まず社を燃やして、村人がごほうざい様に対処できなくした後で、荒畑さんの祟りを剥がして、最後に儀式に関わった人間達に押しつける。それが目的」

 彼の目的の「ぶっ潰す」がどういうことか、なんとなく分かった。

 ただ、まだよく分からないことがある。

「それで君は、大丈夫なのか」

「ん~?」

「僕は祟りの一番近くにいるから、一番影響を受けやすいんだろう。こうやって一緒にいる君だって、危ないんじゃ」

「あっ、優しー! おれはね、大丈夫。大丈夫なヒトだから」

「霊能者とか、そういう訓練か修行でもしたのか。この村の儀式にも随分詳しいようだし」

「職業っていうか……」

 ナノカくんが首を傾げて照れたように笑う。

「おれ昔、ここで《ごほうざい様》やってたんだよね~。あ、容れ物のほう」

 元プロで~す、と言って両手の指で作ったハートを、今度は俺の左胸から自分の胸にあてた。


 これまで《ごほうざい様》の容れ物だった者たちのほとんどは子どもで、その扱いは酷いものだったのだとナノカくんは言った。命を落とす者も少なくはなかったと。

 幾人ものごほうざい様たちの怨みを吸うことで《ごほうざい様》は力を増し、その大きな怨みの力が祟りになってしまったらしい。

「もうこの村には、ごほうざい様になれるような子どもはいないみたいでさ~。だから今の《ごほうざい様》の祟りが消えたら、全部おしまい」

 ナノカくんが、両手をぱっと広げてみせる。

「……ナノカくんの目的っていうのは、その……復讐、なのか?」

「だとしたら、荒畑さんはどーする? おれのこと説得する?」

 色眼鏡の奥から、にやにやとこちらを見ている。彼も彼なりに、こちらが信用できるのかを測っているのかも知れない。

「……皆殺しの手伝いは、さすがにちょっと厳しいかなと」

「おぉっとぉ~、話の方向が変わってきたな? 殺しませ~ん!」

「殺さないのか……」

「まあでも、祟りのせいで残り少ない寿命が更に進む奴らはいるかもね」

 今のところそういうのはいいよ。そう言って、ナノカくんが僕の肩をぽんぽんと叩いた。

「……ナノカくん」

 僕はその手を掴む。

「どした?」

「今……何か聞こえなかった?」

 僕が黙って気配を窺うと、ナノカくんも息を潜める。

 納屋の外からは、足音がしていた。誰かが近付いている。

 僕とナノカくんは、できるだけ戸からすぐには見えにくそうな位置へ、じりじりと移動する。

「おい……誰か、この中にいるのか?」

 男の呼びかける声とともに、納屋の戸がガタガタと開く。僕は落ち着かせるように片手でナノカくんを制した。

 外にいたのは中年男性で、彼が納屋の中を覗く。

「なんだ、誰も──」

 詳しくこちらの様子を窺われる前に、僕が死角から滑るように接近し、静かに中に引きずり込む。

「ぐ」

 男の一瞬の呻き声を塞いで、そのまま締め落とした。

「……よかった、仲間はいないみたいだね」

 外の様子を確認した僕は、ナノカくんに納屋の戸を閉めるように指示する。気を失った男のことは、ひとまず手持ちの結束バンドで拘束した。

「えっ……えっ、今の何? 何した? 何してる?」

「死んでないよ。でもここももう、あまり長居できなさそうだ」

「そういうことじゃなくて、手際良すぎない? オニーサン何してるヒト?」

「ああ……恥ずかしながら、今は無職で……」

「話通じてないな~? さてはヤベーやつ拾っちゃったなこれ」

 祟りをぶっ潰そうとしてる人間に言われるのは心外だ。

 そう思いながら、僕はぐったりした男の体を納屋の奥に隠す。

「でも確かに、これ以上ここにはいない方がいいかも。おれの車まで行けるかな」

「車があるのか!?」

「一応隠してあるから、ちょっと遠いかも。あ~、まだバレてないといいな~」

「見つからないように行けそうか?」

「うーん……」

 ナノカくんが何かを考えるように僕の顔を見上げる。

「……もしかしてオニーサン、相手が一人だったら、何とかできたりしちゃう?」

「あー……善処はする」

「よー言った! それじゃ~、村をムチャクチャにしに行くとしますか!」

 僕達はこうして、村をムチャクチャにするために納屋から外へ踏み出すことになった。

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