第5話 彼女の為
「おかしいですね……疑われるようなことは何もしてなかったと思いましたが?」
「本当にそう思ってるなら転職することを勧める。割と怪しい所ばかりだったと俺は思ったからな」
「そうですか。参考までに、どこが怪しいと思ったのか教えてもらえると嬉しいのですが、ねっ!」
「そういうところだよ」
こちらに疑問を投げかけるような動作で右手を顎にやりながら首を傾げていたが、同時に左手で懐から針のようなものを取り出していたのはしっかりと見えていた。ヴィオラは視線誘導に引っかかって反応できなかったようだが、俺が全て弾いておいたので傷はなかったらしい。
「ふむ……やはり厄介ですね。貴方はGランク相当ではないと思っていましたが」
「だから、そういうところがおかしいって話をしてるんだ。普通の商人は冒険者を見ただけで、どれくらいの力があるのかなんてわかったりしない。それこそ、大手の商会に所属しているような人間でもないとな」
アルバートは自らをヨムルとアングルを中心に活動している商人だと名乗っていた。しかし……ヨムルとアングルを中心に動いている個人の商人なんて普通はいない。何故なら、アングルはヤクザのような裏組織が取り仕切っているギャンブルの街で、ヨムルは逆に冒険者ギルドが中心のクリーンすぎる街だ。あまりにも、特色が違いすぎる。
「そもそもお前、ヴィオラを初めて見た時に間合いを確認してただろ」
「い、いつの間に? そんなことをしていた様子は見えませんでしたが」
「握手しただろ。あの時に、ヴィオラの歩幅がどれくらいなのかをしっかりと計算しているように見えた。実際、あの握手から一度もヴィオラの間合いに踏み込んでいない」
逆に、手の内を見せなかった俺の間合いには普通に踏み込んできた。それは俺の実力を測りかねているからというよりも、敢えてそうすることで俺と敵対しないようにしていたのだろう。
「確信を持ったのは、お前がヴィオラの剣術を全て見切っていたことだ。ゴブリンとの戦いを、お前はその目で観察していた……そして、ヴィオラだけならなんとかできると思ったんだろ?」
「いやはや、聡明な方……いえ、実戦経験が豊富な方なのですね」
まぁ、今のは頭を働かせた推理ってよりは……戦場での経験がそのまま活きているような見分け方だ。そして、アルバートも恐らくは……戦い慣れている。だからこそ、俺の推理があくまでも頭の回転から出たものではなく、戦闘経験による観察眼から来たことを理解したのだろう。
「おい、あんまりちんたらしてるとマズいぞ」
「そうですねぇ」
アルバートから酒樽を受け取ろうとしていたスキンヘッドの男が前に出ながら、アルバートへと話しかけていた。黒服にスキンヘッド、目元を隠すための無地の白仮面……麻薬を買う人間ではなく、売る側の人間だろう。アルバートはあくまでも卸売業者で、あの白仮面の連中が小売業者で間違いない。
「ど、どうするんですか?」
「潰す。冒険者ならこれぐらいは働かないとな」
なんとなく及び腰のヴィオラの呟きに返事をしながら、俺は腰の剣を抜く。モンスターを斬ることに抵抗は無くても、人間を斬ることには抵抗があるのだろうが……これも勇者の仕事だ。戦争中だって何人もの犯罪者をこの手で葬ってきた……今更、麻薬の売人を数人殺したぐらいで俺の心は揺れたりしない。
こちらが剣を抜いたのを見て、その場の全員が戦闘態勢に入った。なにかしらの合図があったのか、周囲の通路の全てにいつの間にか白仮面が集まってきており、数だけで言えば圧倒的に不利……俺たちをここで消すつもりだろう。
「やれっ!」
「無理そうなら下がってろ」
「わ、私だってできます!」
ヴィオラの持つ優しさは美徳だが、勇者という人間の敵を殺す仕事においては邪魔になるだけだ。しかし……俺が戦うと聞いてヴィオラが逃げ出すことはないだろう。全く……仕方のない奴だ。
黒服の連中が武器を片手にこちらに向かって走ってくるのが見えたが……あまりにも遅々としている。すっと間を縫うように移動しながら、全員の胴体に刃を通していく。
「ぐげっ!?」
「ぎゃっ!?」
「なっ!?」
「喧嘩売るなら、相手をよく見てからにするべきだな」
アルバートは俺の実力を測りかねていた。しかし……そこで未知の相手に対して退くのではなく、軽く見積もって戦いを挑んできた。この時点で奴は二流であることがわかる。戦いの中で最も大切なのは、どれだけ正確に相手の実力を把握して、現在の戦力で打倒できるか考えることだ。アルバートは横にいたヴィオラの実力から、俺のことを甘く見積もった。そこが敗因だ。
「全員、急所は外してある。このまま大人しく捕まるならこれ以上、手荒な真似はしない……勿論、お前の命だって──」
「甘いんだよクソ餓鬼っ!」
俺の言葉を遮ってアルバートが魔法を起動させた。そこら辺に転がってた酒樽に模様が浮かび上がり、光っている。
次の瞬間には、全ての酒樽が魔力による爆発を起こした。
「あははははっ! 確かにお前は強いかもしれないけどな、敵の急所を外して攻撃してる時点で甘ちゃんなんだよ……年上に説教たらたらしてる暇があったらその甘さを無くした方が良かったな!」
「そうか、それがお前の答えなら、いいだろう」
「へ──」
俺が横に薙いだ剣がすっと肉と骨を両断していく。アルバートの首が地面に落ち、何が起きたのか理解できていない見開かれたままの眼球が俺の目と合った。自分が死んだことにすら気が付かずに死ねるのは幸福なことだろう……少なくとも、俺は苦しんで死にたいとは思わない。
「ひっ!?」
「あ、あっさりと殺しやがった……おい!」
「逃げるぞ!」
黒服たちは傷ついて倒れている仲間を回収することなく、そのまま逃げていった。剣を収めてから俺はヴィオラに近づいていく。
「あ……あ、れ?」
「……お前はやっぱり、実家に帰れ」
べっとりと全身に返り血を浴びているヴィオラは、自分の手に握られている剣を呆然と見つめ、震えた手が止められないようだった。その剣の先には……しっかりと頸動脈を切られて絶命している死体。吸い込まれるような海の色をしていたヴィオラの深い青色の髪の毛にも、大量の血が付着している。
才能は認める。魔力の使い方が雑だったり、剣の振り方がド素人に毛が生えた程度のものだったりはするが、そこら辺はちょっと訓練すればすぐに慣れる。しかし……人を殺すことに関しては慣れてはいけない。特に、ヴィオラのように元々人を殺すことに抵抗感がある人間が、同種族である人を殺すことに慣れると心が冷たく、そして暗くなっていくことになる……3年前の俺がそうだったように。
「人を殺してそんなことになるお前は、勇者なんて向いてない。他にも道はある」
「だ、大丈夫です……私、が、頑張りますから! だから……」
「それは勇者にしか生きる道がない奴の言葉だ。お前には家族もいる、居場所もある、名前だってある……俺とは違うんだ」
この世界に連れてこられた時点で、俺にはこの生き方しかなかった。しかし、ヴィオラには違う生き方がある……無理にでも人を殺す為に剣を振るう人生は、歩まない方がいいと思っている。
才能に目が眩んでしまった……やはり、ヴィオラは家に帰そう。それが……彼女の為だ。
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